待ち人来たる
ルクスの力をもってしても、最後の休憩所から続く天界への道を問題なく繋げるにはそれなりの時間を要した。そもそも魔術の扱いは得意であっても、空間をどうこう、とかそういうものは彼は別に得意というわけでもない。やってやれなくもないけれど、専門的に詳しいとかそういうことでもない。
とはいえ、結界だとか空間を転移だとか捻じ曲げてどうこうするだとか、空間に関する魔術をそれなりに扱えたからこそどうにかできた。
扉を開けて先に進もうとするたびにダンジョンの中のように毎回変化を起こされても困るので、何度か開け閉めして内側の空間に変化がないか確認したり、とりあえず扉を開けて次のフロアに行く時と同じくらいの長さで天界に繋がるようにと、それはもう今までにないくらい頑張ったのである。
正直この世界にやって来て多分一番真面目に働いてる。
自分の住んでた世界ではそれはもう周囲の迷惑顧みず好き勝手やらかしてた事を思うと、きっと自分を知る者は驚くに違いないと思うほどに、この世界でルクスは真面目に働いていると断言できた。
まぁ、やらかした結果弟の妻から弟に「ルクス? あぁ、いつも通りすぎて大変だったわ」とか言われたらただでさえ高いといえない弟の好感度が更に下がるので、とかそういう打算もたっぷり含まれていたが。
自分が好き勝手やらかした結果、もしステラに何かあった場合弟が敵に回ると考えれば、真面目にやる以外の選択肢があろうか。いや、ない。
いつもであればこの手の仕事はもっとパパっと終わったはずなのだが、いかんせん自分ひとりでやっているのだ。時間がかかるのも仕方がない。
自分の世界であったなら、手足のようにこき使える部下がいるのでそれも駆り出せたのだが……彼らがいたなら多分一月程度でこの作業も終わったと思っている。
ともあれ、時間はかかったものの天界には問題なく繋がっているし、途中で空間が歪むような事もない。
塔を作った時はとりあえず繋げるという部分に重点を置いていたため繋がってれば後はどうにでもなると思っていたが、今回の件でようやく塔は本当の意味で完成したと言えるだろう。
「しかしもうこの世界に来て十一年か……私たちからすれば大したことのない時間ではあるけれど、人にとっては大きい。当時はまだ多少のあどけなさを残していたモリオンもすっかり大人になってしまったし、キールは元々クロムと同年代に見える年齢だったけど……彼もすっかり落ち着いた雰囲気がついてしまったし、外見だけならクロムよりも年上に見えるようになってきた。
時間の流れをこうして目の当たりにすると、中々に面白くはあるのだけれど……」
それにしたって弟が来るの、遅くないか?
そう思ってしまったのだ。
弟がステラに対して抱く感情を知っている。
純粋な愛、だなんてとてもじゃないが言えやしない。
愛も確かにあるだろう。けれども根底にはもっとどろどろとした執着だって存在している。じゃなきゃ、あんな風に蘇らせたりするはずがないのだから。
多少時間がかかっても精々五年くらいで弟は来るのではないか、とあれこれ様々な想定をしながらもルクスは考えていた。縁を辿ろうにもその繋がりを断ったのは自分だ。けれどもクロノならばそれくらいどうにでもしてさっさとやってくるだろうとも。
まぁ時間がかかる可能性もあったし、それはステラたちにも口に出して言っている。けれども本心としては五年ほどで迎えにくるのではないか、とも思ってはいたのだ。
全く、我が弟はいつもこちらの予想を簡単に裏切ってくれるものだ。
時間が経過するごとに、天界へ流れる力は増えつつある。
現在こちらにいるライラも多少なりとも力が回復したらしく、つい先日ルクスが考えていた一つの案を実行してくれた。
といっても簡単な話だ。
一人、とりあえず神族を作ってもらったに過ぎない。
別に強くなくとも問題ない。
単純に道案内の役目が果たせればそれでいい。
この塔最後の休憩所には執事の姿をしたゴーレムがいる。
そして、休憩所からその先、扉の向こうは天界に繋がっているが……
新たに作ってもらった神族はとりあえずそこで案内人としての役目をはたしてもらう事にした。
会話ができればどうとでもなる。
クロノであれば会話が通じればいきなり攻撃を叩きこむような事はしないだろう。多分。向こうが余程の何かをしでかさない限りは。
それ以外の誰か、と考えるとこの塔をいつか攻略する探索者だろうか。
それでもいくらなんでも神を相手に攻撃しようとは思わないはずだ。
この塔のゴーレムで散々いきなり攻撃叩きこむような真似したらマズイというのはわかっているだろうし、会話ができる相手にいきなり攻撃するとかまさかしないだろうと思っている。
それでもやらかした場合は知らない。
その時はその時だ。
対処はその時点での天界に任せよう。どうせその頃にはルクスはきっとこの世界にいないだろうし。
案内役、といっても今はまだそこに誰かが来るわけでもない。
だからこそ新たに生まれた神族――ノーラと名付けられていた――も今は塔のスタッフルームに存在している。
ノーラは見た目だけならライラよりも年上――この塔のスタッフをしている少女ゴーレムたちと似たような外見年齢だ。本来ならば生み出したライラが親でノーラは子に該当するわけだが、ノーラがライラの世話を焼いているのでどちらかといえば姉なんです、とか言われても違和感がない。
もう後は他にやる事もないなぁ、とルクスがぼんやりと思っていると、やけに慌ただしくクロムが駆け込んできた。
「伯父さん! ルクス伯父さん!!」
「やぁクロム。騒がしいね、どうしたのさ」
ここ最近はそれなりに働いた気もするし、この後はのんびりと休もうかなとか思っていたというのにどうも雲行きが怪しくなってきた。
「どうしたもこうしたも! 塔の前に! 前に!!」
「何? 塔の前? またどこかの国の騎士でもやってきた?」
言いながらもルクスはそれはないかと思っていた。
いや、騎士が来た事は何度かあるのだ。けれどもかつてのプリエール王国のようなこの塔うちの管理下に置くから、とかそういう命令などではなく、普通に鍛錬にきましたみたいな感じで。
というのも、探索者たちからか見物人からかはどちらでもいいが、やれ秘薬・世界樹の雫だの女神の慈愛だの、挙句若返りのワインだのという、人によっては喉から手が出る程欲しいアイテムが終盤階層で発見されたのだ。
探索者が見つけてそれらを売るにしても、欲しいと思っている連中は山といる。
けれども今はまだ終盤階層に辿り着いた数はそこまで多くもない。
国の騎士団を動かしてでも欲しいと思ったところと、鍛錬のためにやってきたついでにそこまで行けるようになったらもしかしたら……とあわよくばを考えている者とがそこそこ混じっていたが、ここ最近は他国の騎士っぽい連中もちらほら塔で姿を見かけるようになったのだった。
流石に一部を除いて仕事でやって来ているという感じではない。
そもそもまず必須アイテムでもあるヤクトリングを購入しないといけないわけだが、それらを国から出すとなれば流石に税金をおさめている民がブチ切れそう。
仕事でやって来ている者に関しては上が私財を出していると考えるべきだろう。
大体ここには他の国の者たちも多くいるのだ。下手に国の金に手をつけてヤクトリングとか装備とか機能とか整えてますよ、みたいな話が広まるような事になれば、他国に弱みを握らせるようなもの。流石にやらかしたりはしないだろうと思いたい。
「騎士じゃない。そうじゃなくて、父さん!」
「えっ」
その言葉にルクスはほとんど反射で動いていた。
もうすっかり第二の我が家みたいになりつつあった塔の中を移動して、スクリーンがある部屋まで移動する。
そうして塔の入り口付近を映しているそれを見れば……
「……あぁ、嗚呼! 我が弟よ!」
「この隣の、この人レェテだよな?」
「あぁうん、そうだね」
弟に対してレェテの事は大分あっさりとした反応だが、ルクスはまさか、という思いとようやくか、という思いが渦巻いてちょっと今情緒が忙しい状態になりつつあった。
「ステラとベルは?」
「ミーシャに呼びに行かせた」
「よしじゃあちょっとこの二人を映すべくこのスクリーンの設定変えるから」
「任せたよ伯父さん」
テンションが上がっているのか下がっているのかもうよくわからないノリで、ルクスはいそいそとスクリーンの設定を変更し始める。どのみちこのスクリーンの設定だけで塔の外のスクリーンまで変更するわけではないので、好き勝手にここでやらかしても何も問題はない。
塔の前に立ちぼんやりと見上げている青年は、パッと見た限り旅慣れた服装というわけでもなく、また魔物と戦うための装備を整えてきましたという風でもない。
動きやすそうな服ではあるけれど、ただそれだけといった感じの服の上からローブとも呼べないような布を被っている。それは何となく人目を避けるように……とのつもりなのかもしれないが、正直塔周辺にいる見物人たちと比べると逆に目立つ。
その隣に、やはり同じように動きやすさ重視の服の上から同じように布を被っているレェテがいた。
毛先の色が変わる前のベルナドットとほぼ同じような見た目の青年だ。見間違えるはずがない。
違うのは目の色だとか、あとは人が良さそうなベルナドットとは違いこちらはどこか斜に構えているような雰囲気が漂っている。
かつて、誰かに闇落ちしたベルナドットとか言われた事があるらしいが、それを聞いて言い得て妙だとルクスは思った。正直な話ベルナドットよりもレェテの方が知っている時間は多いはずなのに、そう聞いてからはもうそうとしか思えなくなってしまったくらいだ。
そうこうしているうちに、ミーシャに連れられてステラとベルナドットがやってきた。
「何どうしたの……あら?」
「おっ、とうとう迎えか?」
「えっ、じゃああの、この人が……その!?」
ステラとベルナドットの反応で、この布を被って少しでも人の視線を逸らそうと無駄に試みている二人をミーシャもまた凝視していた。
「えっ、あの、ベルナドットさんのご兄弟?」
「いいや、他人だぜ」
「他人の空似すぎません?」
「そうだな。出会った当初、思わず生き別れの兄さんとか言い出したくらいだ。俺にそんな生き別れの兄なんていないけどな」
「冗談にしても悪趣味がすぎませんかそれ……」
正直ミーシャもその場に居合わせていたら確実に生き別れた兄弟だと言われたなら疑う事なく信じていただろう。それくらいに似ているのだ。
とはいえ、よく見れば目の色が違うしベルナドットは毛先が緑がかっているので見分けがつかないという事もない。それでも、顔立ちに関してはとてもよく似ていた。
「えっとそれで、では、こちらの方が……?」
こちら、と言いつつスクリーンに映っているクロノを差した。
「そうね、私の旦那よ」
「じゃあこの人が異世界の……!?」
「間違いなく親父」
ひぃ、と小さくミーシャが悲鳴を上げた。
クロムが異世界の魔王である事は前に聞いている。その父親。つまり先代魔王。
どっちかっていえば父さんのが強いぞ、とか前にクロムが言ってた気がして、ミーシャは異世界の魔王が実質二人……と口の中で小さく呟いてぶるりと肩を震わせた。
「出迎えにいかなくていいんですか……?」
「うーん、それなんだけどね」
「うっかりあの場に出迎えに行こうものなら、間違いなく面倒な事になるからなぁ……」
「そうね。話がとても長引きそうな予感がするし、とりあえず様子見でいいんじゃないかしら。下手に今出ていったら無駄に注目集めそうだし。
とりあえずどこか適当な所で接触を試みましょう」
ステラの言葉は思った以上に冷静だった。
確かにあの場に姿を見せればステラならまだしもそれ以外は一発殴られそうな気がしなくもない。
ベルナドットがクロノに殴られる事はないと思うが、レェテは多分殴る。
ちなみにルクスならクロノとレェテが最大威力で攻撃を仕掛けてくる可能性が高い。
クロムの場合は手加減はされるかもしれないが、やはりどちらからも攻撃を仕掛けられるだろう。
ステラが一番安全だとは思うのだが、クロノが周囲の目も気にせず感動の再会を果たす可能性が高く、流石にそれはステラの望むところではない。
「ミーシャ」
「なんですか……?」
ルクスが呼びかけると、ミーシャはなんだか嫌な予感がするとばかりに表情を歪めた。
危機感が仕事をしている。正直ステラたちと最初に出会った時に何故それが仕事をしなかったのかと思うばかりである。とても今更だが。
「何かこう上手い具合に接触してこれ渡してきて」
「上手い具合って……」
え、あの二人に? 何かとても人を寄せ付けようとしてない雰囲気してますけど?
「こっちの名前は極力出さずに頼むよ」
「難易度唐突に上げてこられましても」
正直断りたい気持ちでいっぱいだが、ルクスから手紙を渡された以上、これもう渡すしかないんだろうな……と早々に諦めてミーシャはとりあえず塔の休憩所へ移動する事にした。
そういえば……あの二人というか、ステラの旦那であるクロノに関しての話ってあんまり聞いた覚えがないな、と思ったのは、今更引き返しようのないところまで来てからだった。
とても今更である。




