16.モブ令嬢と帝国の陰謀
…『帝国の野望』というか『帝国の逆襲』というか『帝国の暗躍』というか…『帝国の』って付けると何でもイイ感じのタイトルに…
「いなくなった神官の周囲に、聞き取りを行ったところ、言葉に僅かだが『帝国訛り』があったと発言した者がいた」
「……帝国、ですか」
(大抵の国境は神官にはフリーパスだから、我が国の神殿に帝国出身者がいたとしても不思議ではない……けど、何か嫌なイメージだな)
それは父親から『帝国人を信用するな』と言い聞かされている私だけでなく、他の二人も同じようで、部屋に微妙な空気が流れた。
「実を言えば……」
王太后殿下は、どこか遠い目でつぶやいた。
「今回の大がかりな『嫌がらせ』は、すべてが帝国の差し金と思えば、納得できてしまうんだよ」
その内容に私達が驚く間もなく、王太后殿下は続けた。
「お隣のリンディアで、イーヴリン女王陛下が即位された頃から……いやその少し前からか、帝国が我が国に、婉曲にアレコレ探りを入れて来るようになってなぁ……平たく言えば、ウチと帝国で挟んでリンディアを攻めませんか? というお誘いだ」
え……
(えええええーーー!?)
リンディアと帝国の確執は、確かに歴史的な物だけど、前の戦いで痛い目を見ているだろうに、まだそんな事を考えていたのか!
(いや痛い目を見たから、挽回しようとしているのか……)
何か勝てる根拠でも出来たんだろうか?
「無論、断った。リンディアを滅ぼした後に帝国が狙うのは、間違いなく我が国だからな」
首を前に深ーく倒して、賛意を表す。
「ウチも甘く見られたものだと、その時は陛下共々、苦々しく思ったが……こうして掻き乱そうとして来るという事は、まだ諦めていないのだろうな」
とても嫌そうに、王太后殿下はため息を吐いた。
帝国……その歴史も、ウチの商会としても、いいイメージなかったけど、まさかこんな事になっていたとは。
(いや逆か。お父様はこの辺りの事情も知っていたから、兄や私に言い聞かせていたのかも)
しかし、怖い。『嫌がらせ』で終わって良かったけど……
「……成功していたら、大変だったんですね」
私が呆然とつぶやくと、殿下も頭を重そうに振った。
「そうだな、アレが王妃に……なる目は無かったと思うが、側室か愛妾にでもなって、耳元で『帝国と手を組んでお隣を滅ぼせば、この国はもっと豊かになりますよ』と、時折ささやかれるだけで、王城内が偏向していく可能性は高い」
王太子は勿論、他の、彼女に好意を持つ貴族男性達の間で、帝国派が増えていたらと思うとゾッとする。
(ウチの国、結構、危ないところだったんじゃないだろうか……!?)
「幸か不幸か、今のところ、アレの口から帝国に関する言葉が出ていたという報告はない。本人の資質から見てもあくまで、我が国の王家を掻き回しに来たんだと思う」
『アレ』が我々を欺く為の仮の姿としたら、それはそれで凄腕の工作員だが……。
「王家の権威が落ちれば、国力も落ちる」
それは少し成功させてしまった。
現国王の子が一人しかいないという、我が国のウィークポイントを的確に突かれた形だ。
あの時王太后殿下が、『まだバロウズ公爵(王弟)がいる』という可能性を、明確に皆の前に示してくれなければ、国が揺らいでいただろう。
「国力が落ちれば、差し伸べてくる甘い手を振り払うのが難しくなる。そんな絵図を描いた者が、我々の敵だ」
「はい」
「はい」
「分かりました」
私達は、異口同音に頷いた。
「お前達はこれから、リンディアへ向かう事になるが……デュフィ侯爵令嬢」
「はい?」
「そなたに私からの親書を託す。イーヴリン女王陛下に確と手渡すように」
えぇっ!? と思ったけど、断れる訳がない。
「はい、かしこまりました」
この場に呼ばれた最大の理由は、『親書』だろう。
ならば恭しく頭を下げる以外何ができよう。
このお役目、身分的に言えばグリーグ公爵令嬢のシルヴェーヌ様が相応しいと思うが、そうなると正式の使者のようで目立つし、間違いなく帝国にも伝わる。
元から予定の入っていた、開業のご挨拶に出向く『侯爵令嬢』がちょうどいいのは分かる。
(女王陛下にお会いできるのは、無論楽しみにしていたけど)
国からの親書(というか、これ密書の類だよね……)を渡す役目になろうとは……
王太后殿下は、ソファに身を預けてつぶやいた。
「アチラ側が、まさかこんな手で来るとは思っていなかったんでな。動くのが遅れて、お前達には迷惑をかけた」
「そんな……!」
王太后殿下のせいでは断じてないし、結果的にはおそらく私達3人共助かった気がするし!
「グリーグ公爵は筆頭公爵として、デュフィ侯爵は商会を通じ、ランベール辺境伯は国境周辺の状況から、ここにいるお前達の御父上は、詳細は知らねど状況は把握している筈だ」
「お父様が……」
「父上が」
シルヴェーヌ様や、クロエ様のつぶやきが聞こえる。
私は(あ、やっぱり)とか思っていた。
「侯爵令嬢は、落ち着いているな」
「帝国とのお話は全く知りませんでしたが……以前から、商会に出入りするようになってから特に、父から何度も『帝国人は信用してはいけない』との注意は受けていましたので……」
「直接の迷惑を被っている侯爵らしいな」
殿下の苦笑交じりな声で実感が湧いた。
「侯爵から王宮に報告が上がるのは、重大事に繋がりそうな時だけだ。日々行われる取引現場では、有形無形の細かい被害は無数にあるだろう」
(お父様、全っ然!表情変わらない人なんだが、苦労していたんだなぁ……)
エレインの母が亡くなってからもう10年になるが、エレインの父は、降るように来る縁談(そういえば国外からもあった)に見向きもせず、ひたすら仕事に邁進していた。
それでも、兄とエレインはほぼ毎日、どこかで父親と顔を合わせていた。
(夜遅くなる時は、朝出かける時にとか、朝いない時は、寝る前にとか)
右手に兄の手、左手にお気に入りのウサギのぬいぐるみを抱いて、眠い頭を撫ぜられていたのを何となく覚えている。
食事も、たまには一緒になった。
貴族標準でいっても、構われた方だろう。
婚約者に苦悩している時も、エレインが本当に嫌だといえば、格上相手でも交渉に行ってくれたと思う。
(まぁそれで、何か我が家に不利な条件を付けられるのが嫌だから、エレインも頑張った訳で……)
結構、ヒヤヒヤだった(侍女は心臓が潰れるかと思ったそうだ……ごめんよー)ロドニー様の私室への潜入を思い出す。
上手く行って本当に良かった……あれを思えば、女王様に親書を渡すなんて何でもない(多分)。
「この時機に、お前達がリンディアへ向かうと言うのも、何らかの導きであると信じている」
王太后殿下のお言葉が、じわっと身に染みる。
「リンディアの女王陛下は、信用するに足ると思われるが、常に礼節は忘れぬように」
「はい!」
3人の令嬢の声がハモる。
「イザドーは今の時点では敵か分からぬが、神殿、帝国には決して気を許すな」
「はい!」
力強くハモる。
王太后殿下は満足げに微笑み、慈愛に満ちた声で最後に餞の言葉をくれた。
「たくさん学んで戻っておいで。何があろうと、ここがお前達の国だ」
「はい……!」
胸が熱くなり、涙が出そうになるのを抑えていた私は、まだこの先に降りかかってくるモノの片鱗すら見えてなかった。
(まぁ、この時点で自分が知らなかったことは仕方ないにしても……)
『シルヴェーヌ・グリーグ』に、何番目かの王位継承権がある事すら、思い浮かばなかった(大した事だと思っていなかった)のは我ながらどうかと思う。
何にせよ、この時に私達がリンディアに行ったのは間違ってなかったと――後世に評価されるのを祈るばかりである。
…やっと『旅立ち』です!
…この先『番外編』や、『リンディア(&帝国)編』を予定していますが、ここで一端〆めさせていただきます。
…この話には、ご感想や考察、誤字脱字についても、色々なご意見をいただきました。
…大変参考になりました、有難うございます。
…取りあえず現在調べられる限り調べ、修整するところは修整しておりますが、また変わるかもです。
…よろしければ、再開の折にはまたお立ち寄りいただければと思います(*‘ω‘ *)!




