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旅立つ悪魔

 今日のこの日を思うと眠れなかったなんて、幼い子供の様だと言われれば何も言い返せない。しかし今日からの四週間で高校卒業が左右されるとなれば、緊張するのもしょうがない、と、昨日のホームルームで新米女性教諭が言っていた。その担任はといえば、今、職員室で朝の職員会議をしている。教室は無法地帯となり、ガヤガヤとしていて落ち着けないので、何かあったら頼ってこい、と、二年ほど部活動を共にし、去年の春に卒業した先輩に電話してみた。

先輩の体験談からすると、一限で校長から今までの朝礼より長く、ありがたい(そして眠たい)話を聞き、実習に備えて準備をして、副校長が人間界とのゲートを開けるのを待つらしい。一人ずつ名前を呼ばれ、担任から担当の人間と自分の仮の名前を伝えられて出発するようだ。先輩も先輩に教えられたらしいので、多少の変化はあっても大幅な狂いはないだろう。

電話を終えて教室に戻り改めて教室を見渡すと、同級生たちはみんな校章入りのサングラスを持っているのに気付いた。いつも購買に売っているもので、何に使うのか分からず気にも留めていなかったものだ。おそらく俺が先輩に聞いたように、親や先輩から同じ情報を入手したのだろう。

「サングラスは持って行けよ。向こうは太陽が見えるから、明るいんだ。目、つぶれるぜ」

 経験者からのアドバイスとして言ってくれたようだが、それは授業で習ったことだ。天使が住む天界と人間の住む人間界は、“明るい”らしい。そして俺たちは、“明るい”に弱いらしい。職員会議終了まで時間があったので、購買にサングラスを買いに走った。ラスト一個だった。

「ナナト君」

 担当教師のマドカ先生の声はとても聞き心地がよろしいと、クラスでは評判である。まだ教師になって三年だが、面倒見はいいし優しいし、何より女生徒から煙たがれないほどの美人だ。

「はい」

教室の扉に寄りかかり、片耳のヘッドフォンで他の教師と連携をとりながら書類とにらめっこしているマドカ先生の下へ駆け寄る。優しい声と笑顔で「頑張ってね」なんてかけられたら有頂天になるところだが、当のマドカ先生は書類に心を奪われて、俺の気配にすら気づいていない。

「先生、来ましたよ」

「あ、御免ね。私、初めてだから緊張してて」

 マドカ先生は優しく微笑むと、足元の段ボールから俺の名前が印字されたファイルを、落としそうになりながら手渡した。初めては誰でも緊張するものだ。先生も不安だよな、そう思うと俺まで不安になる。

「ナナト君は……名前は、深月七斗。ミヅキナナト君ね。担当は東京都足立区在住の……このプリントと携帯に、必要な情報はみんな入っているから。ナナト君、頑張って彼女を不幸にしてきてね」

「承知しました」

 プリントには、文月笙子と書いてあった。フミヅキショウコ、女性、高校三年生、血液型B……プリントに書いてあるほんの少しの情報を、呟きながらゲートへと走る。何しろ、この女子高生と一年過ごすのだ。ヘマをしても、学校の大人たちがどうにかしてくれるだろうけど、しないにこしたことはない。

「お、ナナトか。期限は一か月だ、頑張って不幸にしてこいよ」

 ゲートの前には副校長が立っていた。体育系でごつい。スタートはマドカ先生の微笑みで飾りたかったのに。

「はい。ナナト、悪魔高校の名に恥じぬように、彼女を不幸にしてきます」

 そう言って俺は、魔界に開いたゲートをくぐって人間界へ旅立った。


 魔界と人間界を行き来するワープは、SFもののアニメやゲームで見るワープとは大きく異なっていた。神々しい光の中を通ったり、気を失ったりなんてせず、家の玄関を出る感覚と似ていた。サングラスを通して見たのは、教科書に載っていた“人間の部屋”そのものだ。机、ベッド、機械(恐らくパソコン、であろう)。机の背にはカーテンが閉められた窓がある。

「あら、珍しい」

 驚いた。突然、女の声がして振り向いて臨戦態勢をとる。

「何やってんの?寝ぼけてんの?」

「あ……」

自分の身は自分で守る、それは血に飢えた魔物がうようよしている魔界では当たり前のことなのだ。それを不思議がられるということは、ここが魔界ではない証。

俺、本当に人間界に来たんだ……

「声は、変わってないんだな……」

「何言ってんのよ。外はいい天気よ。日光浴びれば目も覚めるでしょ」

女は何の躊躇いもなくカーテンをあけ――ようとした。


――向こうは太陽が見えるから、明るいんだ。目、つぶれるぜ


マズイ、先輩からのアドバイスで買ったサングラスを付けていない。卒業実習初日にして早速のピンチだ。

「ま、まっ……」

 待って、という間もなく、女はカーテンを握り締め、

シャー

 と小気味いい音をしてカーテンが開いた。注ぎ込む初めての“光”。絶対絶命だ。

「今日もいい天気だよ!」

天候なんかより、今は俺の目を守るのが最優先事項である。

「あ、あれ……?」

「どうしたの?」

女のきょとんとした目に映っているだろう俺は、なんだかよくわからない服を着て、左手にサングラスを持ち、右腕で顔を隠していると言う、警察に見つかった不審者のような格好だ。大体、女も女である。異性の部屋にずかずかと入りこむなんて、魔界なら殺されているに違いない。

「眩しく……ない」

「眩しいじゃない。眩しいくらいの晴天ね」

「いや、眩しくない」

 サングラスがなくても、目がつぶれるほどの――と言っても感じたことはないが――眩しさではない。“太陽の光”を初めて浴びたが、苦ではない。寧ろ気持ちいい程だ。俺は悟った。

「先輩め、嘘ついたな……」

「どうしたの?今日のアンタ、少し変」

「お前、誰だ」

 騙されたことにむしゃくしゃして、荒い言葉で返してしまった。しかし女は、そんな棘をもろともせずに、立っている。魔界でも、何人かと付き合ったことはある。しかし、どの女も腫物に触るように俺の一挙一動に気を配って、最後は疲れて去って行った。俺としては別に好きで腫物になっているわけではなく、ただ内向的で、そこまで女に興味がなくて、甘い言葉の一つを言う度胸がなかっただけだ。

 こんな女、初めてだ。悪魔と人間の差なのだろうか。

「何、幼馴染忘れたわけ?それとも寝ぼけかしら」

「だから、誰だっつーの」

「文月笙子。あんたのお隣さんにして、幼馴染であり、日向高校の前期生徒会長である、不動のエース、笙子ちゃんよ」

「……」

 自意識過剰。ハッキリ言って、嫌いなタイプである。だからこそ対象に選ばれたのか?そして分かったことがある。

 少し前に魔界から来たナナトは、人間・深月七斗として、この人間界に存在していることになっているのだ。

「しょ、笙子……お前、何しにきたんだよ」

「何って、当たり前でしょ。あんたを起こしにに来たのよ。寝坊助。いくら自由登校でも、家にずっといるのはよくないわ」

――先が思いやられる。とりあえずは急いで身支度を整え、笙子に引きずられながら家を出た。


歩きながらマドカ先生に渡された携帯で色々調べてみると、俺が着ているのは人間の学生たちが着る“制服”らしい。そう言えば、美術で習った気がする。紺のブレザーに白いシャツ、学年のカラーネクタイ(俺と笙子は三年生だから、えんじ色という色)。女子はセーラー服とブレザーと、おまけにボレロから好きなものを選べる。魔界にいた時もそうであったが、人間界では特に、女子と言うのは不自由さを訴えながらも、こういうところで自由さを与えられているものだ。校門をくぐってから、もう何人も生活指導員と書かれた腕章をつけた大人から注意を受けている。それだけなら悪魔高校でもあったが、この高校は生活指導に注意されると、生徒手帳の提示を求められるしい。

「あ、ユズリってば、またひっかかってる」

「……ひっかかると、どうなるんだ」

「え?」

「あ、いや、ホラ、あんまり気にしたことなかったから……」

「ふぅん……」

 一瞬、笙子は不思議な目をしたが、すぐに自分の生徒手帳を取り出し、開いて見せた。

「このページ、違反記録のページ。もしひっかかると一点ずつ引かれて、合計二十点になると、もれなく退学処分。ま、七斗は遅刻スレスレで来てるから、意識しないというか、出来ないよね。先生たちが引き上げる時間に滑り込むから」

 魔界の教師陣はどういう設定にしたのかは知らないが、また分かったことがある。基本的に、笙子は七斗を疑わないようだし、七斗の人格も笙子を疑わないようだ。

 それにしたって、この学校の敷地は広い。自転車で移動している生徒もいるなんて、まるで大学ではないか。そう思って携帯で基本情報を見て見る。俺が通うのは私立・日向高校の特進政治経済科。字面だけで判断できずにいろいろとリンクを見てみると、日向高校は普通科や理数科の他に音楽科や哲学科など多彩な科を持つマンモス校であり、相当な進学校らしい。俺の通う特進政治経済科は、官僚育成のための特別クラスらしい。悪魔学校で中の中ぐらいの俺で対応できるのか、いささか不安はある。

「やるっきゃねぇな、卒業かかってるし」

「ん?」

「別に」

「あ、笙子、おはよう」

 違う生物の住む街、獣が出ず、見慣れない明るい世界。これから四週間、悪魔の俺は、ここで生活していくのだ。この活発な女・文月笙子を不幸にするために。


『もしもし、ナナト君?』

「はい、マドカ先生ですか?」

『そうよ。ようやく繋がったわ』

 実習中は週に一回、担当教師と連絡をとることになっている。家の中で一番月が見える場所で、とプリントには書いてあったので、ためしに屋根に上ってみた。これが意外と爽快で、大の字になってみると一週目の疲れなんて吹っ飛んでしまう……といったら大袈裟かもしれないけれど。

 怒涛の一週間だった。知識は頭に入っていても、実際に来るとそんなもの役にも立たなかった。いくら探しても、密かに憧れていたサムライはいなかった。クラスの人間には変な奴扱いされるし、教師たちは山ほどの宿題を出す。ここは本当に日本か?ジパングなのだろうかと笙子に行ったら、馬鹿言うな、とど突かれた。

『初日ご苦労様。疲れたでしょう、どうだった?』

「ターゲットに接触はできました。あとは弱点を掴んで、ネチネチそこを責めればいいと思います」

『そう』

 なんだか懐かしくなってきた。寡黙というと幾らか響きはいいが、俺は必要以外のことを周りに話さないようにしている。自分をあけっぴろげにして、何の得がある?必要でない限り動かない、という持論を掲げているため、悪魔高校では浮いた存在になっていた。きっと人間界でもそうだろう、どうせ数週間の付き合いだ。そう思っていたのだが。

『ナナト君、先生心配なのよ。人数の関係で、ナナト君には異性がターゲットになってしまったから』

 人間界――日向高校では違った。俺の周りには人が集まる。休憩時間の度に、人気者の笙子が来るからだ。そして、俺に話しかける。他愛もない話だが、笙子は周りの人間とは違う。悪魔とも違う。

「大丈夫ですよ。そんなこと、起こらない。俺は一生、マドカ先生のファンクラブ1号です」

『そうやって茶化すから。まぁ、安心したわ。では、来週もこのくらいの時間に、電話連絡いれるから、よろしくね』

 笙子だけが、違うのだ。

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