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第28話 白昼夢の先には


 早足で歩きながら暁霄はこっそり嘆願した。


「――璃月さま、せめて映月宮の入り口でお待ちを」

「嫌」


 璃月は小声だがにべもない。なんとか目まいから回復し、揺玉宮から映月宮まで急いでいるところだった。

 もう医局と娘子軍は動いたはずだ。だから璃月は行かなくてもいいと景琛にも言われたのだがそんな意見に耳を貸す璃月ではない。自分の目で、自分の夢のたどりつく先を確かめなくては気がすまなかった。


「……ごめんね暁霄。あなたを危険にさらして」


 しかたなくついてきている暁霄は偽の宦官姿。堂々たる体躯はあまり宦官らしくない。人目につくのはまずいのだが、璃月が向かうなら供をすると言い張った。


「彩天殿に任せるわけにはいきません」

「そりゃね……」


 娘子軍がいるとはいえ、璃月が賊に遭遇しないとは言い切れないのだ。足手まといの彩天は留守番を言い渡され青ざめていた。倒れていないだろうか。


「私が何をしようが、彩天もいいかげん慣れてほしいわ」

「それは無理というもの」

「でも暁霄は平然としてるでしょ」


 その通りだった。もう璃月がどのように振る舞っても暁霄は気にしない。愛らしく高貴なだけの公主ではなく、笑い、怒り、人を想う、そんな女性だとわかっているから。


「あなたは――あなたです」


 暁霄は大真面目に言った。

 それは……心臓が跳ねて璃月はつまづきそうになった。

 実はこの間から暁霄への反応にちょっと困っている。なんだかとても大切にされているのでは、と思ってしまい居心地が悪いのだった。

 公主としてかしずかれ、娘や妹として大事にされてきた璃月。だが暁霄のまなざしは他の人からの気づかいと違う気がする。それがなんなのかよくわからなくて胸がざわめいた。


「――春芳がいますね。あそこが映月宮ですか」


 宮の入り口に妹の姿を見つけ、暁霄の声の温度が下がった。鋭い目を配る春芳が臨戦態勢だったからだ。春芳は兄の服装に微妙な目をしつつ一礼する。


「すみません、ここらを担当する隊が検分に入っておりますが、私は同行を断られました」

「ああ――」


 璃月はもどかしく唇をかんだ。職域というものがあるので仕方ない。以前碧梧宮には乗り込んだが、担当の愛晴(あいせい)と個人的に仲がよかったおかげでできたことなのだ。


「おまえのせいじゃない。俺が行くのは問題ないか?」


 春芳の愚痴を切って捨て、暁霄は確認した。


「問題に決まってるでしょ。どこの宦官かわからないのに勝手させてくれるわけがない」

「揺玉宮の宦官てことならいいのよね。私が暁霄を連れていくわ」


 璃月はさっさと踏み込む。その腕を引きとめかけて暁霄はあやうく自制した。外で公主に手を触れるなどできない。


「――兄さん、これ持ってついてって!」


 春芳は小声で暁霄に指図し、槍を押しつけた。ひとりで行かれてしまうよりマシだ。

 宦官に扮している暁霄は今、得物など持ってきていない。璃月もだ。それでも行ってみるしかないと判断して来てみれば、璃月は容赦なく騒動の中に突っ込むのだから側の者はたまらない。誰かが守らなければ。

 妹から託された槍を手に暁霄は追いかける。


「璃月さま」

「ん。こっち」


 きょろ、とした璃月は宮に入らず外に回り込んだ。夢で見た場所を探すため、建物と薄い塀の間を進む。

 これまでの訪問では正面から建物に招かれていた。だが夢にあらわれたのは知らない景色。あれはたぶん宮の裏にある倉庫か何かの近くだと思う。賊が何をしに来たのかわからないが、そんな連中普通は裏から出入りするものだ。


「――え?」


 建物の中から叫び声が聞こえて璃月は立ちどまった。耳を澄ます。何か言っているのは女のようだ。女官か、娘子軍か。

 バンッ!

 建物の向こう側で乱暴に戸が開けられた。複数の足音がこちらに回ってくる。ザ、と暁霄が璃月の前に出た。


「うわっ」

「ひゃあぁ!」

「ふいぃっ」


 暁霄の向ける槍に悲鳴を上げたのは三人の宦官だった。突きつけられた穂先におびえ、後ずさる。賊というにはひ弱そうな相手を睥睨し、暁霄はいちおう告げた。


「おとなしくすれば命は取らない」


 そう言われても宦官たちはすでに命がけだった。捕まれば無事では済まないと知っているからか、破れかぶれで懐の短刀を取り出す。暁霄は舌打ちした。璃月に血を見せたくない。


「やむを得ん!」


 くるり。

 槍を反転させると同時に暁霄は踏み込んだ。

 ドンッ!

 柄で腹を突かれ、真ん中の宦官が吹っ飛んだ。ぐえぇ、と吐きながらうずくまる。


「ヒッ」


 分が悪いとみたか、ひとりが必死に塀をよじ登り逃げようとした。暁霄はため息まじりにそれを片手で引きずりおろす。ジタバタされるのを羽交い絞めにしていると璃月の声が飛んだ。


「槍を!」


 残るひとりが身をひるがえしたのだ。

 横目で確認した暁霄は璃月に槍を投げ渡す。しかし槍を受け取った璃月が走り出すと同時に、


「――むんッ!」


 渾身の力で暁霄は抱えていた宦官をそちらに投げつけた。


「ヒィィー!!」


 人間が悲鳴をあげながら飛んでいくのを璃月は初めて見た。それが誰かに命中するのも、折り重なって倒れるのも、だ。


「は――?」


 あまりの光景にまぬけな声がもれる。

 その向こうで建物から娘子軍が走り出てきた。高貴な姿の璃月がいてぎょっとされたが、彼女らは伸されている賊三人を縛りにかかった。暁霄はそれらに一瞥もくれず璃月のもとに駆け寄った。


「璃月さま、お怪我は」

「……あるわけないでしょ」

「よかった」


 何もせずに終わった璃月は複雑な気分だった。夢の中では自分も活躍していたような気がするのに、あれは嘘だったのか。

 でも暁霄は安堵したのだろう。いつも不愛想なのに小さく笑みがこぼれる。やわらかいまなざしを向けられて璃月は何も言えなくなった。妙に耳が火照り、目をそらしてしまう。


「いけません。こんなお目汚しは」


 そらした視線の先にいたのは腹をかかえて痙攣する宦官だった。スイと間に割って入る暁霄の体が大きくて近くて、璃月はもっと真っ赤になった。



 ✻ ✻ ✻



「――私が何もできなかったのはどうしてよ。暁霄ばっかりズルい」


 現場を早々に退散した璃月は、揺玉宮に帰るなりふくれっ面で訴えた。だが暁霄のせいではないし、大真面目に言い返された。


「私がそこにいて璃月さまを戦わせるとでも?」

「だって、夢の中では私だって頑張ってたもん!」

「……夢の私め、璃月さまに槍を取らせるとはなんと不甲斐ない」

「何よ! このあいだは私のこと筋がいいって言ってくれたのに!」

「おやめなさいな、璃月」


 ため息とともに麗珂妃は娘をたしなめた。


「夢に応えて皆が動いたから現実が変わったのでしょう。医官が間に合ったから翠蓮は助かるかもしれないし、それも璃月のおかげよ? 夢のままがよかったの?」

「……ううん」


 白昼夢のとおりに翠蓮が死んでしまうのは嫌だ。だったらまあ、自分の槍に出番がなかったのぐらい仕方がないか。


 娘子軍とともに駆けつけた医官。陣痛様の痛みと出血に倒れている翠蓮を見つけ、処置をしているそうだ。最終的にどうなったかは、まだわからない。翠蓮の回復を待つよりも暁霄を人の目から逃がすのが先だったから。

 そして璃月が遭遇した宦官たちは捕縛された。これから取り調べを受け、誰が差し向けたか厳しく追及されることになるだろう。


「まあ璃月も暁霄も無事でよかった。俺はそろそろ外朝に戻らねばならんが――」


 揺玉宮で待つしかできなかった景琛があごをなでる。宦官に扮した副官を置いていけなくて、事の間は落ちつかずに首を長くしていたのだ。


「暁霄がこの格好をするのが璃月にははっきり見えていたのか? せっかく驚かそうとしたのに、つまらんな」

「景琛ったら」


 大事なのはそういうことではない。「はっきり」見えることや、眠ってもいないのに幻のように光景が立ちあらわれたことの方が問題だ。息子の軽口に苦笑いした麗珂妃がいちおう指摘すると、景琛は笑った。


「わかっていますよ。さっき璃月が倒れたのは胆が冷えました。暁霄、でかしたな」

「……とっさのことで失礼いたしました」


 璃月を抱きとめたのを思い返し暁霄は頭を下げた。手を触れたどころではないが不可抗力だと許してほしい。しかし――細い肩、ふわりと香った甘い匂い、暁霄はその記憶だけで挙動不審になり顔が上げられなくなった。


「……ううん、ありがとう。床に突っ込まずにすんだわ」


 あらためて礼を言いながら璃月の視線は宙をさまよった。

 軽々と璃月を支えた腕。気づかうまなざし。落ち着いて対処するさまはとても頼りになって、暁霄の強さをひしひしと――。


「やっぱりズルい」

「は?」


 つぶやいた璃月の言葉に全員が首をかしげた。


「だってだって、暁霄は冷静沈着だし力はあるし、私いつになったらあなたに勝てるのよ!」

「アホか、おまえは」


 あまりに子どもっぽい言いがかりに、景琛も平易な罵倒で返してしまった。


「勝ち負けじゃなかろう?」

「だって負けたくないもん!」


 言い合う兄妹から目をそらし、母たる麗珂妃はため息をついた。


 だが暁霄は不思議に満ち足りていた。

 今のは文句の形ではあるが、璃月から「頼りがいがあり強い」と言われたようなもの。そんな自分ならば――近くにあって璃月を守ること、許してもらえるだろうか。


 璃月は唇をとがらせてむくれている。それを見つめ、暁霄はみずからの気持ちをやっと認めた。

 この人の、そばにありたい。



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