↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
フィニアス  作者: Naoko
PR
1/19

笑顔

 「フィニアス!」


 森の中に響く忘れもしない女性の声。

フィニアスは、ゆっくりと、弧を描くように振り向く。


木々の間から降り注ぐ光、

淡く優しい色の空気、

下草の緑、倒れた大木を覆っているコケ、柔らかな茶色の土で覆われた地面。


その声の主は、うねりながら続く獣道に立っていた。



 風が木々の枝を揺らし、光の塊が辺りを照らす。

彼は目を細める。



 「父さま!」


突然、小さな女の子の声がした。


フィニアスは、駆けてきたその子を抱き上げる。


自分と同じ黒髪の巻き毛、五歳のニノン。




 「フィニアス、あなたに会えないのかと心配していたのよ」


その女性は、笑顔で近付いて来た。


やはりそうだ。

変わらない笑顔。

彼女を何と呼ぼうか。


「フロース・・・そう呼んでもいいのかな?」



 彼の戸惑いに、彼女は悪戯っぽい表情をした。

「いいわよ。

 みんなもそう呼んでいるし」


 彼女は別の名で呼ばれるようになり、長い間、音信不通だった。

そして、久しぶりに生家へ戻ったのだ。




 突然、茂みが揺れ、十六歳くらいの少女が飛び出した。

そして、知らない男性が立っているのを見て驚く。


娘の目は、緑がかった銀色。

なんて美しい色だ。



 フロースは、少女の髪についた木の葉を払い、服装を整え、フィニアスの方へ向ける。


「娘のノイよ」



 フィニアスはニノンを降ろし、ノイの手を取る。

そしてキスをした。


 「わたしは、プリオベール男爵フィニアスだ」


ノイはこの突然の挨拶に驚き、顔を赤らめながら挨拶する。



 フィニアスは五十歳を過ぎている。

それなのに、

少年のような屈託の無い笑顔と、洗練された品格で、

少女の心を捉えてしまったらしい。


 フロースは、女性の心をつかむのが上手いのは相変わらずだと思った。

はにかむ娘に、自分が若かった頃を思い出し、ふっと笑う。

彼に恋をし、失恋していた。



 ところがニノンは、ノイを取られると思ったらしく、父親に真剣な顔を向ける。


「ノイはわたしのお姉さんよ」


フィニアスは方膝を付き、ニノンと同じ高さになって微笑む。

「それは良かった。

 だが、ニノンは、父さまが好きだったんじゃなかったのかな。

 会うのも久しぶりなのに」


ニンンは、にっこりすると両手を父親に伸ばし、その首を抱き、頬にキスをする。


 「もちろん、父さまが一番よ」




 走り出したノイとニノンを目で追いながら、

フィニアスは、フロースに腕を出してエスコートしようとする。

彼女は呆れるように言った。

ここはフロースの実家だ。


「わたしはこの森で育ったのよ」

「いいじゃないか。あんたを貴婦人として扱ってるんだ」


 彼女は彼を見、仕方が無いという表情をして、自分の手をその腕に通す。

そうして二人は、ゆっくりと歩き出した。



 木々の、衣擦れの音だけが聞こえる静けさの中、時折、ノイとニノンの声がする。


 「ノイは、この森が好きみたい」


沈黙を破るようにフロースが言った。


「そうか、だからニノンはノイを気に入ったんだ。

 ディフォーレスト家の血だな。

 プリオベール家の領地は草原が多いんだ。

 美しい土地だけれど、ニノンはこの森の方が好きらしい」

「まあ、ニノンは、あなたに似ているのに?」


 その時フィニアスは、

「ニノンの笑顔は、あんたにそっくりだ」と言おうとして止める。


この笑顔が好きだったのに、彼女を手放したのは自分だった。



 そして彼女が遠くの地で結婚したと聞き、諦めたはずだったのに、

彼女の面影がある姪のアデールと結婚してしまった。


フロースとニノンは血で繋がっている。




 ノイとニノンの声が遠ざかり、

フィニアスは、

自分とフロースの足音、

そして、時々、彼女の長いスカートが下草に触れる音を聞いていた。


 こうして二人で歩いていると、

全てのことは遠くへ行ってしまい、自分たちだけが存在しているかのように思える。


彼は、フロースの横顔を見下ろす。



 分かれた時、彼女はまだ二十一歳だった。

あれから、二十年以上の月日が経っているのに、

目の前の彼女は、なんと生き生きして美しいのだろう。

そして、この香り。


 「ああ、スパイスだ」とフィニアスは思った。

ラーウスのスパイスが、彼女を遠くへ追いやってしまった。



 フロースはフィニアスを振り向くと、「何?」とでも言うように無邪気な顔を見せる。


そう、その笑顔。



 「フロース、キスしてもいいかな?」


フィニアスは、彼女の耳にそっとささやいた。 



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。