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鬼を舞いて鬼と対峙す《桃太郎異聞》  作者: マツカワマツコ


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第一話

桃からの登場シーン気になりませんか?『昔々ある所に……』 誰もが知るあの導入部の小説的表現をお楽しみください。


緑芽吹く山の麓に藁葺屋根の家が一つ。上げられた蔀戸から、明るくなり始めた空に湯気を上げている。周りに他の民家はない。


「柴刈りさ行ってくっからな」


寝床から這い出した翁は、既に炊事に取り掛かっていた妻に言う。


「ああ、おはようございます。ご飯、こさえて待ってますね」


妻は、だいぶ皺が増えた顔に笑顔を作って見送った。


家で待つ妻のため翁は精を出して働く。だが意欲があっても昔ほど捗らない。嫌でも老いを感じ、人里離れた二人暮らしの老後に思いを馳せずにはいられない。


(多分俺が先だろう……。あれを一人にするのはな…)


里の因習、余計な詮索……。どうも人付き合いが苦手でここに家を建てた。


そんな彼にも、妻は文句を言わずに着いてきてくれた。


子を持たしてやることが叶わなかった事にも悔いはある。自分亡き後の妻に一人淋しい思いをさせるくらいなら、今からでも里に戻ろうか。


黙々と柴を刈っていると不安や焦燥に襲われる事は少なくなかった。


「どっこいしょ……」


屈めた体を起こせば腰からギギと音を立てるような感覚。実際膝はパキパキと音を立てた。


日も高くなり翁は柴刈りを切り上げ自宅に戻る。


綺麗に洗い上げられた着物が外に干されていて、気持ちよさそうに風に靡いていた。それだけで、何となく気持ちが軽くなる。


「戻ったよ」


板戸を滑らせ家に入れば、味噌汁の香りに腹が鳴る。


「あなた! ちょっと! 早く見てくださいな」


衝立の向こうから妻の高揚する声が返ってきた。老いて落ち着いた妻のそんな声は珍しいなと思いながら、翁はゆったりと草履を脱ぐ。


「なんだ、騒々しい」


窘める言葉だが、活気ある妻の様子に嬉しさが隠せていなかった。


「いいから、早く早く!」


「今、行くよ」


翁は妻が上がりに用意してくれていた手拭いで汚れを拭いながら、ようやく衝立を越える。


瞬間、体を拭う手が止まった。


「なんじゃあ、こりゃ」


囲炉裏の脇、板間に座る妻の膝に抱かれる巨大な桃に、翁は目を見開いた。


いたずらが成功したかのような妻の顔にも気づかずに、それを凝視する。


「ふふ、凄いでしょう?」


「どした? これぇ」


翁は戸惑いながらも妻のすぐ対面に腰を下ろした。


「裏の川で拾ったんですよう」


妻は声を弾ませる。


「拾ったって、お前……」


「こんなに大きくなる桃もあるんですねぇ」


「……あるんだから、あるんだろうが」


翁は恐る恐る手を伸ばしてみた。


掌に触れる柔らかい産毛からは、何となく温かさを感じる。自分の動作が身籠った女の腹を撫でているようだとふと思った。


「切ってみましょうか」


「いや……」


妻は楽しそうに提案するが、翁は逡巡する。


「落とし主が探しに来るかもしれんだろ……」


この辺りに桃の木があるなど聞かない。自然になって落ちた桃ではないはずだから、誰かが落としたものに違いないと翁は思った。


(こんなに立派な桃、川に落としたからとて諦めはつくまい……)


川上には里がある。桃に手を付けて後々里の誰かに詰め寄られてはたまらない。


「そう、ですよね……」


今後は里の助けも必要になるかもしれない。後に残す妻を思って言ったものの、明らかに沈む彼女の声に心が揺らぐ。


「……数日だけ様子見したら、あと食ってしまうべな」


桃は足が早い。腐りかけても落とし主が現れなければ、その時は食べてしまえば良い。


翁の言葉に妻は少しだけ笑みを取り戻した。


「そうですね。んじゃ、朝ご飯にしましょかね」


「んだな」


自然と、妻は翁のかいた胡座の上に桃を乗せて立ち上がる。


「どっこいしょ……」


少し年下とは言え妻も最近は掛け声無しでは立ち上がりが弱い。お互い本当に年をとったなと思いながら、翁は何となしに桃を撫でていた。




その日は結局誰も桃を探しにはこなかった。


夜半過ぎ、薄い布団を並べて眠っていた老夫婦は強い光に驚愕して飛び起きた。


「な、なんだぁ!?」


光の出処は探るまでもなかった。衝立の向こう、僅かな食材を蓄えている土間の一角からのようだ。


「あ、あなた、何でしょう……?」


「分かんね……んだけど、この匂い……」


室内には光以外に瑞々しい芳香が充満していた。とても甘く、魅惑的な香り。


この光と香りの発生源に当然二人は思い当たっていたが、香りだけならまだしも光るなどありえない。


両者ともそうじゃないかと思いつつも、口には出来なかった。


「お、お前はとりあえず、待ってろな」


翁はおずおずと布団から這い出る。そのまま四つん這いで土間との衝立まで、音に注意して進んでいった。


春先の深夜、手足に触れる板床はひどく冷たい。


衝立に体を隠して翁は恐る恐るそちらを覗く。するとやはりあの桃が光輝いていた。


翁は妻を振り返ると一つ頷いた。そして、妻もまた。


翁は衝立から身を出すと、草履に足を乗せて慎重に桃へと近づいていく。


朝のあの時の様に、伸ばす手は震えていた。


指先が産毛に触れる。


「!?」


咄嗟に手を引っ込めた。


(生温かい……?)


朝は妻が抱えていたから不思議に思わなかったが、夜半に放置された桃の持つ熱とはとても思えなかった。


「どうしました……?」


振り返れば衝立に寄りかかるようにして、不安そうに妻がこちらを窺っている。


「いやぁ、こいつぁ変だぞ」


「見れば分かりますよ」


「光ってるだけでねえって!」


翁は自分が感じた異変を伝えようと口を開きかけた。その時……


「ふえぇん」


「!?」


「!?」


一斉に老夫婦の目が再び桃に移る。


「聞こえたか?」


「……はい」


「嘘つくな」


「じゃあ何で聞こえたかなんて聞くんですか!」


「んだって、ありえねぇだろ!」


「うえっ、えーーん」


「!?」


「!?」


夫婦の言い合いが始まりそうになると再び赤子の声。


「………切ってみましょうよ」


妻が言う。


「いや、しかし……」


得体のしれない桃を切っては何があるか分からない。


「じゃあこのまま放っておくんですか?」


「だってよぅ……」


煮え切らない夫に業を煮やし、妻は自分の草履を履くとツカツカと近寄ってきた。


「私が切りますから」


夫とは違って勇ましく桃に手を伸ばすと、大事そうに抱き上げた。まるで本物の赤子でも抱くように。


「お、おい……」


「いいから包丁とまな板、持ってきてくださいな」


妻は夫に指示を出すと踵を返して板間へと戻っていく。


「女ってぇのは……」


「なんです?」


「な、なんでもねぇ」


恐怖の対象がこれ以上増えないように、翁はそそくさと言われた物を用意した。


板間に戻れば、朝の様に妻が膝に桃を抱いている。


「ほれ、包丁とまな板だ。あと……」


春先の深夜、屋内は冷えていた。翁は妻の背に着物を羽織らせてやる。


「ふふ、ありがとうございます」


ほんの些細な事にも妻は礼を欠かさない。大した事でもないのにと、翁はそれにいつも照れてしまうのだ。


何より機嫌も直ったようでホッとする。


「……いいから、やってしまえ」


「はいはい」


まな板に桃を乗せると当然それは大きくはみ出した。だが、気にすることもなく、器用に妻は桃に包丁を当てる。


「痛くねぇかな…」


「どうでしょうね」


「どうでしょうねって…」


しれっと言う妻が少しだけ恐ろしい。


「生きた桃なんて初めて見たんですから知りませんよ。……いきますよ」


「お、おう」


翁は情けなく妻の背後に回って覗き込むようにして様子を窺った。


桃に刃の先端がスッと突き刺さる。


「き、気ぃつけろよ……!」


「なら、あなたがやりますか?」


「お、俺はいい!」


はぁ……と妻は溜息をついて、再び桃の切断に集中した。


「ひっ、血?!」


「なんですか、ただの果汁ですよ」


果汁と共にじゅわりと溢れ出す桃の香り。そして、溢れ出すものがもう一つ。


「うぇーーん」


「!?」


「桃じゃなくて……やっぱり! 中に居るんですよ! 何かが!」


再び怯える翁に対して、妻は驚愕しつつも冷静に状況を捉える。


「中?」


「ええ。どうもくぐもってるなとは思いましたけど……」


「そ、そうだったか?」


「あなた最近本当に耳が遠いから……」


妻は言いながら更に慎重に包丁を進めた。徐々に大きくなっていく赤子の泣き声。


妻は手前部分だけを浅く切り込むと、果肉に指をねじこみ、それから左右に割開こうと試みた。だが桃の大きさに対してそれをするのは妻の力では弱すぎる。


「どれ。俺がやるから、お前はそっちさ行って押さえてろ」


翁は妻の様子を察し申し出た。妻も場所を譲ると桃の後に回りそれを支える。


翁は二人の間にある桃に指をねじこむと、思い切り力を込めて割り開いていった。


妻も反対から手を伸ばし片側を共に引っ張って加勢する。


お互いのいきむ声と赤子の声。


「んぎゃー」


「あ!」


「まあ!」


めりめりと割りさかれた桃の中央、本来種がある場所に光り輝く男の赤子が元気に泣いている。


「なんてこった……」


信じられない光景にただ目を丸くする翁。


「可愛らしい」


信じられない光景にも思わず目を細める妻。


「ど、どうすんだ、これ……」


「どうするも何も、面倒みてやる他ないじゃないですか」


「簡単に言うな!んだって、お前ぇ乳とかよお……」


「里の女に乳の出る者もいるでしょうよ」


里、という言葉に翁は怯む。だが、交流を再開する良い機会かもしれないとも思い、また悩む。


ふと、妻は桃の実を少しちぎって赤子の口に持っていった。すると赤子はちうちうと桃の果汁を吸い始める。まるで乳でも飲むように。


「桃の子だから、コレが良いのかしらね」


言うやいなや、妻は赤子に向けて細めていた目を翁に向ける。


「ぼさっとしてないで湯を沸かしてくださいな!あと綺麗な布!」


「お、おう!」


「あと名前!あなたが付けてあげてくださいよ」


「え……、太郎でいいべ」


「そんな適当な……」


人里離れた老夫婦の住む一軒家。慌ただしい夜を送り、住人が増えた事をまだ誰も知らない。






お読み頂きありがとうございました。

良ければこの先の成長も見守ってもらえると嬉しいです!

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