愛している
「花のお茶会」は、問題を残しながらも無事に終わった。
片付けも終わり、気持ちの良い午後、
大きな木の下に長椅子を並べ、
背もたれを倒して座っていたフロースは、
サイドテーブルのレモネードに手を伸ばす。
子爵夫人のため息が聞こえた。
「アデールの頭痛は、まだ治らないの?」
フロースが身を起こして聞くと、
子爵夫人は、自分の方が頭が痛いという風に答える。
「そのようね。
我が家の男性陣は『ほっとけ』って言うのだけれど・・・
ねえ、あなたからフィニアスに、なんとか言ってくれないかしら?」
「そうね・・・
かえって逆効果にならないかしら。
もう少しすればわたしたちもいなくなるし、その内なんとかなるんじゃない?」
「なんだか悲しいわね。
こんな感じであなたたちを送り出すことになってしまうだなんて。
ああ、そうそう、
デュパール公爵が亡くなられたそうよ」
「ええっ? そうなの?」
「もうかなりのお年だったから、周りの方々は心積もりをしておられたそうだけれど、
モーリスは、これから大変でしょうね。
あの若さで公爵家を背負わなければならないんですもの」
フロースは、これでノイの失恋は確実だなと思った。
ノイは、茶会が終わった後、目を腫れぼったくしたまま祖父母に誤りに行った。
二人は、そんなノイを見て可哀想に思ったらしい。
かえって慰めたりなどしていた。
もちろん、泣いていた理由がモーリスだったとは知らなかったのだけれど、
ノイの不始末は、あっさりと過去のものになってしまった。
それに比べ、アデールは落ち込んだままだ。
家族の皆は、アデールが一方的にフロースに嫉妬したのだと思っている。
そして、フィニアスの方に同情していた。
とはいえフロースは、アデールの気持ちが分かっている。
アデールは、夫の心が不安だったのだ。
しばらくして、フロースが森で遊んでいる子供たちの様子を見に行くと、
アデールがいるのを見つけた。
「アンティ・フロース・・・」
アデールは、微笑みながら近付いてくるフロースに、消えそうな細い声を洩らす。
「わたしは失礼なことをしてしまったわ。
ノイにも誤らなければいけないわね」
「気分はどう? 頭はまだ痛いの?」
アデールは、悲しそうに首を振る。
「思い込むのは身体に良くないわ。
赤ちゃんにもお乳も与えているんでしょう?」
「アンティ・フロース・・・」
とアデールは言って、涙をぽろぽろ落とす。
あれほどフロースを憎いと思っていたのに、
もうその力は無く、
夫に愛想をつかされた自分が情けなくて仕方が無い。
フロースは、彼女の肩に手をかけ優しく抱いた。
「大丈夫、フィニアスは戻ってくるわ。
厳しい所もあるけれど、優しい人よ。
それは、あなたが良く分かってるじゃない」
アデールは、涙目の笑みを見せようとする。
「わたしは、フィニアスに甘えていたのね。
彼が寛大なのをいい事に、好き放題していたんだわ。
だから嫌われてしまった。
彼が、あなたを好きなのだって、どうしようもないことなのに・・・」
フィニアスがアデールと結婚した時、
彼に群がっていた女性たちは、彼女を羨ましがった。
まだ若かったアデールは、それを得意に思ったし、
彼のフロースへの思いを自分に向けるのは造作も無いことだと思っていた。
ところが、フロースが戻ってきてしまったのだ。
アデールは、夫の心が揺れるのを感じる。
自分がそれを利用していたのに、急に自信がなくなる。
自分が愛されていると思ったのは幻影で、
夫は、自分の中にあるフロースの面影を追っていたのだと思ってしまう。
「アデール、わたしは、フィニアスがあなたを愛していると思うわ」
アデールは驚いてフロースを見た。
「彼は、自分の妻を愛する人よ。
だからあなたに寛大だったのよ。
それに、彼がわたしを好きなのも、あなたを愛しているからじゃないのかしら。
だってほら、わたしたちって似てるんでしょう?」
アデールは、初め、ポカンとしていたけれど、くすっと笑った。
「そういう風に考えるべきだったのね」
「良かったじゃない、彼と結婚できて。
あまたいるライバルたちの中で、彼を捕まえるのは大変だったでしょう?」
アデールは、すんと鼻をならした。
「フィニアスと結婚できたのは、アンティ・フロース、あなたのおかげね。
あなたの存在がなければ、
わたしは、フィニアスに群がる女性たちの一人でしかなかったかもしれない」
「それは、わたしも同じだったのよ。
フィニアスは、わたしを小娘扱いして、とても意地悪だったんだから」
「ええっ? そうだったの? わたしはてっきり・・・」
「失恋したのは、わたしの方だったのよ。
そして、ラーウスで自分の生き方を見つけようとして、
ここに戻って来るのも遅れてしまったし。
『一人で生きて行こう』だなんて考えたこともあったけれど、
結局は結婚してしまったわね。
フィニアスは、わたしをからかっているだけよ。
あのひねくれた性格は、しょうがないわね。
あら、あなたのご主人を貶してしまったわ」
フロースが、ばつが悪そうに言うと、アデールは笑う。
その笑顔は美しかった。
「アデール。
あなたはニノンのように幼かったのに、
今は、こんなに美しい女性になって・・・
フィニアスが、あなたのことを愛さないなんてありえないわ。
とにかく、彼の気が済むまで、ほっときましょう」
フロースがそう言うと、アデールは遠くを見るように言った。
「そうね・・・
アンティ・フロース・・・
わたし、やっぱり、フィニアスをとても愛しているの」
フロースは微笑んだ。
「分かっているわ」