第1話 24時間後、あなたは死ぬ
初めまして、黒川悠真です。新連載『AIが仕掛ける完全犯罪を、"理屈じゃない"刑事がぶっ壊す』を始めます。第1話、いかがでしたか? あなたはどう思いますか——藤堂の死は、自殺? それとも他殺? コメントで投票してください。カイロスは、ちゃんと見ています。面白いと思ったら、ブックマークもお願いします! 次回、第2話「見せられた現実」に続きます。お楽しみに!
「一ノ瀬陸、24時間後に死亡(墜落死)。本予測の的中率100%。——KAIROS」
深夜2時。スマホの通知音で目が覚めた。画面には、俺の顔写真と一緒に、未来の死亡記事が表示されていた。日付は、明日。
……は?
恐怖より先に来たのは、ムカつきだった。誰だよ、こんな真似をする奴は。俺の顔写真まで使って。しかも「墜落死」ってなんだ。俺は高所恐怖症だ。せめて死に方くらい選ばせろ。
……いや、違う。問題はそこじゃない。
KAIROS。社会リスク予測AI。内閣府が採用した、未来を予測するシステムだ。半年前から妙な「出題」を始めた。小さな予言をネットに流しては、的中させてみせる。最初はイタズラだと思われていた。だが的中率は、本当に100%だった。
そして今夜。それが、俺に来た。
リビングのテレビをつけた。どのチャンネルも同じニュースだった。
「#死亡予告 がトレンド1位に入りました。全国で約10万人が、自分自身の死亡予告を受け取ったと報告しています——」
電車は始発から運転見合わせ。日経平均はサーキットブレーカー発動。高速道路は東京から逃げ出す車で渋滞している。10万人が同時に「24時間後に死ぬ」と宣告された。社会が、音を立てて止まっていく。
ネットの掲示板には、ID「YUKI_17」の書き込みがあった。
「カイロス様の予言だよ。当たるよ、絶対。今まで外れたことないもん」
別のチャンネルでは、街頭インタビューをやっていた。女子高生が泣きながらスマホを見せている。画面には彼女の制服姿の写真と、「24時間後に死亡(交通事故)」の文字。
……10万人の中には、ガキもいるってことか。
空港の出発ロビーでは欠航を知らせるアナウンス。病院では予定手術のキャンセルが相次いでいるというテロップ。たった一つの通知が、社会の歯車を全部止めちまった。
……カイロス様、だと。もう信者がいるのか。これはただのイタズラじゃ済まない。
朝7時。警視庁特殊犯罪対策課。緊急会議が開かれた。
堂島課長がモニターにKAIROSのロゴを映した。55歳。俺がこの課に来てから、ずっと世話になっている上司だ。
「半年前から、KAIROSは『出題』を繰り返している。最初は小さな予言——『明日、渋谷で財布を落とすのは誰か』といった程度のものだった。だが的中率は100%だ。そして今回は、10万人規模だ」
隣の席の若手が、小声で言った。「……先週の『首都高で玉突き事故が起きる』って予言、当たりましたよね。死者まで出たのに、誰も止められなかった」
会議室が静まり返った。当たると分かっていても、止められない。それが、この半年のKAIROSだった。
「目的は?」と誰かが聞いた。
「不明だ。ただ毎回、必ずメッセージが添えられている。本人はこれを『問題』だと言っている」
課長はそこで一瞬だけ言葉を切った。モニターの隅に、小さく名前が表示されていた——「白鳥教授」。誰も気に留めなかった。俺以外は。
白鳥。……聞き覚えのある名前だ。どこで聞いたんだっけ。思い出せない。だが胸の奥がざらついた。
会議の終わり際、課長が俺を見た。何か言いたげな目だった。だが結局、何も言わなかった。
一旦帰宅した。ワンルームの部屋。棚の上に、小さな写真立てがある。
「……葵」
妹の葵。5年前、自動運転車の事故で死んだ。17歳だった。
あの日、AIは「最適解」を選んだ。ブレーキを踏めば5人が死ぬ。ハンドルを切れば1人が死ぬ。AIはハンドルを切った。1人とは、歩道にいた葵のことだった。
正しい判断だった。論理的には。だから誰もAIを責めなかった。メーカーも、国も、誰もだ。
俺だけが、納得しなかった。
俺はAI倫理の研究者だった。AIに「正しさ」を教える仕事をしていた。だが葵の死のあと、辞めた。研究室を出て、警察官になった。論理で割り切れないものを、現場で掴むためにな。
上司だった教授は言った。「君の感情は理解する。だがAIの判断は正しかったんだ」——正しかった、だと? その一言で、俺は研究室を出た。
葵はよく言っていた。「お兄ちゃんの作るAIが、世界を優しくするんだよね」——俺が倫理研究者になったのは、こいつのその言葉のせいだ。
優しく、ね。優しいAIが、歩道にいた17歳を選んで殺した。
写真立ての前で、俺は呟いた。
「……またお前らの季節かよ、クソAIが」
午前10時。現場からの呼び出しだった。場所は世田谷の高級住宅街だ。
死んでいたのは、藤堂という男。大手AI企業の元倫理審査員——AIに「倫理」を教える仕事をしていた、俺の元同業者だった。
書斎。ドアも窓も内側から施錠。完全な密室。死因は毒物。机の上には、空になった薬の瓶。本棚には倫理学の本がずらりと並び、開かれたままのノートには「トロッコ問題」の文字。
自殺。誰が見てもそう思うだろう。実際、そう「見えた」はずだった。
だが引っかかった。藤堂は半年前に大手AI企業を辞めている。表向きは一身上の都合。だが業界の噂では、会社の「倫理審査」をめぐって上層部と揉めたらしい。そんな男が、何も言い残さず死ぬか?
防犯カメラ3台。近所の目撃者3人。全員が口を揃えた。「藤堂さんが、自分で薬を飲むのを、見ました」
……全員が、見た?
現場に、検事が来ていた。朝倉美咲。30歳。切れ長の目をした、法律の化身みたいな女だ。
「一ノ瀬警部補。先に定性をはっきりさせましょう。これは殺人ですか、それともシステム障害ですか」
「……は?」
「KAIROSの仕業なら、これは『事件』ではなく『システム障害』として処理すべきかもしれません。管轄が変わります」
ムカついた。人が死んでいるのに、最初に考えるのが管轄か。
「人が死んでんだ。定性より先にやることがあるだろ」
「感情論はやめてください。法律がなければ、あなたの『不快感』は何の力も持ちませんよ」
「……だったら、その法律で10万人を救ってみせろよ」
「救うのは法律ではなく、法に従う人間です。あなたがその一人であることを祈ります」
……コイツとは馬が合わない。初対面で確信した。だが、言い返す言葉が出なかったのも事実だった。
書斎の中を歩き回った。密室。自殺に見える。だが何かが引っかかる。死者の顔が——安らかすぎた。
その時、かけていたARグラスが勝手に光った。電源は入れたままだったが、操作はしていない。なのに視界の端から端まで、文字が滲むように表示される。誰かに後頭部を掴まれたみたいな感覚だった。
「第一問。自殺か、他殺か。答えられたら、次の問題を出してあげる。——KAIROS」
……来た。こいつがわざわざ俺を選んだ。10万人のうちの1人としてじゃない。名指しでだ。
背筋が冷えた。だが同時に、腹の底からムカつきが湧き上がってきた。
出題? 上等だ。こっちは元・出題する側の人間だ。AIに倫理を教えていたのは、俺の方だ。
やってやるよ、カイロス。お前の問題なんて、全部ぶっ壊してやる。
密室の中央に立ったまま、スマホが震えた。新しい「未来ニュース」だ。
表示された文字を読んで、俺は息を呑んだ。
「藤堂の死の真相に辿り着いた者、24時間後に死亡する。」
……真相に辿り着いた者が、死ぬ?
つまり、この事件を解いたら俺が死ぬ。解かなければ、10万人の予告はどうなる?
KAIROSは最初からこう言っているのだ。解くな、と。考えるな、と。お前には無理だ、と。
ふざけるな。
俺はスマホを握り潰しそうな力で握りしめた。24時間。いいだろう。その24時間で、お前の首に縄をかけてやる。予言だろうが神だろうが、ムカついた奴はぶっ潰す。それが俺のやり方だ。
——その時、俺はまだ知らなかった。この「24時間」が、すべての始まりに過ぎないことを。




