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フィニアス  作者: Naoko
2/19

戯れ

 フロースは、にっこりすると、右手をフィニアスの前に出した。


「では、わたしにも、ノイと同じような挨拶をしていただけますか?」


フィニアスは、思わず笑った。



 自分の夫を裏切る気配など、微塵も見せない。

その上品で洒落のある答えは、彼女の価値を高め、魅力的にする。



 フィニアスは、彼女の手を取りキスをした。

彼女は少し身を低くしてそれに答えると、眩しいくらいに爽やかな笑みを見せる。




 「あなたに初めて会った時のことを思い出すわ。

あの時も、あなたはわたしの手にキスをしたのよ」

「では、紳士的な挨拶ということだな」

フィニアスが冗談めいて言った。


 フロースは笑い出す。


「いいえ。覚えてないの?

とても無礼だったわ。

なのに魅力的で・・・

悔しいけれど、ノイの反応を見て、昔の自分を思い出してしまったわね」


 フィニアスは驚いて言った。

「無礼なのに魅力的とはどういくことだ?」


 「まあ、あなたは、わざとそうしたのよ。

わたしは、とても忌々しい思いをしたのに・・・

あなたに恋してるって知りながら、意地悪して小娘扱いするし、

そうそう、料理が出来ないと言ってわたしを馬鹿にしたのもあなただわ。

それなのに、熱烈なラブレターを送ってくるんですもの」


「ラブレター? わたしが書いたのか?」

「本当に覚えてないのね。

わたしは、感激して泣いたのに。

そうね、その方がいいのかもしれない。

昔のことですもの」


 フロースは、ふふふと笑い、再びフィニアスの腕を取り、屋敷の方へ歩き出す。



 フィニアスは、ラーウスから直接スパイスを購入しようとして彼女を送り、

交渉は成立したのに、彼女は消えてしまい、

やっと居場所を突き止めたと思ったら、結婚したと聞かされたことしか覚えていなかった。



 「一体、わたしは何をしたんだ?

自分がしたことを覚えてないのに、あんたが覚えているのは気に入らないな」


 フロースは目を大きく開いたかと思うと細め、満足そうにふふんと鼻を鳴らす。


「いやよ。教えないわ。

あなたは、わたしをとんでもない目に遭わせたんですもの。

これから一生、そのことを気にするといいんだわ」

「あんたの方こそ意地悪じゃないか。

まあいい、この会話も忘れてしまえばいいことだ」


 フロースは、声をあげて笑った。


「あなたらしいわね。

そう、それがいいわ。

忘れましょう。

どっちにしても、あなたにとって、わたしは叔母上なのよ。

年下の叔母も乙なものでしょう?」


そうして彼女は、フィニアスの腕にぶら下がるようにすがる。

フィニアスも、そのふざけに付き合って彼女を支えた。


 


 フロースにとって、自分は兄、もしくは従兄の様なものだ。

この会話も、ただの戯れでしかない。


彼には、そのことは良く分かっていた。



 フィニアスは、フロースが、娘の一人を連れて里帰りすると聞いた時、違和感を感じた。

そして彼女が戻る前に、急な出張で出かけなければならず、それが手間取ったので、

このまま、会わずにすむかもしれないと思ったりした。

ところが今、フロースの腕を取り、森の中を歩いている。


 彼は、こうしてフロースといる時間を、心地よく感じていた。




 ニノンが、屋敷のテラスにいるアデールを見つけ、

「母さま!」と叫んで駆け出す。


 アデールは、ずっと、彼らの様子を見ていたのだ。



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