3-12.痛みを知る献身
控室の石壁に囲まれた閉鎖的な空間に、レーナの荒い呼吸だけが響いていた。彼女はベンチの端に座り込み、自分の両腕を壊れそうなほど強く抱きしめる。
どれほど修練を積もうとも、自分のような一属性の凡才は、あの理不尽な他属性持ちの手札の多さ、属性複合の圧倒的な可能性の前では無力。ゼノンの言葉が、事実として彼女の魂を叩き潰していた。
隣に座るカイは、魔力の酷使で赤く火照った腕をさすりながら、なんとか明るい声を絞り出した。
「……ま、負けちまったもんはしょうがねえよ。あいつら、強かったな。なあレーナちゃん、来年また二人で――」
レーナが顔を上げ、カイを激しく睨みつけた。その瞳には、行き場のない自責が濁った怒りとなって溢れている。その楽観的な励ましが、今の彼女には何よりも耐え難い苦痛だった。
「っ、気安く『来年』なんて言わないで! 結局、一属性の私の努力なんて、あの程度の属性複合にすら敵わない『自己満足』だったのよ!」
そう吐き捨ててレーナはカイから目を逸らす。しかし一瞬の逡巡の後、彼女がある事に気づくと、その視線が再びカイの胸元を鋭く指す。
「いや、違うわ……。あなたが…あなたがあの蒼炎のコントロールを完璧にこなしてさえいれば……! 最後の破砕弾を撃たれる前にゼノンを仕留められたはずだわ。そうでしょ!? あなたがあの場面でミスをしたから……私は負けたのよ!」
「……っ」
カイは息を呑んだ。魂を削って放った蒼炎。そのすべてを「ミス」という結果で片付けられ、敗北の全責任を背負わされた。
ただカイはこれが彼女の本意でないことも薄々感づいていた。彼女には自分には話せない大きな事情があり、この大会に賭けていたのだ。カイは唇を噛み締め、俯いた。
馬鹿な自分はレーナに何をしてあげていいかわからなかった。ただ今は、彼女の苦しみを取り除きたかった。レーナが好きだからこそ、彼女が自分自身を責めて壊れてしまうくらいなら、いっそその刃をすべて自分が引き受けてしまいたい。
「……ああ、そうだな。レーナちゃんの言う通りだ。俺のコントロールが甘かった。あれが完璧だったら俺たちは勝っていたんだ。」
「そうよ! あなたのせいよ! 平民のあなたに期待した私が馬鹿だったわ! あなたがもっと、まともな魔導士だったら……!」
レーナの罵声が止まらない。自分を無能だと叫びたい衝動を、すべてカイへの攻撃に転換していく。それでもカイは、立ち去ろうとはしなかった。ただじっと、レーナの言葉を一つ残らず受け止めるようにそこに居続けた。
「……本当に、ごめん!レーナちゃんは完璧だった。実力では負けてねえよ!俺がしっかりやっていたら、勝っていたんだ。足りねえのは俺だ。だからレーナちゃんがそんなに自分を責めることはねえよ。」
「……っ、どうして……。どうしてそうやって、分かったような顔で……!」
カイの謝罪は、レーナにとって救いにはならなかった。むしろ、自分の醜さを突きつけられているようで、耐えられなかった。カイの好意を泥靴で踏みにじり、最悪の言葉を投げかけてなお、目の前の男は自分を見捨てようとしない。その献身が、今の彼女には何よりも鬱陶しかった。
「もういいわ! あなたの顔なんて見たくない!」
レーナは椅子を蹴るように立ち上がると、泣き出しそうな顔を隠すようにして、控室を飛び出した。バタン、と重い扉が閉まる音が響く。
一人残されたカイは、暗い控室でぽつんとベンチに座ったまま、悔しさに拳を握りしめる。強く握りすぎたその掌からはうっすら血が流れていた。
「……ま、そうだよな。何も分かってない俺の言葉なんて何の助けにもならないよな…。」
自嘲気味に呟いたその声は、誰に届くこともなく消えていった。




