第四話 幼馴染の距離
「こらー!!起きろあおいー!!」
休日の朝のまどろみ。
それは、陽菜ちゃんのそんな大声にぶち壊れされた。
「……ひ、陽菜ちゃん……!?なんでいるの!!」
「ん?下でおばさんに会って入れてもらった」
「お母さん……!!」
私がまだ寝てるって知ってたくせに!!
そんな私の心の抗議は、当然届くわけもない。
「そんなことよりあおい、私はあんたに話がある!!」
「話って……」
「高瀬のこと!!」
「!?」
「あんたさあ」
「おい、陽菜」
割り込んだ声に、私がハッとしてドアの方を見ると、ドアには悠真くんがもたれている。
「っ、悠真くんまでなんでいるのっ」
「文句は陽菜に言え。陽菜、そのまま話を始める気なら俺は帰るからな」
「え、なんで?」
「……いくら幼馴染でも、寝起きの女の部屋に立ち入るのはこっちが気まずい。わかれアホ」
悠真くんの言葉に、思わず布団を胸元まで引っ張り上げる。
というか、なんなら頭までかぶりたかった。
陽菜ちゃんの大声のどさくさで飛び起きたけれど、つまり私は完全に寝起きそのままの恰好で。
髪はぼさぼさだしパジャマも適当、なんなら、……ぶ、ブラすらつけていない。
「えー、悠真昔はそんなの気にしなかったじゃん」
「年考えろ年!!お前なあ、デリカシーないのもいい加減にしろよ」
「デリカシー?今更そんなの気にする仲でも」
「わ、わかったからとりあえず二人とも一旦出てって!!」
私を脇目に喧嘩を始めそうな二人を精一杯の大声で遮って、不満そうな陽菜ちゃんごと、私は二人を追い出した。
勢いに任せて閉めたドアが、ばたん、といつもより大きな音を立てる。
ドアに寄りかかって、ため息をついた。
高瀬くんのこと。
陽菜ちゃんが言ったキーワードが頭を回るけれど、もしこれで私が帰れと言っても、陽菜ちゃんは絶対に帰らない。
……本当に、幼馴染って、厄介だ。
***
「で、よ」
ドアの向こうの陽菜ちゃんの声にせかされながら、なんとか身支度を整えてリビングに降りて。
バタバタと紅茶をいれて私が二人に差し出すと同時に、もう耐えられない、と言った調子で陽菜ちゃんが口を開いた。
「……何」
「高瀬のこと!!さっきも言ったでしょ」
「高瀬くんのことって……」
「あんた、月夜猫のこと高瀬にバレたんだって?」
「……っ」
「は!?」
私が答えられなかったのと同じタイミングで、悠真くんが物凄く驚いた声をあげた。
「月夜猫のことが、高瀬にバレた?なんで」
「あおいのタブレット、見ちゃったんだってよ、高瀬が」
「おい、あおい!!」
明らかに私を非難する目で、悠真くんは私を見る。
「……この前、私がどこかに置き忘れたタブレットを、高瀬くんが届けてくれたの。その時私、画面ロック、かけてなくて、それで……」
「お前……、バカか?」
「……」
「ちょっと悠真、あんたその言い方ないでしょ?」
「バカにバカって言って何が悪い?あのタブレットの中身を見られたらバレる可能性はあった。そんなの、俺もお前もわかってるだろ」
「いやそれはそうだけどさあ」
「それを学校に持って行ってたのはあおいだし、それも置き忘れた?しかもロックなしで?……バカ以外に言うことがない」
ぐさぐさと、悠真くんの言葉が刺さる。
……本当に、何から何まで、その通り、でしかない。
「ここ数日あおいの様子がおかしいと思ったら、理由はそれか」
「……そう、です」
悠真くんは、呆れたことを隠そうともせずにため息をついた。
「誰にもバレたくないなら、そもそも学校にタブレットは持っていくべきじゃない。俺お前に何回言った?」
「……」
「あおい」
「もー、悠真やめなって。それに、別に高瀬はそれを知ってあおいを脅したってわけでもないんだから」
私が反論する隙のない悠真くんの言葉は陽菜ちゃんが止めてくれたけれど、陽菜ちゃんの言葉にも、私は返せる言葉がない。
「あおい、高瀬から伝言。“話したくないこと無理に聞いてごめん。でも、がっかりなんかしてないよ”だって」
「っ……、」
「ちなみに、高瀬があおいのタブレット見たって話は、私が無理矢理口を割らせた。高瀬から喋ったわけじゃないよ。高瀬は、自分があんたの何を知ったか、私にも一切話さなかった。これがどういう意味か、そのくらいあんたにもわかるでしょ」
その陽菜ちゃんの言葉に、私は頷くしかない。
……高瀬くんは、私が月夜猫だと知ったことを、陽菜ちゃんにさえ話さなかった。
つまり、高瀬くんは、私の秘密を誰かに話すつもりはない。
それでも。
『……がっかりさせて、ごめんね』
あの時、私が吐き捨てた台詞への返事を、高瀬くんは陽菜ちゃんを通してまで伝えてくれた、そういうこと。
「まあ、あんたが高瀬に何を言ったかは、高瀬の伝言から大体予想はつくけどさ」
陽菜ちゃんは、少し呆れた顔で笑って、ため息をつく。
「あのね、あおい。あんたがずっと、雪村あおいと月夜猫は別だ、って思ってるのは知ってる。あんたが、月夜猫、って名前を使ってる時だけ、自由に振舞うことが出来る、っていうのも」
「……」
「別に私はそれを辞めさせようとは思わないし、それが悪いことだとも思ってない。でも、高瀬があんたに何を言おうとしたのか、ちゃんと聞きもせずに逃げたことに関しては、私はあんたを叱らなきゃダメだと思った」
「……なんで?」
「それは、あんたが自分で確認するべきだから、私の口からは言わないけど。……一つだけ言うとね。あんた、昨日の夜、新作上げてたでしょ」
「うん」
「色選びが違う」
「!」
「あのコメント、私も見た。その通りだと思った。あれは間違いなくあんたの絵だけど、いつものあんたが選ぶ色じゃない」
「おい陽菜、もういい加減に」
「じゃあ悠真は思わなかった?あれが、いつものあおいの絵じゃないって」
「それ、は……」
口を挟んだ悠真くんが、黙る。
……つまり、悠真くんの目から見ても、それは明らかだ、ということ。
「あの絵は、月夜猫の絵かもしれない。でも、あの絵を描いたのは、今の雪村あおいでしょ。今のあおいが描いたから、月夜猫の絵の色が変わった。……あんた、絵の上では一つも嘘がつけないんだから」
陽菜ちゃんの言い方は、優しかった。
「あんたがいくら別だ、って思ってても、あおいの気持ちは、あんたが描く絵に出るんだよ。あんたが別だと思いたい月夜猫の絵に、そのままね。だから、あんたは、ちゃんと高瀬と話をするべきだと思う」
「でも……、だって」
「何」
「高瀬くんは、月夜猫の絵が、好きなんだよ?ずっと前に出したグッズを持ってるくらい、好き、なんだよ。……それなのに、……描いてるのが私だなんて知って、がっかりしたに決まってる」
「なるほど、だから、高瀬の伝言が、“がっかりなんてしてないよ”なわけだ」
陽菜ちゃんの言葉にはっとして口を手で覆っても、零れた言葉は戻ってこない。
でも。
がっかりさせてごめん。
間違いなく、そう言ったのは私で、だから高瀬くんは陽菜ちゃんに言ったのだ。
“がっかりなんてしてないよ”と。
「明日、13:00、駅前の喫茶店『星乃亭』」
突然、声の調子を変えて陽菜ちゃんがそう言った。
意味が分からなくて陽菜ちゃんを見ると、にこ、と陽菜ちゃんが明るく笑う。
「えへ、呼び出しちゃった、高瀬のこと」
「えぇ!?」
「あぁ!?」
悲鳴のような私の声と、不機嫌さを隠さない悠真くんの声が重なる。
「勿論、私は行かないよ。あと悠真も、ついてくの絶対禁止。あおい、あんたがちゃんと行って、自分で話すんだよ」
「ま、待って陽菜ちゃん、無理!!無理無理無理!!」
「無理じゃない。はい、これ高瀬からの返事」
ずい、と陽菜ちゃんが突き出したスマホに表示されたメッセージアプリには、デフォルメされた黒猫の、……月夜猫の、了解、のスタンプが表示されていた。
「このスタンプと、高瀬の伝言の意味。あんたがちゃんと考えるんだよ。いい?あおい」
そう念を押してくる陽菜ちゃんに、今の私に返せる言葉はない。
更に言えば、ここまでお膳立てされてしまった以上、明日の私が行かない選択肢も、……やっぱり、ない。
しっかり目を合わせてくる陽菜ちゃんに押し切られて頷くと、陽菜ちゃんは笑顔で私の髪をかきまぜた。
陽菜ちゃんが言うことは、正しい。
わかっている。
それでも、正直な私の気持ちは、多分、私達の隣で不機嫌そうにため息をつく悠真くんのそれに、限りなく近いものだった。




