15.モブ令嬢ともう一つのお隣
非常に複雑な気分である。
もしかしたら元婚約者達のあの態度が、操られたものだとしたら……
「考え直すか?」
試すように問われて、私とシルヴェーヌ様は思わず顔を見合わせたが、そこに迷いは見いだせなかった。
正面を向いて微笑みながら口を開く。
「考え直しは致しません」
「後悔してはおりません」
これが私達の答えだった。
他の女に気を惹かれたのが仕方のない事でも、彼らがこちらにしてくれやがった事は取り消せない。
「それがいいな」
王太后殿下は軽く頷いた。孫を庇う気はないらしい。
「記録では『好意を持たせる』だけであって、意思を操る程ではなかったからな。好意を持った後、何をするかは当人の資質だ」
元王太子と私の元婚約者が、彼女に好意を持ち、彼女に好意を示された結果、浮かれて己の義務を放り出したのは、王太后殿下も既にご存じだった。
「クロエはどうだ?」
殿下が私達の背後に水を向ける。
「そうですね。ルーカス様は、昔から単純な所はありましたが、全てを捨てて一人の女性にああまで傾倒したのは、『聖女様の御力』と言われれば納得しますね。ただ……恋に狂うと、あのようになるというのは、ちょっといただけませんね」
頭上から、クロエ様の声が爽やかに響く。
振り向かなかったが、笑顔である事は分かった。
(代々王家に仕えた栄えある家柄も、美しい婚約者も、騎士としての高い矜持も、全部捨てさせるのは、確かに尋常じゃーないわな)
連行される時まで『聖女! 聖女ー!』と叫んでいたあの姿は、父親である近衛騎士団長が見たら、斬りたくなるんじゃないだろうか。
(大丈夫だったかな、ルーカスくんは)
彼にも再教育が待っているとすれば、正気に戻るまで(戻るのか?)、どこか頑丈な場所に閉じ込めておく位しか浮かばない。
「『聖女』を見つけて送り込んで来た者は、さぞ見る目があったのだろうよ」
異性に親し気に声をかけ、体に触れたりする……不自然な行為をごく自然に行える『聖女』。
聖女だからか? 聖女なのにか?――は、分からないが、稀少な人材である事は間違いない。
今後、学園入学前の紳士教育には、今回の教訓を生かした『ハニトラ』対策が、必須になるだろう。
王族にはその手の教育も、しっかりされている筈なんだけど……
(もっと上品な誘いや、洗練された会話の中の駆け引き程度だったんだろうなぁ)
恋愛経験のない状態での『聖女との遭遇』に、同情はするけど、その結果が
『婚約者を陥れ、婚約を破棄して君と結婚しよう!』や
『結婚は打算でするが、愛するのは永遠に君だけだ!』じゃ、本当にいただけない。
ふと、ロドニーがルーカスのように、全てを捨てて聖女に尽くすというならどうだっただろうと思った。
(それなら案外許せるかもしれない)
その場合でも『婚約解消』という結果は変わらないが、ロドニーが借金を背負って家を追い出されるという事はなかっただろうし、エレインも自由を手に入れたお礼として何らかの便宜を払ってあげた可能性はある。
(組み合わせの問題だったのかな? いや、やっぱり『当人の資質』の問題か……)
「いったい誰があの方を……ですわね」
理解し難いという表情で、シルヴェーヌ様がつぶやいた。
皇太后殿下は、少し考える様に首を傾げ、口を開いた。
「アレの取り巻きに、イザドーの留学生がいただろう?」
「モレノ伯爵令息の事でしょうか……?」
シルヴェーヌ様が応じる。
留学生の世話は、王族の仕事の一環だ。
入学当初は、王太子と一緒に、準王族としてシルヴェーヌ様も異国の令息に対応していた筈だ。
リンディアが我が国の東側のお隣とすると、イザドー王国は西側にあるお隣だ。
西側には幾つかの小国があり、その中でもイザドーは古くからの友好国で、言語も同じなのでたまに留学生がやって来る。
(まさか、イザドーが何か企んでいるの……?)
悪い噂なんて全然入ってきてなかったが……いや私が知っているほどだったら、最初から留学生なんて受け入れる訳はない。
「アレに近い人間で他国人。何か関係はないかと、イザドーに人を遣って調べさせた結果、モレノ伯爵家には、10代の男子はいない事が判明した」
淡々とした王太后殿下の言葉だったが、私達は息を飲んだ。
件の伯爵令息の、赤色の目と髪、華やかな顔立ちを思い出す。
珍しい色だな……とは思ったけど、あんなに目立つスパイ(?)がいるのか。
「本人は取り逃がしたと先ほど報告が入ったが、申請と異なる人物を王立学園に送り込んだとして、今日の式典が始まる前に、イザドーの大使の身柄を拘束してある」
先ほどの宰相閣下の姿を思い出す。
(浮かない顔の理由は、息子だけじゃなかったんだな……気の毒に)
「まだ尋問中だが、大使が言うには、『表に出せない理由がある王家の人間を送るから、そちらの王立学園へ留学生として入れて欲しい』という書簡が、イザドーの大臣から届いたそうだ」
イザドー王家の血を引くなら、大使にとっては主筋である。
表沙汰に出来ないなら、国内で高位貴族に対する教育を受けさせるのは難しいだろうと、大使は納得した。
「モレノ伯爵家は、大使の親戚だそうだ」
目立つ家ではないから、この国ではまず誰も内情は知らないだろうと、名前を使わせてもらったらしい。
「中にあった指示に従い書簡は焼却されたが、『本物に見えた』と、大使は主張している。至急、問い合わせはするが……真実はどうあれ、しらを切られるだろうな」
王太后殿下がふうっと息を吐いた。
素性を偽り、王族も通う他国の学園に留学させた罪は重い。
書簡が偽造されたもので、本当に何も知らなかった場合は勿論、何らかの意図のあった行為なら猶更、一国の大臣がすんなり認めちゃいけない案件だ。
(まぁ、軽く考えていたかもしれないけど……)
ここにはまだ写真もないし、電話もない。手紙も国内には郵便網がかろうじてあるが、国外へは商人を通してか、人づてで送られるのが主だ。
こんな事態にならなければ、まずバレなかっただろう。
それにしても……
「あの偽留学生が、聖女と繋がっているかどうかの確証はないが、素性の怪しさや逃走した事から無関係とは考えづらい」
私もシルヴェーヌ様も(おそらく後ろでクロエ様も)頷いた。
「……殿下は、イザドーが我が国に、あの女性を入れたとお考えですか?」
遠慮がちにシルヴェーヌ様が尋ねると、王太后殿下は首を横に振る。
「留学生の身元を隠す位ならやるだろうが、あの国に神殿を動かす力はない」
神殿はこの大陸で一番ポピュラーな神様、空と大地と海を作った『女神』様を崇める宗教組織の施設だ。
各国に神殿はあるが、その大きさは国の大きさに比例していると言われている。
ちなみに神殿にとって『聖女』は、『女神』様が地上に遣わした使者だそうだ……
(今までも、信心ってあんまり篤くなかったけど、今回の件で、ぺらっぺらに薄くなった気がする)
唯一知る『聖女』がアレというのは、お互いにとっての不幸な出来事だろう。
「神殿でも行方をくらました人間がいる。神殿でアレの担当をしていた神官だ」
先刻彼女が口にしていた、『クラレンス神官』だろうか。
「聖女の出身地を調べた時にはもう、ウチの国の神殿には在籍していなかった」
神官として神殿に所属=『出家』した人間は、女神を唯一の主とするため、国というくびきから解放される――と聞けば自由そうに聞こえるが、家族との縁も切れるし、個人的な財を持つことは許されない。
そんな前提があるので、神官は大陸中の神殿を行き来していると聞く。
(戦地へ出向く事も出来るので、調停役を任されたりするって教科書にはあった)
その辺り前世に通じるものがあると思った。
地上の権力を持たないという割には影響が大きいというのは、国としては厄介だけど味方にしておきたい存在だ。
(我が国今回、その一部から(?)喧嘩売られた訳だけど……)
神殿は祭祀を執り行うので王家や貴族などの特権階級との縁も深い。
イザドーもそうだけど、今まで揉めてる印象もなかったのに、『何があったの?』とは思うよね。
…実際イザドーは、何度か申請とは別の留学生を送って来てます(悪気はあまりない)。
『前回もバレなかったなら、今回もバレないだろう♪』で調子を乗ってたところを……って感じです。
…聖女様の『魅了』は女性相手でも有効です。ただ、全く(彼女に)プラスの感情のない相手には使えません…




