68【旅先の大掃除は続く】
バジャー子爵領のすすけた教会の内部の掃除で、俺にとっての主役アイテムのチェンバロの前に行く。
この楽器のお手入れ方法もポリゴン教会で教えてもらった。触ったこともない地球のチェンバロのお手入れ方法は知らない。
まず蓋をあけて、鍵盤を拭いて、別の布で外側を拭いて、乾拭き乾拭き。そして俺は不織布マスクを装着。
「みんな少し離れてねー」
「「「「はーい」」」」
“黄色ちゃん頼むー”
“おっけー。いっくよー”
シュルシュルシュルシュル
細かいつむじ風で埃を絡めとって吹き飛ばしております。
本来ここは分解して、刷毛で払ったり乾拭きするんだけど、組み立てなおすときに壊しそうだから、分解ダメ絶対。
よし、こんなもんか。
さて、ここからが異世界ならでは。
鍵盤の左端に四種類の魔石がある。
全部が今は乳白色状態だけど隣に文字があるから間違えないよ。
まずは、音がうまく響くための、風属性の魔力を充填。魔石が一つ黄色く光った。
澄んだ音がうまく出るための、光属性の魔力を充填。次の石は真っ白に光る。
低音が割れずに出せるための、闇属性の魔力を充填。紫色に光る。
最後に、正確な音程と微妙なニュアンスを表現するための 水属性の魔力を充填。うん、水の女神様の瞳と同じシアン色の魔石になった。
そして、全体に聖属性魔法を振りかけておく。これは念のためにね。あ、全体的に艶が出たね。うん。
試しに一つ弾いて歌ってみる。
ラテン語の方のアベマリアを。
こっちの方が和訳が好きだった。
みんなが掃除をしている中で 一曲歌う。
ただ、あちらの聖母の名前を言わずこっちの女神さまの名前を一人ずつ入れていく。ちゃんと最後に冥府に言ってしまわれている、カナス様を忘れずに。だって、祖母かもしれないんだし。
お祖母ちゃんってどんな感じなんだろうね。叔母さん達もあんなにやさしいんだもん、絶対いい人だよね。もしも俺が冥府に逝ったら会えるのかしらん。
“おうじ、そんなこと かんがえちゃだめー”
え?
“いったらいやー”
「黄色ちゃん」
気が付くと俺はアナザーワールドに居た。
“おうじ、そこにせいざ”
闇の精霊の紫色ちゃんが、クールに指示してきた。
「はい」素直に正座いたします。
“めいふに いくなんて いっちゃやだ”
黄色ちゃんがぐずぐず泣いている。
「行っても帰って来れるでしょ?」
“むりよ”
紫色ちゃんも言う
「そうなんだ」
“だって、だって、かなすさまも、かえってこれないでしょ”
「なるほど。何でも思い付きで願っちゃだめだね」
“そうよ。それに、かなすさまは まごにはあいたいとおもう”
“だから、おうじが、あいたいなんてかんがえちゃ、ほんとうにむかえにきてしまうわ”
“かなすさまは、じぶんはでれないのに、ちかくにきたひとはすぐにひっぱるの”
「ごめん、教えてくれてありがとう」
“おうじは、わるくないぜ”
“でも、おうじにはこれからやってほしいことがいっぱいあるの”
「俺に?何を」
“おうじじしんが、やりたいことを、たくさんやってほしいわ”
「そうだな。まだ、やりたいことを探している段階だけどな。六歳だしな」
“わたしたちが てつだうから!”
「うん。ありがとう」
自分のアナザーワールドに連れ込まれて、精霊ちゃんから注意を受けた俺は、いるかもしれないお祖母ちゃんへの思いをとりあえず閉じ込めた。ごめんねお祖母ちゃん。
ーーー
「綺麗になったわね、この後どうするの?」
「お話し中すみません。ちょっとシュバイツ殿下」
「ウリサ、どうしました?」
おお、やっと呼び捨てられたぜ。
「冒険者ギルドで、フィストアタッカー達とも話しましたが、ここの教会の司祭の名前は、イゴイス フォン トウフェズ という名前だったらしいですよ。三日前に、この街から出て行ったらしいです」
「トウフェズってエゴンの身内か?それに教会のトップが街にもいない?」
ちょっと留守ってわけじゃなかったのね。
“ねえ、この近くに、孤児院ある?”
“このうらだな。こどもが なんにんか いるよ”
“おとなはひとりもいない”
“みんな ねころんでいる”
“いきてる?”
“いきてるけど げんきない”
「カーリン、ごめん、殿下ごっこはお休みだ」
「なーに?」
「子供たちが危ない」
精霊ちゃんからの情報をカーリンと共有する。
「そんな・・・わかったわ。早く助けないと」
領主が「機能していない」は、子供がいないという事では無かった。
孤児院の確認が先だろう!
自分の日本育ちの甘さ加減に背筋が冷たくなるのを感じる。
ここは、なりふり構うな!
教会の大聖堂で叫ぶ
「誰かー、ここの孤児院出身の方はいますか?」
「「はい!」」
何人か声がかかったが、目の前で手を上げた、冒険者になりたて風の二人に気付く。
すぐに手招きして近くに呼ぶ。
「お名前教えてもらえますか?」
「俺達、仮免冒険者のサポとロルです。二年前に孤児院を出て、いまはギルドの下働きをしながら、冒険者の訓練を受けています」
二人は、褐色の肌に焦げ茶色の髪、そして黒い瞳の、元気な男の子二人組だ。少しやせているのが気にかかるけど。
「よし、ちょっと、孤児院の中を案内してもらえるかな?」
「「はい」」
そうして、俺はもうひとり、おばちゃん冒険者を捕まえる。
「あら、シュンスケちゃん」
こういう時は
「お母さん(って呼びかけると効果あるかな)、孤児院の子を助けたいので、今だけ手を貸してください」
「まかせて、やんちゃな子供を六人育て上げたのよ」
「それは心強い!」
おばちゃんは、ナルスさんと言って、頼りになりそうな肝っ玉母さんだ。俺のことをすぐに見抜いてたしな。
「じゃあ、サポとロル、孤児院の入り口を教えて」
「こっちです」
ポリゴンと同じように、教会から抜けていく通路があるようだ。
「ああ、鍵がかかっています」
「シュンスケ君、予備のカギは領主が持っているわ」
カーリンがこの国のルールを教えてくれる。
「後で取り繕うよ、いまは、紫色ちゃんと黄色ちゃん!」
“オッケー”
鍵穴から裏にすり抜けてもらう。
“あけるよー”
ガチャ バタン
孤児院のエリアに足を踏み入れた途端にやってくる、据えた臭い。
「みんなーまどをあけてー」
“オッケー”
“カーテンもあける―”
「なに、このにおい」
お嬢様カーリンがびっくりしている。
「カビとか、排泄物とかかな」
ポリゴンでは、みんなが楽しく遊んでたような一階の広い空間の端に、三人ほどの俺ぐらいの子供が端っこで座り込んだり寝転んだりしている。
「おい、大丈夫か?」
一人に声を掛ける
「きみは? うっ」
「どうした?」
「お腹が痛くて、湯冷ましがとっくに無くなってたから、我慢できずに水道の水を飲んでいるんだけど」
ああ、
「シスターとか大人は?」
「何日か前から居ないんだ」
「ちょっと、ぼく、ああこれは大変だ」
ナルスさんが他の子に声を掛けている。
「どうしました?」
「熱がすごい、それにこの子もお腹を下しているね」
「大人が居なくて、湯冷ましを作れてないらしいですよ」
「おい、ネイ、しっかりしろ」
ここ出身のサポ達の知ってる子がいるな。
おれは、サポとロルに声を掛ける。
「みんなにこれを飲ませて」
といって、パックのスポーツドリンクを大量に出す。去年にシト君に飲ませた物と同じ。
これ、三十個入りの箱が五十ケースもあるんです。
目の前でかちりと開けて、一人目に飲ませる。
「わかった」
「シュンスケ、大丈夫か」
ちょうどいいところに!
「ゴダー、教会からもっと人を呼んできて」
「オッケー!」
目の前の三人をサポとナルスさんに任せる、
「カーリン、多分あそこに厨房があるから、やかんに魔法で水を入れるか、水道水を沸かして。白色くんを除菌係に連れて行って」
「わかったわ」
“よし、いこうカーリン”
もちろん赤色くんも行く。
“おれは おゆわかす~”
「ロル君、赤ちゃんの部屋を教えて」
「こっちだよ」
ロル君やアリサねえちゃんを連れて赤ちゃんや子供たちの寝室に
「きゃあ!ちょっと」
アリサの叫び声をみると、ミイラみたいな赤ちゃんが三人、虫の息で寝転んでいた。腰のまわりはすっかり変な色になっている。
「ロル君着替えだして~あるかな?」
「はい!えっと確かこっちに。あった、よかった」
俺は、聖属性魔法を、孤児院全体に発動する。
みんな間に合え!元気にこっちの世界に帰ってこい!
カナス様、お願いだから、赤ちゃんたちをまだ連れて行かないで!
鑑定するとみんな生後四カ月以上。よし、この子たちにもスポーツドリンクを
アリサと手分けして、少しずつ飲ませる。
焦っちゃだめだ。ゆっくり、そう上手に飲んでる。えらいぞ。
よく見まわすと、この孤児院もほぼポリゴン町と造りは似ている。
赤ちゃんの給水の補助をしながら、遠隔で窓際の棚に幾つかの盥を出して、それにぬるま湯を入れていく。
少し落ち着いた赤ちゃんの布おむつと服を脱がせていく。
聖属性魔法の効果か、おむつかぶれが治っていく様子が早送りで見えている。
「シュンスケさんこれ」
俺が出したお湯で、タオルをいくつも絞ってきてくれたロル君が居た。
「ありがとう、アリサねえちゃんはそっちの子を頼む」
「わかったわ!」
赤ちゃんは新陳代謝が凄い。まずは、粉が吹いているようになってる顔を、丁寧に拭く、そして背中とお腹とお尻を、絞ったタオルをチェンジして、もう一度お尻を。
俺と、アリサねえちゃんが赤ちゃんを拭いている間に、ロル君が一つのベッドのシーツを変えてくれていた。赤ちゃんをそっちに移動してから、清潔なおむつに変えて、これから服と言う時に、手元の赤ちゃんの目が開く。
ふおお、可愛いじゃん!
「よしよし、おなか空いたね。もう少し待ってね」
ふ、ふぇーん
「ないちゃったー」
ロル君が情けない声を上げるけど、
「大丈夫よ、さっきは泣く元気もなかったのよ」
そう言って、アリサがやさしくロル君をフォローする。
“おうじ!ちかしつがある。きて!”
闇属性の紫色ちゃんから、叫び声のような念話が届く
このフロアには、女性の冒険者が増えてきた。
ちょっと、ほっとする。
「アリサねえちゃん、なんかね、地下室があるんだって」
「食糧庫かしら。ポリゴンの孤児院にはそんなのなかったと思うわ」
アリサとゴダは孤児院で暮らしていたこともあるから、比較をしやすい。
「ちょっと、何かあるみたいで」
「わかったわ、いきましょう」
「でもその前に」
三階の会議室にポリゴンの冒険者ギルドの三階とつなぐ。
「お前のこの扉を見たら、またトラブルってことだな」
「「すみませーんギルマス」」
アリサねえちゃんとシンクロさせて先に謝罪。
「里帰り中じゃなかったのか?」
「そうですけど、今バジャー子爵領の、こっち側は孤児院なんです」
「それが大変なんですよ!」
アリサも説明してくれる。
「なんだと、子供を残して、スタッフがいないだと」
「ミルクと、シスターを貸してください。ある程度の子供は冒険者に来てもらって割り振って見れているんだけど」
「わかった」
ドミニク卿はデスクのベルを鳴らすと、秘書のセレを呼ぶ。
「よし、この扉はしばらく固定で。
あと、なんか怪しい地下室があるらしくて、今から見に行くんです」
「よし、俺も、こっちのスタッフの手配が出来たら行く」
「お願いします!」
これで、赤ちゃんのミルクとかは大丈夫。
いつも困った時のドミニク卿だ。
孤児院の一階に行くと、バジャー子爵が来ていた。
「な、何をされているのですか?」
「それはこっちのセリフです。後でお聞きしたいことが有りますので!」
令嬢の取り澄ました仮面が、子爵の前ではがれたまま詰め寄っているカーリンが詰め寄っている。
うん、ここは任せよう。ウリサ兄さんとゴダもいるしね。
孤児院の厨房の倉庫の扉?を開けると、そこはまたひどいカビや腐ったものの匂いが充満していた。
「おえ」
“かんきー”
黄色ちゃんが、隙間を探して動いている。
“じょきん”
紫外線と昼光色の二色遣いで 白色くんがサポートしてくれる。
“ここよ”
紫色ちゃんがもう一つ足元にある床下収納庫のような扉を指さす。
「ここかー」
「こんなところ?これも食糧庫じゃないの」
アリサがびっくりしている間に、ぎりぎりと開けていく。意外と重いというか固い。
奥の方は薄っすらと明かりがあるようだ。
「とりあえず、扉が小さいから、俺が先に行くよ。アリサねえちゃんは、ここから人が落っこちないように、前に居て」
「う、わかったわ、もし何かあったら大声出しなさい」
「うん」
そうして、孤児院の厨房の真下ある地下にあったのは、獣人族とエルフの子供が詰め込まれた、檻だった。
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