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後宮武侠!~おてんば公主は夜明けを夢見る~  作者: 山田あとり
愛多憎生

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第9話 愛らしいおねだり


 ✻ ✻ ✻



「――そんなの、強行突破するしかないでしょ? 春芳が言ってたみたいに」


 兄から届けられた霊符、そして書状を前に璃月はのたまった。また勇ましい言い方をされ彩天が胃をさする。


「璃月さま、娘子軍に無茶をさせてはなりません。彼女たちの立場を危うくするおつもりですか」

「あ」


 貴妃は皇后に次ぐ高貴な女性だ。その宮で滅多なことはできない。

 春芳たちが正統な理由なく侵入したとみなされたらどうなることやら。娘子軍を管轄する兵部に抗議され、罰せられる可能性もあった。


「でも碧梧宮の宦官って、兵部の偉い人につながってるんじゃなかったっけ」

軍監(ぐんかん)(かん)殿のことでしょうか。景琛さまが辟易していらっしゃる御方ですね」

「そう、何かと付きまとわれるって言ってた人」


 韓安福(あんふく)。宦官だが外朝において出世を果たし兵部の要職にある。皇帝に近い太監である司瑾瑜(し きんゆ)とは仲が悪いそうだ。肉置き豊かな瑾瑜とガリガリの安福は好対照だと陰であげつらわれていた。

 軍務を選んだ第四公子に安福がすきあらば接近するのは兵部の権力強化のためだろうと景琛は言う。その安福の養子が碧梧宮と貴妃の用を仕切っているはずだった。


「だから兵部と碧梧宮は揉めないんじゃない?」

「甘く見積もってはなりませんよ。貴妃さまが宦官に気を遣うとは思えません」


 彩天の言い方は双方へとても失礼に聞こえた。

 だが宦官とはそんなもの。体を欠けさせ先祖への不孝を犯した卑しい者だと世間ではみなされている。

 そして貴妃は八年前、璃月のことさえあざけった女性だ。年端もいかぬ公主が走ったからといって降嫁先がないなど失礼千万。彩天の中で貴妃は、皇后への嫉妬をこじらせた「癇癪老嫗(ヒステリックばばあ)」だと把握されていた。けして口には出さないけれども。


「動く前にもう一度お調べ下さい。碧梧宮も噂を放ってはおきますまい。あちらはあちらで霊符などをお求めかもしれませんよ」

「そうね……」


 碧梧宮がみずから解決してくれれば璃月は手出し無用だ。人間の争いがあるのなら、それはまた別で見守ることになるが。


「じゃあまた小翠たちに訊きに行くわ」

「いけません!」


 厳しい叱責が彩天から飛んだ。


「碧梧宮も下女たちの監視を強めているでしょう。璃月さまが妙な動きをしていると知られるのは困ります」


 相手が公主であっても彩天は容赦ない。そんなところはさすが乳母。璃月も立場はわきまえているので、彩天の意見が妥当なのはわかる。


「うう……もっと仲良くなりたいなあ。小翠は真面目でかわいいし、阿香はおしゃべり屋さん。ウチの明芝(めいし)はフワフワしてておもしろかったわ」


 話した下女たちのことを思い出すと彼女らを知りたくてたまらなくなる。しばらく考えて、璃月は手を打った。


「じゃあ私も下女の身なりをすれば?」

「……い、いけません」


 一歩よろけたが、彩天は繰り返した。公主が下女になりすまそうなど許せるわけがない。めまいをこらえて言い聞かせた。


「阿香の口の軽さをお忘れですか? 次の日には璃月さまの扮装があちこちの宮に広まってしまいますよ」

「うーん、阿香には会わないよう気をつけるから」

「誰から漏れるかわからないんです。先日の浴清殿は良い方に話が転びましたけど……」


 璃月が下女たちの仕事を視察したのは好評だったらしい。下々を知ろうとし体調を案じる優しい公主として璃月は名を上げた。だがもちろん人気取りだと陰口をたたく女官もいるわけで、女の園は口さがなくて困る。


「碧梧宮の中の噂なら下女同士や宦官同士で探らせますので。大人しくなさっていて下さい!」


 ビシッと言いつけられた璃月は不服ながら従うしかなかった。





 ――そして翌日。


 ヒュン! ザンッ!

 璃月は久しぶりに中庭で槍を握っていた。動きやすい戦衣長袍をまとって髪をくくり、また少年のいでたち。


 向き合う春芳が、試すような軽い突き。

 璃月はクルリ槍を巻いて弾く。受け逸らした穂先をくぐり、前に!


「そこまで!」


 春芳が跳びすさり叫ぶと璃月はピタリと停まる。


「――そう、それが引き落としからの攻めです。形はできましたね」

「春芳、本気出してよ」


 璃月は立てた槍をトントン鳴らすが、そんなおねだりに春芳は応えられなかった。うっかり公主に怪我をさせかねないから。


「私にはそこまでの自信がありません。兄ならば璃月さまの目の前で突きを止めることもできましょうが」

「暁霄ってそんな手練れなの? ……稽古つけてほしいなぁ」

「無茶言わないで下さい」


 呆れられ璃月は肩をすくめた。やはり無茶か。ここは後宮なのだし暁霄は訪ねて来られない。

 だが春芳が懸念したのはそういうことではなかった。璃月は一見すると可憐な少女なので、朴念仁な暁霄がまともに動けなくなりそうだからだ。ギクシャクして公主に傷を負わせようものなら、死罪になる前に責任を取って自死しかねない。暁霄はそういう男だった。

 春芳の心配を知らずにため息をついた璃月は、空を指す槍の穂先を見上げた。今日は打ち合うからと稽古用にかぶせた布。実戦に使うことなどないだろう璃月の槍は黙して語らない。


「私が外に出られればいいのに」

「……何をおっしゃいます」


 愚痴を言われても春芳にはどうしようもない。後宮の女など皆、壁の中で生きるしかない身の上だ。

 対して春芳たち娘子軍はまったく違う存在で、生活の本拠は外朝にある。璃月は我が身を嘆いてみせた。


「小翠たちに会いに行くのに下女の格好をしてみたいと彩天に言ったの。でも駄目だって」

「……そうですか」

「だって貴妃さまが怪異に対処したか知りたいんだもの。お兄さまから霊符は届いたんだけど、どう使おうか迷うじゃない?」


 霊符を入手したことは春芳も聞いた。だがそれを碧梧宮に持ち込んでも――ぽりぽりと頬をかいた春芳は独自に得た情報を教えた。


「怪異はおさまっていないです」


 それは娘子軍の推論だ。碧梧宮警固の十人隊長を務める愛晴(あいせい)から聞いた。

 春芳とも仲が良い愛晴は、先日女官頭とやり合って門前払いに腹を立てていた。騒ぎになっているにもかかわらず隠しだてされるのならばと、夜番にあたる者たちへ宮内に耳を澄ますよう通達したのだ。


「夜なのに鳥が鳴き、そして悲鳴と騒ぐ声。それが――三日に一度あると」


 春芳は意味深にもったいぶった。


「でも陛下のお渡りが重なった日は花魄(かはく)があらわれなかったそうですよ。驚きですね」

「え、それはどういうこと? お父さまは怪異を寄せつけないの?」

「ある意味ではそうです」


 笑い出しそうになりながら春芳はうなずく。だがそれは、天命をもって世を統べる皇帝の神聖な力でもなんでもなく――。


「人間のしわざなんですよ、きっと」

「……花魄が?」

「はい。やはり寵を失った悠凛という方が怪しいと思います」


 春芳は言い切った。この件は女の嫉妬による嫌がらせ。だから下女たちも璃月も怪異を恐れることはない、との見解だ。

 そう言われて璃月は胸をなで下ろしたが、疑問もわく。


「貴妃さまがそれを放っておくのは何故かしら。悠凛がやっているならやめさせればいいのに」

「そうなんですよね、そこが解せません……」


 こんな騒動は碧梧宮の醜聞でしかない。下女たちの噂は璃月の耳に届き、娘子軍から問い合わせまで受けた。なのに手を打たないのは奇妙だ。


「本物の花魄だとするには出現が定期的すぎて。三日おきぐらいで仕掛けて脅しなさい、と命じられたように感じるんです」


 主の命令は絶対だ。女官や宦官なら「ぐらい」と言われてもきっちり三日ごとに実行する。自分で考え判断することなどないよう躾けられているのが下級の使用人なのだから。


「そうかもね……」

「霊符よりも娘子軍がお役に立てるのでは? 人間の犯人がいれば我々が踏み込んでも罪に問われずに済みましょう」


 春芳は申し出た。それは愛晴の希望でもある。女官頭の態度がよほど腹に据えかねたのか、手ずから怪異を退治してみせると息巻いているそうだ。


「なんて頼もしいの。迷惑は掛けたくなかったけれど、ならばお願いできるかしら」

「もちろんです。お任せを」

「あ、だけどそれ私も参加したいのだけど」


 ごく当たり前のように璃月は続けた。春芳が何度かまばたきする。


「……と、いうと?」

「碧梧宮に入る時、私も娘子軍にまぎれて一緒に行きたいなって」

「え。はあ。それは」


 まぎれて。一緒に。つまり娘子軍の緋色の便服をまとって武官のふりをし共に行動するというのか。さすがに春芳の脳みそも空転した。

 そんなことが許されるわけ――でも璃月は公主、我がまま放題できる立場ではあって。とはいえ。


「ちょ――ちょっと返答はお待ちいただけますでしょうか」


 もがもが言う春芳に、璃月は上目遣いの愛らしいまなざしを向け小首をかしげる。ずいぶんとあざといおねだりだった。



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