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王都警備隊・2  作者: 風羽洸海
穢れた遺産
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十一章(1)


   十一章



 質素ながら整頓された客間で、神官は四人に茶を振る舞ってくれた。ひと仕事終えたリーファとロトは、樫材の椅子に腰を下ろし、ありがたく一服する。

「失礼致しました、てっきりお連れ様ですからご存じかと」

 神官が頭を下げたので、シンハは苦笑して「いいさ」と手を振った。

「正体を隠したままでは、やりづらいと思っていたところだ」

「申し訳ございません。しかしそうしておられると、やはりお父上や弟君とよく似ておいでですな」

「そうか?」

 応じたシンハの声は複雑だ。が、神官はそれに気付かずか、あるいは気付いた上でか、穏やかにうなずいた。

「はい。最初は、ラウロス公がおいでになったのかと思いましたよ。しかしすぐに、陛下だと気付きました。そのお姿であっても、やはり陛下のお力は隠せるものではありませんからな」

「…………」

「それで、私の力を借りたいと仰せになるのは、どういったお話なのでしょう? そのお姿を元に戻すことではありますまい」

「ああ。性質の悪い霊にとり憑かれたらしい奴がいてな。聖水を貰いたい。それと、このルクスはそいつのせいで三日ばかり監禁されていた。けりがつくまで、ここで保護してやってくれ」

 話が現在に戻ってほっとしたように、シンハはすらすらと答えた。

「畏まりました。その気の毒な霊は聖水だけで清められましょうか」

 神官は一礼し、すぐに祭具棚から小さな瓶を取って来る。シンハはそれを受け取ると、さっそく席を立った。

「無理だったら縛り上げてここまで連れてくるさ。手早く片付けて城に戻ろう。マウロが馬を出してくれなくなったら困る」

「おまえ本当に王様かよ?」

 リーファが苦笑まじりにからかうと、シンハはおどけて眉を上げた。

「そうじゃなかったら嬉しいんだがな」

 不埒な台詞を吐いた国王の後から、ロトが渋面で外へ出る。リーファもそれについて行きかけ、ふと神官を振り返った。

「あの……ひとつ質問が」

「何なりと」

「さっき、気の毒な霊、っておっしゃいましたね。人にとり憑いて悪さをするような奴でも、気の毒ですか」

 非難の色を帯びないよう、慎重に問いかける。幸い神官は気分を害した風もなく、微笑みながらうなずいた。

「邪神や妖魔と違い、霊はもともとが人です。悪事をなすとしても、その存在が完全な悪ではありません。それなのに、恨みや妄執、あるいは未練などに引きずられ、心安まることなく地上に繋がれるとは、気の毒ではありませんか?」

「はぁ」

 リーファは曖昧な声を出した。他人を監禁するような輩は、生者であっても煉獄に繋がれるのが似合いだろうに、死者の分際で生者の命を脅かす輩など、何をかいわんや。

 ……というのが正直な心情だったが、さすがに言葉にはせず、ただ目をしばたたく。

 そんな彼女の様子に、神官は少し考えてから言った。

「実感が湧かないようですな。それならひとつ、お話をしましょう。

 ある男が床下に壺を隠し、そこに少しずつ銀貨や金貨を貯めていました。男は盗まれないかとひどく心配して、毎日何度も確かめていましたが、ある日、どうしても外せない用事があって街に行きましたところ、思わぬ事故で亡くなってしまったのです。しかし男は金貨の詰まった壺が惜しくて、この世から離れられませんでした。

 もちろん、あの世にお金は持って行けません。けれども男の霊は必死で壺を取ろうとし続け、自分が取れないのなら誰にも取らせまいと、近付く者を片端から呪い殺し始めてしまいました。床下の虫や鼠も、荒れ果てた空き家に雨宿りした者も、皆、男にとっては盗人でした。男の霊は床下の壺にがっちりしがみついたまま、近付く生き物すべてを恐れ、怒りの牙を剥き、目をぎらつかせて過ごしました。最後に神官が現れ、男を神々の元へと送り込むまで、何十年もの間、ずっと……おや、どうしました」

 神官は目をぱちくりさせ、話をしめくくった。リーファは顔を引きつらせて壁際まで後退しており、そのうえ爪先立ちになっている。どうしたもこうしたも、一目瞭然だ。神官は短い間の後、朗らかに笑った。

「心配なさらずとも、この床下に壺はございませんよ、お嬢さん」

「そ……そうですか、そりゃ、どうも」

 リーファは何やらちぐはぐな返事をすると、青ざめたまま横這いで扉に寄り、

「ええと、あの、それじゃ、フォラーノさんの事、お願いします」

 言うなり外へと逃げ出した。神官が面白そうに「お任せを」などと応じるのが聞こえたが、振り向かなかった。

 駒留めのところまで逃げて来ると、ロトとシンハが待っていた。途端にリーファはホッと安心する。すると、今さらながら腹が立ってきた。

「あのくそジジイ、人を油断させといて怪談なんかしやがって!」

 いきなり罵ったリーファに、ロトがきょとんとする。シンハが小さくふきだした。

「何を話し込んでいるのかと思えば」

「うるせーや。ああもう、さっさと片付けよう! 幽霊にはうんざりだよ」

 リーファは言うと、手綱を取ってひらりと残雪にまたがった。足の下に馬の体温を感じると、荒んだ心が癒されて元気が出てくる。リーファは笑みをこぼすと、残雪の首をぱたぱたと叩いた。

「おまえも早く帰って大麦食いたいよな」

「俺も、早くこの指輪を外してしまいたいよ。さあ行こう」

 シンハが、待ちきれないとばかり先に進む。ロトがその後ろから言った。

「そうですね。早く仕事に戻って頂きませんと」

「…………」

 返事代わりに、シンハは無言で馬の足を速めた。

 結果としてはそれが正解だった。

 道中にはまばらに村人の姿があったが、駈足で迫り来る騎影の前に立ち塞がる命知らずはさすがにおらず、皆、慌てて道を空けてくれたのだ。

 そのままウートの屋敷に辿り着くかと思った矢先、馬たちが勝手に歩を緩め、並足になり、しまいにぴたりと止まってしまった。

 ロトが不審げに、どうしたのかと声をかけ、あと少しだと慰めたり励ましたりしたが、やはり馬は動かない。申し訳なさそうに、しかしあくまで嫌だと首を振って抵抗する。

「無理だよ」リーファが苦々しく言った。「オレだって行きたくないぐらいだ」

「どんな感じだ?」

 シンハが問いながら馬を下りた。リーファも渋々それにならい、手綱を握って屋敷を睨み付ける。

「感じ、なんてもんじゃない。真っ暗だよ。あれが見えないなんて幸せ者だな」

 リーファの目に、屋敷は沼地の瘴気じみた影に取り巻かれて見えた。どす黒い巨大な蛇がとぐろを巻いているようだ。

「昨日はあんなんじゃなかったのに」

 顔をしかめたリーファに、シンハが並んでふむとつぶやいた。

「俺にはぼんやり陰っている程度にしか見えないが、ルクスが連れ去られたせいで怒ったのかも知れんな。これで足りるかどうか心許なくなってきた」

 そう言いながら日にかざす聖水は、いかにもちょっぴりで無力に思われる。リーファは無理に苦笑を浮かべた。

「道々振り撒きながら行くには足りないね」

 このまま突き進めば、ウート本人に出会うより前に、誰かが倒れるかもしれない。シンハの『呪い』も、危機に瀕して弾け飛んでしまうだろう。追加の聖水をバケツ一杯取りに戻ろうか、と半ば本気で考えた時、リーファのうなじに冷気が触れた。

 喉まで悲鳴が出かかった。が、それは恐怖のあえぎではなかった。反射的にその場を飛びのいた後で気付いたのだが、リーファ自身意外だったことに、それは単純な驚きでしかなかったのだ。そう、まるで茶目っ気のある友人に不意打ちされた時のような。

 冷気の主はミルテだった。

『おどかすなよ』

 思わず言ったリーファに、ミルテは目をぱちくりさせ、それから悪戯っ子のようにちょっと笑った。

『大丈夫よ。あいつはあたしを怖がってる。あたしが連れてってあげる』

 ミルテは言って、三人の前に進み出た。その胸で、お守りが仄かな光を放っている。リーファはぼんやりと、あれのおかげでミルテも怖くなくなったのかな、などと考えながら、後について歩きだした。

 ミルテの気配はリーファにとって相変わらず、いささか寒気を催すものだったが、しかし行く手に待ち受けるどす黒い影に比べたら、遥かに耐え易かった。そのミルテの発する冷たい力が、影の圧迫感を斥け、穏やかな空気の道を開いてゆく。

 三人はその中を、馬の手綱を引いて進んで行った。


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