11【漢字ドリルはないのか】
孤児院の晩御飯は、夕べの冒険者ギルドのシチューの残りをスープで伸ばしたものと、硬めのパンと、マッシュポテトの様なもの。
殆ど昨日と同じじゃん。
なんか、孤児院の料理係はこれしか用意できないらしい。まあ、スープには野菜が入ってたし?バランスは悪くないだろ。そこに飲み物にミルクがつく。何のミルクか、甘味がある、あ、山羊さんですか。もちろん飲むよ。もう一度伸びろよ身長。
いつか、料理を手伝いたいね。他のメニューを振る舞いたい。
夕食を終えて、男の子達と話をしながら片付けていると、シスターに呼ばれる。
「君がシュンスケですね?」
「はい」
「今、シトにパン粥を食べさせて来たんですけど、熱も下がって元気になってて」
「良かったです」
「君が治してくれたって言ってます」
「いえ、たまたま治るタイミングで汗を拭いただけですよ」
「そうですか。治癒魔法が使えるのかと少し期待したんですけど」
「まだ、魔法は何も習って無いですよ。まだ文字もこれからなんですから」
なんか、必死な様子のシスターにちょっとたじろぐ。
「これ、シスター。治療院のスタッフを青田買いしないの。こんな幼児が、大人の看病は無理なんだからね」
ライ先生の助け船が来た。
「だってシト君あんなに具合悪かったのに、けろっと治ってたんですもん」
「すみません。シスター。治癒魔法が使えるって分かったら申告しますので、期待しないで待って頂けますか?」
シスターを見上げながら言う。
「うっ。そっそうね。絶対教えてね!」
「はい!」
「なんなのこの子。すごいしっかりしてるわね」
シスターがライ先生に話す。
「そうでしょう?今からギルドの勉強会に参加するんですよ。大人に混じって。さ、もう行きなさい」
「まぁ。頑張ってね」
「はい!行ってきます!」
ギルドの勉強会は二階で行われる。
二階には大きな会議室と図書館がある。その会議室を使って勉強が行われるらしい。
階段を上がる前にギルドのカウンターで、筆記用具を売ってるか聞いた。
黒いクレヨン(幼稚園の塗り絵に使うやつじゃなくって、全部が芯になっているあの色鉛筆みたいなやつ。ほかに五色ぐらいあったけど今回はこれだけ。)とそれの修正のための白い丸い石?というより柔らかい、あ、消しゴムか。とマス目が印刷されたものか、無印の紙が閉じられたノートがあった。
無地のノートを選んで、たった一つの鉄貨を出そうとしたら、文具代も受け取ってると言われた。
真珠のネックレス代で足りたのか。すごいな。
教室代わりの会議室に着いたら入り口のドアに近いところに、ウリサぐらいの冒険者が、浅く椅子に座り、どっかりと机に汚い靴ごと机に乗せている。勉強会が始まって、この足をどけても、机が砂や泥が散らばって、書き物をすることはできないだろう。ってか、手ぶらだし、勉強する気はないのか。ポケットに手を突っ込んで、不服そうに入り口をにらむ。
あ、目が合っちゃった。
「なんだこのガキ!ここは孤児院じゃないぜ。とっとと帰んな」
これは、あれですか?不良ドラマとかでよくあるやつ?見た目五歳のおれに?どっちがガキなんですかねえ。ってびっくりしてじっくり上から下まで見てしまった。なんというか、どこの世界にもこういう輩はいるんですね。思い返せは俺の学校にも・・
「なんだこいつ、舐めてると吹っ飛ばすぞ」
「いえ、びっくりして、気に障ったなら謝ります。すみません」
「なんだとー?」
え?謝ったじゃん。今の俺のセリフのどこに沸点があるってのさ。
なんて、大の大人を適当にあしらっていたら、前のほうで笑い声が聞こえてきた。
「ヤスの兄貴、もうやめなよー。どう見てもその子のほうが肝が据わってるぜ」
このチンピラはヤスさんですね。今後かかわらないようにしますから、さようなら。
って心でお話ししてヤスさんを窘めてくれた声に顔を上げると、ゴダが居た。そして周りを見る。
ゴダ以外のメンバーは10人ぐらい。歳上の方ほど獣人が多い感じがする。みんなヤスさんをちらちら見ながらくすくす笑っている。
ヤスは「ふん」って鼻を鳴らすと今度は机に突っ伏して寝る。あ、その机、今あなたの足を置いてましたよ。
「シュンスケ。こっち」
「こんばんはゴダさん。助けてくれてありがとうございました。フォレストボア片付いたんですか?」
「あぁ。助けたうちに入るか?あんなの。
それより勉強会終わったら肉食べるか?兄ちゃん達は片付けが残ってて、もうすぐ戻って来るはずなんだけど」
ゴダのほうが先に討伐に向かってたんだったな。だから先に帰ってこれたのか。
「もう晩御飯食べちゃったんですよね」
「孤児院の飯って肉は無いだろ?おれもあそこで育ったからな」
「一応あったけど、確かにちっちゃかったです」残りかすみたいな。
「じゃあ、きまり。それにさ、またお湯出して欲しいんだよな」
「え?そんな事でお肉ご馳走してくれるんですか?」
「そりゃそうだ。熱いシャワーは大事だ。討伐の後だしな」
「ふふっ。分かりました。孤児院の方に伝言して貰えますか?」
「兄ちゃんがしてくれるさ」
湯沸かし係を請け負ったところで、部屋に秘書さんが入ってきて勉強会が始まった。
セレさんが先生だったんだな。何でもしてるんですね。
結論から言うと、読み書きの勉強はすごく大変な事がわかった。孤児院の本の部屋でちょっと嫌な予感がしたんだけど、ひらがなにあたる文字。カタカナとして使う文字。そして、大量の漢字のように使う文字で一文字に読みが二種類ぐらいある。音読み訓読みみたいに。日本語と同じだけ文字がありそうだ。
確かに会話は日本語が通じてるんだよなー。植物や動物などの物の名前が違うけど、文字が日本語と同じようなシステムとか。習得が難しいと評判なんだよ?日本語って。
しかし、俺は、この文字の習得方法を知っている。
それはひたすら反復して書いて行けば覚えられるはずだ。漢字ノートにいっぱい書いた記憶がよみがえって少し途方に暮れる。
まずはひらがなを紙に書きまくる。ただ、クレヨンが鉛筆より太過ぎて、紙の広さに対して沢山書けないし、ナイフで削ってもすぐに太くなってしまう。
ポーチからシャーペンや鉛筆、消しゴムなどを出したかったけど、まだやめとこう。後日鉛筆みたいな木の枝を拾って、ナイフで削って即席ペンを作った。
インクは高価なので、コップに入れた水で。紙が藁半紙みたいだったから、水でも字が書けた!しかも乾くとまた書ける。
そんなふうに、小学校以来の漢字練習をしまくった。
さて、初日の勉強会を終えた俺はゴダと階段を下りて、ウリサさんとアリサの座っているテーブルに合流した。
座るなりアリサが俺を抱きしめて撫でまくる。まだ むちむち に慣れていないんだよ。
「んーお昼ぶり!孤児院はどうだった?いじめられてない?」
「大丈夫ですよ。それよりフォレストボアはどうでしたか?」
「大した事無かった。あれぐらいなら、慌てて行くほどでも。一人一頭って感じ」
「冒険者さんどのぐらいいらっしゃったんですか?」
「五パーティーだったから二十人ぐらいかな」
ってことは、二十頭もの大きいイノシシが一斉に走って・・たらやばいでしょう。それが大した事無いって。Dランクって凄いなあ。異世界ってすごいなー。
さて、今日の二度目の晩ご飯はステーキだ!孤児院で夕方に食べたので二度目。重たい夜食?だから俺のところに来たパンはゴダのほうに追いやった。
俺のには食べやすいようにサイコロにしてくれている。ありがたい。それでも1個がデカいんだ。豪快!これぞ異世界飯だな。
「それで、孤児院でせっかくシュンスケの寝床を用意してくれていたみたいだけど、シュンスケはしっかりしているから、孤児院に住むより、俺たちと暮らして、保育コーナーのほうに通うほうがいいだろう。どうだ?」
ウリサも積極的に誘ってくれているんだな。昨日出会ったばかりなのに。
たしかに、いまさらちびっ子たちと生活するのは抵抗があるんだよな。みんないい子だけど、対等に会話する友達には物足りないし。それぐらいなら一人暮らしのほうが良い。
「そうですね。ありがたいですけど、おれ、家賃出せないですよ」
分かってるでしょうけど。
「そこは、毎日のお湯係で解決よ!」
え?毎日アリサとシャワー?うれしいじゃなくて困る。
「そうだ。お湯出してくれるだけでも有難いんだほんと」
と、ウリサさん。
まあ、ウリサさんもキレイ好きそうだな。
「じゃあ、さっそく相談だ!」
結論からだけど、通いのほうはすんなり通った。
それに、ウリサさんたちウリアゴが何日も遠征に出るときは、孤児院に泊ってもいいことになった。
そうして、テラスハウスに居候しながら孤児院通いが始まった。
勉強会のほうは、順調にすすみ、ある程度の文字と数字と計算記号を覚えた俺は、ギルドの図書室の本を端っこから読む。そして、子供たちに簡単な文字と算数を遊びながら教えたり、時々教会の祭事で調子の悪いライ先生(多分仮病)の代わりにチェンバロもどきを演奏したりした。
演奏したら、演奏料という名のお小遣いをもらえた。お布施から出ているらしい。
ただ、武術訓練は、俺の体があまりにもまだ小さいということで、ギルドや教会エリアの周りを走りこむことにした。
そのうち、走るついでにお使いが加わった。お手紙とか、お年寄りの買い物の御用聞きとか。そうして、ポリゴンの町になじんでいった。
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