結局どっちなの
ステラたちはこの世界の住人ではない。それは今更言うまでもない事だ。
だからこそ神の祝福だとか言われるアビリティなんてものは授かっていない。
この世界の生まれでそういったものがない、というのであれば異端者の烙印を押されたかもしれないし、アビリティがないなんてとロクな扱いをされなかったかもしれない。
ライトノベルなら仲間から追放されてどん底になったあたりで今まで発現していなかった能力が覚醒して、みたいな展開になり得るが、生憎実はそういった能力があったんです、みたいな事もない。
だって最初からこの世界の住人ではないのだから、むしろある方がおかしい。
とはいえ、アビリティがないからとて何も問題ないと思っている。
そもそもこの世界の住人に与えれられるアビリティは一つ。
たった一つ、誰もが何らかの才能を与えられている。
その才能が必ずしも相手の望むものであるかどうかは……何とも言えない。
思い通りの才能で順調に歩む者もいれば、望まぬそれを持ち苦労する者もいるだろう。
なんというかこっちの世界も中々に闇が深そうな気配がするわね……などとステラは思っている。アビリティなんてものが一般に知られていなければ自分の才能に気付く者、気付けない者というだけの話でそんなものがない世界と然程変わらなかったかもしれない。
ところでステラとベルナドットはかつては人間であったものの、魔王の眷属となった後寿命を迎え一度死んでいる。その魂を世界樹だとかに混ぜられて復活を遂げたわけなのだが。
そうなった時点で、生前にはできなかったことができるようになっていた。
かつて人間だった頃、ステラもベルナドットも魔術は使えなかった。
ステラは魔力こそ大量に有していたものの、それは内部で操るだけで外側に放出するというのがどう頑張ってもできなかった。その魔力はアイテム合成の際に消費していただけだ。
こうして復活した今も大体そういう事にしか魔力を使っていないけれど、いくつかの違いはある。
かつて、空間を圧縮したアイテムボックスという物の中にあれこれ素材をため込んで、その中でアイテム合成もしていたりした。
ところが今は自分の周辺の亜空間に様々なアイテムを収納している。常時カバンを持たずともよくなったのは便利と言えるのかもしれない。
ベルナドットも似たようなものだ。
元々彼は人間であった頃、魔力がないわけじゃなかったがステラと比べれば圧倒的に劣る。
こちらは自分の周辺の空間に物を収納するのがどうにも慣れなかったためか、今も腰にポーチをつけてそこから取り出していた。
けれども新たな能力がないわけではない。ちょっとした植物程度なら芽吹かせる事ができるようになった。
種さえあれば芽吹かせる事ができるのだから、ある意味で薬草いらずではあった。
二人とも本体は向こうの世界にあるのは言うまでもない。
復活した直後であればあまり本体から離れる事もできなかったのだが、今は……お察しである。まさか異世界にまで行けるようになってるとは……と内心で感心するべきか呆れるべきか。
こちらの姿を一度消して本体に戻ろうとすれば案外あっさり帰れるのではないか、と思ったがやろうとしてもできなかった。流石にステラが向こうに戻ったらクロノは「あ、じゃあ何も問題ありませんね」で放置しそうなのでベルナドットに試してもらったが、無理であるらしかった。
まぁ、仮にステラが戻ったとしてもクロムは迎えに行ってほしいと言えばクロノの事だ、見捨てたりはしないと思うが、ルクスだけが残されていたら確実にあの男は見捨てた事だろう。それだけは断言できる。
本体からあまりにも長い事離れていたら何らかの影響が出たりしないだろうか、と思ったが、その時はその時だ。向こうにはクロノがいるし、もし彼が何らかの対処に出ようとしてそこまで手が回らずともクロエもいる。他の娘や息子たちもいる事だし、それ以外にも頼れる者はいる。
本体が無事ならこっちもどうにかなるだろう。だからこそ二人はそう思っていたし、それ故に異世界に召喚されたとなっても焦ったり慌てたりはしなかった。
ついでに生前に使えた技能が使えなくなったというわけでもない。
ステラはかつて合成ボックスを用いてアイテム合成をしていたけれど、今は亜空間に収納した状態でそれらを実行できている。そして亜空間のアイテムも、召喚された際にこちら側にいっしょについてきた。それに関しては既に確認済みであった。
……だからこそ、というのもあるが、この時点で割とどうにかなるな、としか思えないわけで。
生憎今も魔力粉がなければ合成できないのだが、そもそも魔力粉だってクロノが大量にステラに渡してあったしもし途中で足りなくなったとしてもルクスが作れる。魔力粉がなければ何も作れない、という制限があるように思えるが実質無制限。
魔力粉以外の素材はそこら辺で適当に集めればどうとでもなる。
ルクスやクロムも似たようなもので、自分の荷物はある程度取り出し可能な状態だ。そこら辺の能力が使えなくなっていた、とかであれば多少焦ったりしたかもしれないが、この時点で誰一人として危機感を抱かないのはもう言うまでもない。
現時点、四人はパッと見そこらを出かける分には問題のない服装ではあるが、ダンジョンに行くとなればそんな装備で大丈夫か? と言われそうな感じではある。
けれども行ったダンジョンは初心者向け。実際に足を運んで服が汚れるような事もなかった。
武器に関してはキールから渡された物を使用していたが、そのうち適当な所で自分たちの武器を取り出して使った方がいいだろう。
現時点で苦戦する未来がまるで見えない。
「書庫で見た本の中の一つから、だけど」
どうやらルクスの話はまだ終わったわけではなかったらしい。
「こっちの世界のヒト、多分アビリティとスキルがごっちゃになってるっぽいんだよね」
「え、どういうコト伯父さん」
「言葉の通りさ。アビリティは一人につき一つ。でも、スキルってのはそうじゃない。これはまぁ、言わなくてもわかるんじゃないかな? さっきの話の続きで言えば剣術なんかは沢山訓練して身に着けば、それはつまり剣術スキルを手に入れたって事になるわけだ」
「そ、っすね……?」
でしょうね、とばかりにクロムが頷くも、その表情はわかっているといったものではない。実際声にもそれが出ていた。
「で、自分に与えられた才能が何か、っていうのを知る方法ってのがこっちの世界にはあるわけだ。神様から与えられし祝福を知るってわけだから、教会だね。
そこで自分が持つアビリティを知る事ができるわけなんだけど……どうも教会のそれもあまり正確って感じじゃなさそうなんだ」
「え? 何それ」
「書庫にあった本に、アズリアがどうやら書き込んでいたらしくてね。場合によってはアビリティではなくスキルを詠みあげた可能性もある、らしいよ」
ルクスの言葉はどこまでも他人事だ。まぁ実際そうなのだから仕方がないと言えばそうなのだが。
キールはアズリアを師と呼んでいた。ついでに魔導士とも。魔術師、ではなかった。
その違いが何かまではわからないが、魔術師よりも凄いイメージがあるので上位互換だとステラの中では思っていたし、多分間違ってないような気もする。
アズリアに与えられたアビリティはどうやら魔術に関連するものであるのは確かだそうなのだが、教会で調べてもらった時は魔術関連であったけれど過去教えられたものとはどうやら違ったらしい。
ここで最初に教えてくれた人物が間違っていたのか、それとも教会が間違っていたのかで疑問が残る。
アズリアは魔術に関する研鑽は絶えず、といった感じであったので更に数年後、別の教会でもう一度調べてもらった。
結果として、ここでも魔術関連のものであったけれど過去に言われたものとは違っていたらしい。
ここで一つの仮説がアズリアの中に生じた。
「それがスキル。アビリティは一つしか与えられないのだから、そんなコロコロ変わるはずもない。けれどそこから派生した他の技能は別だ。それは努力の結果ともいえる。
……恐らくだけど、自分の人生に今まで関係してなかったアビリティとかは教会側でも把握できなくて、そのかわりに今までの行動で得たスキルの方がわかりやすく詠みとれたのではないか、って気がするかな」
「ま、確かに生まれたばっかの子とかにこの子にはこんなアビリティがついてますよ、とかすぐわかるかって聞かれたら微妙だよなぁ……ある程度大きくなってからだと、それまでの生活で得た知識や経験で得意不得意そこそこあるだろうし……?」
「ま、そこら辺に関して私たちは細かく知る必要はなさそうってのだけ覚えておけばいいんじゃないかな。ダンジョンで他の探索者に会って、俺はこんなアビリティを持っているんだー! とかいう奴がいたとしてもそれが本当にアビリティかどうかはどうでもいいしね」
「どうでもいいなら、わざわざ話したのはなんで?」
「そりゃまぁ、私たちはこの世界の住人じゃないからね。ノーアビリティ。アビリティ至上主義みたいな相手からすればそりゃ見下す対象になるだろうね。でも考えてもみてほしい。
アビリティがなかったとして、スキルとよばれるそれらが私たちに無いと果たして言えるだろうか」
「…………ない、とは言えないわね」
アビリティとやらを与えられていないのは確かな事実だ。
けれどもスキルとして考えればどうだろう。
空間収納。
アイテム合成。
魔術。
武術。
そういったあれこれ。
むしろそこらの探索者よりもシャレにならない事ができるとすら思える。
これで無能力者扱いは流石に……
「とりあえずノーアビリティという事でこちらを見下す相手が出るだろう事は何となく予想できるし、別にそれは構わないんだけど。
相手が持ってるのが本当にアビリティなのか、それともスキルなのかの違いまではこっちからわかりようが今の所はないし、油断は禁物って事だけは覚えておいてほしい」
「そうね……本人がアビリティだと思ってたものが実はスキルの方で、戦いの最中に本来のアビリティが発動、とかしちゃったら厄介とは言わないけれど面倒くさい事にはなりそうだものね」
というか、アビリティとスキルの違いを多分この世界の住人の何割が理解してる事やら……教会で正確に把握できてるならまだしもそうでもないようだし、そうなると強敵との戦いの最中にもう一つのスキルが発動したとかってなったら神より与えられし祝福が二つ……!? みたいになるのは想像がつくし、挙句神に愛されし存在として何か大っぴらに話が流れそうな予感もする。
「というか、既にそういうのいそうよね」
「そうだね」
こんな初心者向けダンジョン周辺でそんな情報が流れてくるとは思えないけれど、国の中で一番難関なダンジョンとかそういう所付近ではそういった話が出回っていてもおかしくないとすら思えてくる。
それに、探索者というのが必ずしも皆が皆協力的なわけでもないだろう。同じダンジョンを探索するなら相手は仲間でありライバルであり、時と場合によっては敵になる事だってあるかもしれない。
そういった相手に自分のアビリティはこれです、とか最初から開示する必要性はないけれど、同じ仲間であれば自分のアビリティはこれ、と知らせておかないと協力のしようがない。
しかしその仲間が他所に情報を流さないとは言い切れない。
そういったものを警戒しているならば、もしアビリティの他にスキルとやらを覚えてそれについて知覚しているのであれば。切り札は隠しておくだろう。
大っぴらに曝け出す相手もいるだろうし、反対に隠し通そうとする者もいるはずだ。
「なんか、話がだんだん難しくなってきた気がするんだけど、要するに、相手がどんな能力持ってようとも油断はするなって話で……合ってます? 伯父さん」
「そうだね。きみに関してはその考えで間違っちゃいないよ、クロム」
元々あまり難しい話は得意ではないクロムに、ルクスは苦笑しつつもそれでいいと頷いた。
これから先どういう展開になるかまでは流石にルクスだって予想しきれているはずもない。だからこそ、とりあえず有り得そうな話の一つを先に出しておいたに過ぎないのだ。
ステラやベルナドットは別にノーアビリティだからとかいう理由で馬鹿にされようとも逆上して頭に血が上って目の前が見えてない、なんて事にならないだろうとは思っている。
けれどもクロムは。
正直頭でわかっていても案外簡単に相手の挑発に乗ってしまいそうなのもあり得そうではあるのだ。
別に馬鹿にされて頭に血が上って考え無しに突っ込んでいったとしても、クロムなら大丈夫だとは思っている。そもそも別の世界とはいえ現魔王でもあるわけだから、そう簡単にやられるとは思っていない。
ただ、国絡みだとか権力だとかそういった面倒な部分でそういった事を発揮されると流石にルクスとしても面倒な事になると思っている。だからこそ、わざわざこうして話題に出した。
ステラとベルナドットは薄々ルクスがこのタイミングでそんな事を言い出した理由をわかってはいるのだろう。別に今言う必要もないとは思っていたが、実際にアビリティだかスキルだかを目の当たりにした時にどう思うかはさておき、後から知ってたなら先に言えくらいは思うか言うかしたはずだ。
けれども恐らくそんな状況下になったとしても、相手の挑発に乗るような事にはならないと思っている。
「さて、それじゃここから先は真面目なダンジョン攻略と洒落込もうか」
事前に何も言わないままであれば案外簡単に相手の策に嵌りそうではあるものの、こうしてほんのりとでも言っておけばクロムに関しては大丈夫だろう。
だからこそ、ルクスは浮かべていた笑みをすっと消した。
「あ、今までの本題ですらなかったのね……」
「俺てっきり話終わったかと思ってたわ」
アビリティだのスキルだの、何だかとてもゲームっぽい、とか思っていた二人は思わずそんな事を呟いていたが、笑みを消したままのルクスに「ここから本題だよ」と言われ、とりあえずしぶしぶではあったが姿勢を正した。