11.モブ令嬢は引導を渡す
「まったく年寄りの荷を増やしおって……」
王太后殿下はポツリと一言もらした後、王太子殿下達がいた場所に視線を戻した。
そこには『聖女の取り巻き』の、残り三人がいる……――筈だったが、立っていたのはケリー公爵子息のみだった。
「さすがに、逃げ足の早いことだ」
逃げた2人の素性はもう、王太后殿下には知られているらしい。
(留学生とルノー子爵子息……あれだけ、聖女に傾倒しているように見えたのにね。まぁ、沈む船からはネズミも逃げるって言うし)
ネズミより危機回避能力がなかったらしい、残りモノの公爵子息はぼうっと、夢でも見ていた様な顔をしていた。
「宰相の倅、名は……」
王太后殿下の声にはっとして、彼はあわてて頭を下げた。
「ロドニー・ケリーです。王太后殿下」
「確かに見覚えも、聞き覚えもあるな、ロドニー公爵子息。……つまり、幼い頃からのマクシミリアンの側近だった貴様が、なぜアレを諫めなかった?」
厳しい口調ではなかったが、ロドニー様は下を向いたまま何も答えられなかった。
「窘めるべき側近も一緒になって、あの女と遊び惚けていたのを認めるのか?」
「あ、あの女など! 彼女は仮にも聖女で……! 我々は彼女を、守っ……て……あ……なぜこんな……」
勢い込んで言葉を返したが、すぐに語尾が小さくなり、最後の方は擦れていた。
「成程な……先ほど宰相とも話したが、貴様があの女に使い込んだ額を返済するまで、家名を名乗る事を禁ずるそうだ」
ロドニー様は雷に打たれた様に震えた。
(あーもう、ケリー公爵が知っちゃったか)
今日の事は、王太后が出てくる時点で国王夫妻、相談役の宰相も、事前に知っていたのが伺える。
止めなかったのは、『本当にやらかすかどうか?――そこまで腐っているかどうか』を、認めたくなかったのか……或いは、
(あえて、やらせた?)
どっちだろ? 国王陛下が出て来なかったというのは、まだ決定的に『マクシミリアン王子』を諦めていない、という事だとは思うけど。
「エレイン! 私を君の商会で雇ってくれ!」
「は?」
いきなりの指名に驚いた。
考え事をしている間に、ロドニー様が復活していたようだ。
「私はリンディア語も帝国語も出来るし、生半可な連中よりずっと優れている! 君を充分に補佐できると思うよ」
目をキラキラというか、ギラギラさせて己をアピールするロドニー様は、正直言ってとても気持ちが悪い。
王太后殿下は、面白そうな目をしてこちらを見ているが、止めてくれる気配はない。
あーもー……
「それに、か弱い女性の身で商会を率いて行くなんて、君が心配だよエレイン」
こちらの反応がないとみて、芸風を変えて来たな。
声にも甘いモノが混じっている。
「些細なすれ違いで、婚約は解消されてしまったが、私達が積み上げて来た月日は嘘じゃなかった筈だ」
全然、些細ではありませんでしたし、最後に全てを嘘に塗り変えたのはオマエです。
「昔から一番近くにいた私に、これからも君を守らせてくれないか? 私が隣にいれば、お義父上も、誰もが安心すると思うよ。そう! やっぱり、商会のトップには男性が立つ方が、皆が信用できるさ」
この男に守られた記憶はないが、それを言うのは子供っぽいだろう。
それに、言われなくても、男性優位社会は身に染みて知っている。
前世の、あれだけ女性の社会進出が認められていた社会でさえ、ところどころで根強くそれは蔓延っていた。
(求職中にも、『今回の募集は男だけです』、『なんで女が来てるんだよ』、『ごめんねー女性は採るなって上が……』、何度、この手の台詞を言われた事か……)
そのたび、律儀に傷ついてきた。
今だって、こんな男に言われた空っぽの言葉にさえ、傷ついている自分がいる。
そんな自分が嫌だけど、それでも、私は大海原に漕ぎ出そうとしているんだ。
覚悟がないと思うなよ!
「心配していただいて有難うございます、ケリー公爵令息」
私は出来うる限り優雅に、余裕なんてないからこそ余裕が見える様に、注意を払って頭を下げた。
「ですが、たとえ信用されるのが難しくとも、貴方にだけは私の商会に入って欲しいとは思えません」
「何故だ! エレイン?!」
(何故だも、何も、ないだろうと思うんだけどねー)
「単純な事です。失礼ながら、貴方は常に他人を見下されますよね? 身分や成績、性別で。そんな方と一緒に働きたい者はいません」
私がシルヴェーヌ様に、『平民と一緒に働けるか?』と言ったのを思い出したのだろう。
少し顔をしかめたが、すぐに弁解するように口を開いた。
「いやだな、エレイン。商会に入ればそれなりの対応はするさ! 無論、平民相手でも。社交は得意だ」
「それなりの対応が、貴方に出来るとは思えません」
きっぱり否定されて、ロドニー様の笑顔が少し歪んだ。
「いったい何を根拠にそんなことを言うんだい?」
「では、貴方は私の侍女の名前を言えますか?」
「は?」
「私の侍女は、10年前から変わっていません。貴方と会う時は必ず側にいてもらってましたから、貴方の前でも何度か名前を呼んでますよ」
「それは……」
覚えている訳ないわよね――私は口の端を上げる。
公爵令息の内はそれで良かったんだろうけど、ソレ以外潰しはきかない。それがロドニー・ケリーという男だ。
「貴方は10年私の側で守ってきたと言っておいて、私の一番近くにいた侍女の名すら知らなかった」
「それとこれとは……!」
「王太子殿下についてもそうです。貴方は側近として10年以上、殿下のお側にいたのに、不審人物を遠ざける事もできなかったのですから」
「不審人物など近づけた事はない!!」
激昂したロドニー様に、私は微笑んで尋ねる。
「では、今、王太子殿下はどこにおられますか?」
――学院を卒業したというのに、不審人物と一緒に再教育に入ってしまわれましたわね。
「貴方を信用することなど、到底出来ませんよ。ロドニー・ケリー」
唇を噛み締める様にして、黙り込んでしまったロドニー様に、私は裁定を告げた。
「お疲れ様です、エレイン様」
「シルヴェーヌ様……」
近づいてきたシルヴェーヌ様は、私の腕に軽く手を当て、気遣うように小声で『大丈夫ですか?』と尋ねた。
心配そうな目、思いやりの感じられる声に、私はほっとしながら頷いた。
息を吐くと、今さらながら体が強張っていた事に気づいた。
まだこちらを見ていたのか、ロドニー様がまた吠えて来た。
リアル負け犬だなー。
「そこのシルヴェーヌ嬢の言葉だって上辺だけだろう! 貴族が平民を気づかうなんてありえない!」
ありえない言っちゃいましたか。
本当にこの人だけは雇いたくないわ。
「あら? エレイン様の侍女のお名前、私は言えますわ」
シルヴェーヌ様がニコニコ笑いながら、ロドニー様に言葉を返した。
「お会いしたことは数えるほどですけど、お名前は確か……」
私を見ながら動かした口元から、彼女が本当に私の侍女の名を覚えていたことを知る。
「正解です。シルヴェーヌ様」
幼い時の話なのに、よく……とシルヴェーヌ様の記憶力の良さに感心して、10年付き合っていた男の薄情さと比較して、笑ってしまった。
…覚えているとは思っていなかったけど覚えていて欲しかったエレインさんです。




