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王都警備隊・2  作者: 風羽洸海
穢れた遺産
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十章(1)


   十章



「はあ……そんな経緯が……それで、今はその女の子は?」

 さわやかな青空の下、ぽくぽく馬の背に揺られつつ、ルクスが放心したように言った。リーファは引き綱を持って前を歩きながら、辺りを見回した。

「いないみたいだね。昨夜から消えたままだよ」

 ついでに村の連中も、と心中で付け足す。日はとうに高い。勤勉な農民たちが、こんな時間にこぞって屋内にひっこんでいる筈はないのに、畑には不自然なほど人影がなかった。どこに行ったか知らないが、あまり良い兆候ではなさそうだ。

「……ん?」

 リーファがなだらかな上り坂の向こうに人影を見付けて眉を寄せると同時に、馬上から先を見ていたロトがうめいた。

「まずいな。先手を打たれたみたいだ。宿を出る時におかみさんの姿が見えないから、おかしいとは思ったけど……やられたね」

「お出迎えかい」

 リーファの問いに、ロトは小さくうなずいた。じきにリーファも行く手に待ち受けるものが何かを知り、ロト同様に顔をしかめた。

「一、二、三……七人か。面倒臭い人数だな」

 しかも手には熊手やら何やら、武器代わりの農具を構えている。剣か槍、あるいはせめて棒を持っていれば、素人ばかりの集団など軽くあしらえるところだが、生憎こちらは丸腰だ。しかも二人は使いものにならないよれよれの状態。

「とりあえず、向こうがどう出るつもりか様子を見よう。話だけで切り抜けられたら、それに越したことはないからね」

 ロトの言葉にリーファは「了解」と応じ、油断なく神経を張りつめて歩を進めた。

 村人たちも、慣れない仕事に戸惑っているようで、こちらが近付くとうろたえたような素振りを見せた。そわそわと顔を見合わせ、おまえが言えよ、とばかりに互いに視線を投げかける。

 両者の間が十歩ばかりになったところで、思い切って一人の青年が前に出た。

「に、逃げようたって、そうは行かねえぞ。この盗人め!」

 そうだそうだ、と後ろで残りの六人も、へっぴり腰ながら身構える。

(うわぁ、懐かしい台詞)

 リーファは幼い頃にさんざん浴びせられた罵声を思い出し、目元に苦笑いを浮かべた。唇はなんとか引き結んだが、状況の皮肉さは、笑わずにいるのが難しいほどだ。台詞の内容こそ昔と同じだが、発言者の声音や態度はまるっきり正反対。

「盗人? 逃げる? 誰が」

 問い返した声には、愉快げな優越感がにじみ出ていた。そのせいで、どうやら村人たちはリーファがふてぶてしい悪党だと断定したらしい。あからさまにムッとした様子で、さっきより強い口調で応じた。

「とぼけやがって! ウートさんのお屋敷に忍び込もうとしたのは、知ってんだぞ!」

 観念しろ、と数人が声を合わせる。リーファとロトが顔を見合わせ、さて、と無言の相談をしたところで、馬上からルクスが頼りなげな声をかけた。

「ちょっと待ってくれませんかね、皆さん。誤解があるようで」

 その時になってやっと気付いたらしく、一番前に出ていた青年が、あっ、と目を丸くした。

「フォラーノさん! あんた、盗人の仲間だったのか!?」

「んなわけねーだろ」

 げんなりとぼやいたのは、もちろんリーファだ。ルクスはどうにかして取り成そうと、切実な表情で訴えた。

「あたしとウートさんの間に、ちょっとした行き違いがありましてね。怒らせてしまったようなんですよ。お詫びに行くつもりじゃあるんですが、宿で行き合ったこの人たちが、神殿に案内して欲しいって言うんで……」

「行かせるこたぁねえ、どうせそいつらの目当ては神様を拝むこっちゃねえんだ。神殿に盗みに入ろうなんざ、どこまで厚かましい奴だ」

 村の男が憤慨して唸り、ぎろりとリーファを睨みつける。ひんまげた唇の間から、よそ者が、という言葉が漏れた。

 リーファは天を仰ぎ、やれやれと頭を振る。話している言葉は同じ筈なのに、意思が通じないことの虚しさときたら。

「あんたらの神殿には何か大層なお宝でもあるのかい? 心配しなくても、オレたちは神様の助けが必要なだけだよ。行かせてくんねえかな。ウートの旦那がオレたちに用があるってんなら、村から出て行きゃしねえからさ」

「盗人が神様に何を頼むってんだ。逃げられるように、か? 白々しい嘘をつくな」

「この人たちは盗人なんかじゃありませんよ。あたしが保証します」

 ルクスの口添えも、あまり効果がなかった。村人たちは胡散臭げに顔をしかめただけで、一向に道を譲る気配がない。

「そんなに心配なら……」

 神殿まで付いて来ればいい、とリーファが言いかけた、その時。

 ぐらりと背後で人影が傾いだ。ぎょっとなって振り返ったリーファの目に、シンハが鞍から落ちる姿が映る。

「――――!」

 あまりのことに、息を飲んで凍りつく。ドサッ、と地に倒れる鈍い音。馬が驚いて足踏みし、鼻を鳴らす。その音と光景は、リーファに予想外の衝撃をもたらした。

 あとひと呼吸の間があれば、悲鳴を上げていたかも知れない。だが、ロトが素早くシンハの傍らに膝をつき、冷静な、しかし断固とした声で言った。

「話は後だ! 早く神殿に行かなければ、呪いがこの村にまで及んでしまう」

「……は」

 疑問符を語尾につけかけ、慌ててリーファはそれを飲み込んだ。数回瞬きしたものの、すぐに気を取り直して調子を合わせる。

「早すぎる! 畜生、もたもたしてる場合じゃないってのに、あんたらのせいで」

 焦燥感だけは、演技する必要もなかった。リーファが非難のまなざしで村人たちを射ると、さすがに彼らもたじろぎ、後ずさった。

「ま、待てよ、呪いって……」

 熊手を持った青年が食い下がろうとしたが、もはや最前までの勢いはなかった。ロトはそれを無視し、リーファに向かって鋭くささやくように命じた。

「リー、雪踏みに乗って。彼を先に神殿へ」

「分かった」

 あれこれ問答している場合ではないのは、ロトの目を見れば分かった。リーファは雪踏みの鞍にまたがり、ロトが下から押し上げるシンハの体を引き上げて後ろに乗せた。シンハはぐったりしながらもわずかに意識があるらしく、落ちないようリーファの背にもたれかかる。

「はっ!」

 声をかけて腹を蹴ると、雪踏みはすぐに走りだした。あえてその前に立ちふさがる村人はいない。中途半端な声音で、おい、待て、などと口走るだけだ。リーファは彼らの間を駆け抜け、行く手に小さくぽつんと見える神殿を目指した。

 その道程の半分ほども行ったところで、不意に背後でくすぐったい気配がした。不審に思って手綱を引いたところで、正体が分かった。シンハが笑っているのだ。

 リーファは唖然とし、次いで猛然と腹が立ってきた。

「おまっ……! な、なんて奴だ! 演技だったのかよ!?」

 さすがに大声は出せないので、ささやきで非難する。

「馬鹿野郎、ひっ、人がどんだけ心配したと……! こっちの息が止まるかと」

「ああ、すまん」

 シンハが苦笑まじりに詫びる。その声には、いつもの深みがないとは言え、耳元でささやかれると背骨が溶けるほどの威力は残っていた。リーファは身震いすると、肘で相手の脇腹を突いてやった。

「意識があるんなら、せめて顔はちょっと離せよ! おまえの声は破壊力があるんだから自覚しろよな」

 赤い顔で責められて、シンハは片眉を上げたものの、相変わらずリーファに完全にもたれかかったまま動かなかった。その代わり、再びすまんとは言わず黙っていたが。

 仕方なくリーファはしかめっ面で前を向き、馬を進める。背中の温もりを努めて意識しないように、それよりもずっと後ろの気配に神経を向けると、やがて二騎の蹄の響きが微かに耳に届いた。

 シンハが振り向くのが分かったので、リーファは前を見たまま、「ロトかい?」と問うた。ああ、と控えめな声が応じた時には、駆け足と並足の二種の足音が聞き分けられるところまで迫っていた。

 じきに、ロトがリーファに並んだ。彼もやはり主君の身を案じていたらしく、切迫した声音で「お怪我は」とささやきかけた。

「死にはせんさ」

 シンハがおどけて応じる。リーファに気を遣ってか、少し体を離しているが、実際はそれも大儀そうな口調だ。

「だがまともに肩をぶつけたようだ。今頃、痛んできた」

「ようだ、って」リーファは思わず口を挟んだ。「あれは演技じゃなくて本当に気を失ってたのか?」

「一瞬だがな。目の前が暗くなったかと思ったら、地面に倒れていた。それにしても、おまえたちは息が合うな。咄嗟にあんなでっちあげで切り抜けるとは」

「ロトのおかげだよ。もうちょっと遅かったら、オレ、おまえの名前を呼んでたかもしれない。本名の方をさ」

 謙虚に応じたリーファを、ロトが褒めてくれた。

「そんなに動転していたのに、すばやく口裏を合わせられたのは流石だね。ありがとう」

「嘘ついて褒められるってのも妙な気分だね」

 リーファはおどけて目をくるりとさせ、それから首を伸ばして後方を見やった。ようやくルクスが三人に追い付き、ふう、と息をついたところだった。三日間監禁されていた後では、馬に乗っているのも一苦労のようだ。

 そんなへとへとのルクスに、開口一番「大丈夫ですか」と言われてしまい、シンハとリーファは失笑を堪え損なって妙な声をもらした。怪訝な顔をしたルクスに、リーファはなんとかそれ以上の笑いを抑えて答える。

「大丈夫だよ、呪いがどうとかっていうのは、でまかせだから。こいつの調子が悪いのは事実だけど、他人にうつるようなもんじゃないから、安心していいよ」

「は、あぁいえ、そんな意味じゃなくって」

 ルクスは尚も心配そうにシンハを見ている。リーファはその優しさに心中で感謝しつつ、おどけた口調を装った。

「平気、平気。こいつはさ、ちょっとやそっとぶつけても落としても壊れないぐらい、頑丈に出来てるから」

「おい」

「事実だろ?」

 小生意気に言い返した声には、否定できるもんならやってみな、とばかりの挑戦的な響きがあった。シンハは低く唸ったものの、案じ顔のルクスの前で、そんなに丈夫じゃないとは言えもせず――結局、ため息で諸々の心情を吐き出すしかなかった。

 まるで、いたわられる立場も楽じゃない、とでも言わんばかりに。


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