10.モブ令嬢と回収される人々
王太后殿下が頷くのを見て、近衛騎士は手にした宝石箱の蓋を開けた。
箱の中身は、まず確認を取るように、王太后殿下に見せられ、その後シルヴェーヌ様に向けられた。
「おぉ……」
「キレイ……」
「素敵」
中身を見る事のできる位置にいた学生達から、場の空気を読んだ控えめな歓声が沸く。
華奢な箱に入っていたのは、中央に鮮やかな赤紫の玉石が飾られたネックレスだった。
(アメジスト? いや、真ん中に金色の線が入っているようにも見えるな)
宝石の売買は利幅が大きいので、商会で取り扱う商材の中でも最重要品目だ。
エレインは学生だったので、取引に直接関わってはいないが、売っている側として、普通の貴族令嬢よりは宝飾品を見慣れている。
紫の貴石、アメジストやバイオレットサファイヤは今世でも見た事があったが、こんな風に線のような内包物が入った物は見た事がなかった。
(光の筋の入った石、いわゆる猫目石は前世ではポピュラーだったけどこっちではあまり見ないような、いや金色の線の入った宝石って、今世でもどっかで見た記憶があるな……図鑑だっけ?)
エレインの記憶を探るが、上手く見つからない。
いずれにせよこの国では、色のある宝石が好まれるので、この大きさで濃く安定している物なら、間違いなく一財産になる筈。
それに色もシルヴェーヌ様の瞳とよく合っているので、元々王太后殿下はいずれ……
(おそらくは、シルヴェーヌ様が王太子妃になった際に、お譲りになるつもりだったんだろーなー……)
そんな日はもう来ない。
「そなたに対する、私からの正当な評価報酬だ。受け取って欲しい」
しばし、ためらっていたシルヴェーヌ様だったが、やはり自分の為の貴石だと分かったのだろう。
王太后殿下の暖かい瞳と、声に押されるように頷いた。
「謹んでお受けします」
「うむ」
10歳から18歳までの長い間、王太子殿下の婚約者として王妃教育や公務をこなし、いわば王家に仕えていたようなシルヴェーヌ様だ。
(しかもラスト2年はアレだし……)
当然の報酬とも言える、王太后殿下からのプレゼントに周囲はうんうんと頷き、会場内は『良かった良かった』という雰囲気に包まれた、が……
「え~、いいな~!」
甘えを含んだ、軽~く不満を訴える声が、収まりかけた空気にひびを入れる様に響いた。
場違いな声の主を、皆おそるおそる見やると、王太子殿下も驚愕の表情で、己の隣を見ていた。
「……ろ、ロクサーヌ?」
「え~だってあれって、王家の宝石でしょう? マクシミリアン様のお祖母様の宝石なら、王太子妃になる、私がもらうべきじゃない? 他にもたくさんあるんだとは思うんだけど……」
誰も声が出なかった。
王太子殿下も、ロドニー様も、脳筋のルーカスくんですら、おそるべき発言をポンポンと流す聖女を凝視しているだけだった。
だが、王太后殿下は動じなかった。
「……マクシミリアンが、シルヴェーヌの代わりに選んだのが、その者か」
不敬だと、一言で彼女を罰することのできる、ご本人が淡々と言葉を発した。
「王太后殿下! 誠に申し訳ありません、彼女はまだ礼儀作法を学んでいる途上で……!」
おぉ、ロドニー様が庇ったぞ! 王太子殿下の時は黙っていたのに。
愛の力は偉大だ――というか、
(このまま放置したら、マジで無礼討ちされても文句言えない状況になりそうよね)
流血の卒業式(しかも対象は一応聖女)として後世に語り継がれるのは、私もさすがに気が引ける。
「宰相のところの倅か。まだ学びの途上とな? 今日は卒業式のはずだが?」
無礼者を庇い立てした青二才を、王太后殿下は鼻で笑ったが、私も思わず吹き出しそうになった。
お前達は何しに学園に来たんだ? な話だもんね。
「確かに、学びが足りないのは明らかなようだな」
王太后殿下がスッと右手を上げると、近衛騎士がバラバラと王太子や聖女の周囲へ集まった。
「きゃあ!」
「何をする! お前たち!」
「王太后殿下、お許しを!!」
「勘違いするな」
王太后殿下は、王の息子と宰相の息子の抗議を軽くいなした。
「私の所で学ばせてやろうというのだ、お前の妃にするのだろう?」
「う……」
ちなみに聖女のお付き……いや守護騎士様は一番初めに、己より逞しい近衛騎士2人に、両脇からガッチリ拘束されていた。
「聖女から手を離せっ!」
腕を取られたまま吠える侯爵子息に、冷静な声が告げる。
「ブルトン侯爵子息ルーカス。団長が君を呼んでいる」
「父上が!?」
近衛騎士はそのまま、『聖女、聖女ォォー!』と叫ぶルーカスを引きずり、会場から出て行った。
皆唖然として扉が閉まるまで彼らの背を見送っていたが、王太子殿下の叫び声が聞こえ、あわてて視線をメインステージに戻した。
「お祖母様! 確かに王族たるものに教養は必要ですが、このように強制されずとも、認めていただいたのなら自主的に学ばせて……」
「お前たち二人は認められていない。まだ何もな」
「はぁ?」
眉を寄せる王太子殿下に、王太后殿下はきっぱりと告げた。
「私がお前とシルヴェーヌに渡した課題、あれをお前とそこの者でやり遂げるまでは、今後、お前は外で『王太子』を名乗る事は出来ん」
「なんですって!!」
課題……もしかして、あのシルヴェーヌ様のハイスペック外交技能!?
「当然だろう? あれらは全て、次代の王に必要な知識だ。王一人では難しくとも、王妃が補佐すれば問題はない。そこの者が妃としてふさわしいと言うなら、二人でそれを証明するんだな」
「そ、そんな……」
うろたえる王太子殿下に、王太后殿下は冷然と言い放つ。
「お前は、殆ど終わらせたと、陛下に報告していたそうではないか?」
王太子殿下(仮)も、よもやリンディア語や帝国語が出来ないとは思わないが、額の脂汗を見ると、与えられた課題の殆どを、シルヴェーヌ様が担っていたと思って間違いなさそうだ。
「し、しかしあれらは、私……とシルヴェーヌが8年かけて……!」
「なら、お前たちも8年かけて学ぶのだな」
何でもない事のように王太后殿下は言い捨てた。
「それに、もう10や11じゃない。すでに成人しているのだから、もっと短くて済むんじゃないか?」
(無情~! 今の王太子殿下の知能なら、シルヴェーヌ様の10、11歳の方がマシなのでは)
「あの~、課題って何ですかぁ?」
王太子とお似合いの理解力であろう聖女が、おずおずと尋ねた。
「そうだな。まず、国内の全条文の暗記。各所領の主産業の把握。この辺りは毎年更新が必要だ。あと主要3か国語の習得、近隣5か国の基本会話……」
「無理ィーー!」
王太后殿下のお言葉をぶった切って、聖女が泣き叫ぶ。
「今から8年もお勉強なんて! そんな話聞いてないわ。イヤよ、クレランス神官を呼んでよ!」
王太后殿下は事もなげにその様子を眺め、クールに孫に告げた。
「……だそうだ。お前が一人で全て覚えるんだな、マクシミリアン」
それを聞いて、聖女はコロッと態度を変えた。
「あ、そっか! 全部マクシミリアン様がやればいいんですね!」
「ロクサーヌ……」
「完ぺきなマクシミリアン様なら出来ますよ! 私たち2人の未来のために、がんばってください! 私応援してます」
「……」
王太后殿下は顎をしゃくった。
「連れていけ」
聖女は整った容姿の近衛騎士に手を取られ、満更でもない様子で歩き始めた。
今にも倒れそうな『完ぺきなマクシミリアン様』は、近衛騎士に促されるまま、とぼとぼとその後ろについた。
王太子殿下は去り際、不意に足を止め、誰かを探すように視線を泳がせたが、そこにシルヴェーヌ様はもういない。
再び歩き出したその背に、王太后殿下は容赦なくとどめを刺した。
「お前が踏みにじった8年の重みを、よくよく噛みしめることだ」
…メインディッシュ退場。でも残りものはまだあるよ('ω')ノ




