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後宮武侠!~おてんば公主は夜明けを夢見る~  作者: 山田あとり
愛多憎生

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第8話 夜に咲く怪異


 ✻ ✻ ✻



 碧梧(へきご)宮のおしゃべり下女、阿香(あこう)。その内緒話によれば、花魄(かはく)があらわれるのは人目の少ない中庭で――紫婉(しえん)という女の部屋の前だとか。

 この紫婉、実は皇帝が現在もっとも通っているという例の部屋住み女性だ。となると嫉妬も恨みも買っているはず。皇帝に捨てられた女の祟りだと下女たちは怖れているらしい。

 いったい何が起きているのか訊いてみなければ。璃月の指示で、春芳は碧梧宮を警固する娘子軍に調査を依頼した。だが。


「怪異などあらわれていない、と返答されました」


 璃月の部屋へ報告に来た春芳は目を伏せた。ムスッと唇を結んでいる。


「逆にそんな話がどこから出たか問い詰められたそうで」

「やだ、小翠と阿香の名は伝えてないのよね?」

「もちろんです。下女の噂だとも明かしていません。夜間巡回中に鳥のような声や悲鳴を聞いたので不審に思ったまで、そうシラを切ったと申しておりました」


 シラと言ったが、実際に夜中の巡回では鳥が鳴くのを聞くことがあるのだという。にもかかわらず碧梧宮側が内密にするのなら、こっちだって情報源を明かすわけがなかった。

 娘子軍の問い合わせに塩を撒くような対応をしたのは女官頭だった。つまり貴妃自身が騒ぎを表沙汰にしたくないのだろう。せっかく皇帝の寵が宮の者の上にあるので、妙な噂が願い下げなのはわからなくもない。

 璃月はうーん、と椅子に沈み込んだ。どうすればいいのか。


「小翠たちが噂するぐらいなら、紫婉っていう人だって怯えているでしょうに……」

「そうですかね?」


 春芳は首をかしげた。木に下がっているだけの怪異など、戸や窓を開けて見なければなんてことない。だが璃月は反論した。


「普通は怖いでしょ!」


 力説する目が真剣だ。おてんばの璃月が普通を語るのも妙な話だが、怪異は苦手。すると春芳は仮説を提示した。


「怪異などではないかもしれませんよ。寵を妬んだ別の女官が花魄を演じているのでは?」

「あのねえ春芳。本物の怪異は間違いなく怖いんだけど、人間のいたずらだとしても怖くない? 恨まれてるんだから」

「はあ。まあそうです」

「春芳は自分が強いから、何かされても返り討ちにできるって思ってるでしょ。皆はそうじゃないの!」


 自分だって槍を振り回すくせに、璃月はみずからを「弱い者」のくくりに入れた。

 それは相手の正体が怪異だという可能性が残っているから。自分が花魄に向かっていける気はしない。悲鳴を上げ動けなくなるに違いないのだ。


「璃月さまが真っ当な女性のようなことをおっしゃるなんて……!」


 しみじみと彩天が感動をかみしめる。ずっとこんなふうでいてくれれば胃も回復するのではと期待したが、璃月はつぶやいた。


「どうにかして踏み込めないかしら……」

「は? 碧梧宮にですか?」

「そう」


 また物騒なことを。天を仰いだ彩天だったが、春芳が追い打ちをかけた。


「建物の外回りなら娘子軍が巡回していますから……何か異変があった時すかさず中庭を検分させろと言えばいいのでは?」

「なるほどね」


 碧梧宮の協力が得られないのでは娘子軍も手詰まりだ。だが緊急事態であれば多少強引なこともできる。


「かすかにでも鳥の声のようなものが聞こえたら踏み込めると思います。でもそれが本当に花魄だった場合、娘子軍の者にはどうにもできないのですが」

「う。あ。ええっと、そういうのには仙人とか道士とかに来てもらうの?」


 璃月は物語で読んだような知識を披露した。揺玉宮でそんな事件はなかったので対処の仕方を知らない。主の幼さに春芳は苦笑いした。


「そういう人はだいたい男性ですし後宮へは……霊符でもいただいて貼るのはどうでしょう」

「花魄に!? そんなの無理無理無理!」

「いえ、大もとの木に貼るだけでも効果がありそう……お待ち下さい、どうして璃月さまがやる前提なんですか」

「あ……」


 どうにも璃月の思考がとっ散らかっている。苦手な怪異のことなので仕方ないのだが、怖いなら手を引けばいいのに何故か気になった。

 それはたぶん小翠にかかわることだから。夢見に告げられた黒い蝶なのかもしれない下女。


 皇帝の愛が栄華に直結する後宮で、寵を競う女たち。

 その姿は夜の花園に舞う蝶の群れという夢のまま。告げられた争いの舞台として今の碧梧宮はあまりにも当てはまる。

 皇帝に足しげく通われている紫婉。

 打ち捨てられたもう一人の部屋住み。

 そして何かで死んだ女の魂かもしれない花魄。


「――夢見に出たんだもの。私にもつながってくる話かもしれないし、解決しないと落ち着かないわ」


 言い訳のようにつぶやいて、璃月は両手をクイと握ってみた。槍を持つように。

 ここにはない得物の冷たさと重さが手のひらによみがえる。

 強くなりたくて璃月は槍を手にしたのではなかったか。なのにいざ問題が起きた今、尻込みしてしまうとは情けない。

 でも相手が怪異では――怖いものは怖いのだ。どうしようもなくて、璃月はブルリと背すじを震わせた。



 ✻ ✻ ✻



 碧梧宮で以前に部屋を与えられ、その後お渡りが途絶えた女は悠凛(ゆうりん)という。

 美しく舞に長けているというから、どこぞの妓楼から買われて送り込まれたのかもしれない。しばらくの間は皇帝も夢中になって通っていたようだ。


「上手かったんでしょうなあ」


 何が、とは言わずに笑ったのは志勇で、生真面目な暁霄は思わず咳払いした。

 志勇には十六歳にもなる娘がいて近々嫁に出すという。だが花嫁の父になってもまだまだ男盛り、上司と朋輩だけでいる時には際どいことぐらい口にするのだ。


「それだけじゃ寵愛は続かん」


 景琛は嫌そうに鼻を鳴らした。卓子の上には先日再び届いた璃月からの手紙がある。そこには碧梧宮の花魄の噂が記されていた。

 霊符の入手を乞われたので手配はしたが、碧梧宮の抱えるドロドロも調べずにおけない。それで悠凛や紫婉というお手つきたちのことを聞き出してきたのが志勇というわけだった。

 話によると悠凛は美貌と才を誇る女だったそう。なのにお渡りがなくなったものだから荒れに荒れ、今では何かと下働きに当たり散らしているらしい。おかげで碧梧宮に勤める宦官たちの不満が高まっているそうで、暁霄は顔をしかめた。


「それはいけませんな」

「だから寵が離れるのだろうに、心映えという言葉を知るがいい。父上も人を見る目はあるようだ」


 手厳しい言い方だがそのとおり。宦官を敵に回すようでは後宮で生きられない。彼らは奴婢ではあるが蜘蛛の巣のようなつながりを持っていた。鞭をくれるだけではいずれその糸に絡め取られてしまう。


 宦官には血のつながった親族というものはほぼない。

 少年のうちに去勢する場合は親に売られてだ。罪を得ての宮刑ならば一族郎党も死罪や流刑に処せられている。父子が時を同じくして宦官にさせられることもあったが、その後に子を生すことはできず血は絶える。

 そんな宦官たちは、さかんに養子の縁を結ぶ。

 宮廷を一人で生き抜くのは難しいものだ。なので新参の小宦官は指導してくれる先輩宦官に子として仕え、その上にはさらに養父がおり……と一大派閥が形成されているのが常だった。


「……悠凛という女性が花魄を装っているだけなのでは?」


 暁霄はそう述べてみた。怪異より先に人間を疑うべきだ。だが景琛がニヤリとする。


「そうなんだが、調べて本物だったら嫌だから霊符がいるんだよ。璃月は怖がりなんだ」

「え。なんと……お可愛らしい」


 怪談におびえる璃月を想像し、暁霄は深くうなずいた。あの可憐な公主ならばさもありなん。槍を握っていると言われるより納得できる。


「うんうん、可愛いぞ。しかしおまえの妹はたくましいよな」

「春芳が何か」

「本物の花魄だったとしても枝に下がってるだけなら害はないと言い切ったらしい。璃月が愚痴を書いてきた」


 景琛は笑い話として告げたのだが、暁霄はため息をつく。繊細な女性ばかりの後宮でそんな理屈が通じるものか。


「がさつな奴で……申し訳なく」

「いや。しっかり者で、璃月が甘えるのもわかる。だが春芳だろうと花魄を退治するのは難しかろうよ。霊符は揺玉宮に届けさせるが――本当に効くのか、これは?」


 ありがたそうな箱に納められたお札は霊験あらたかと評判の寺で書かせた物。とはいえ景琛は半信半疑だ。

 それに霊符が璃月の手に渡ったところで――どうやって碧梧宮の内に出る怪異を退治するというのだろう?



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