崩壊
天上界に無事逃げ込んだ辰王が聞いたのは、耳を覆いたくなるような状況であった。
「四大天使長を務めていた玖李は「逃げるが勝ち」と言って真っ先に逃亡した。魔族の方は魔界に追っ手がかかったらしいが、すでに物抜けの殻だったらしい。お主の主はどうなった?」
訊ねる闇龍に辰王は首を横に振った。
「王の行方は私も知りません、万が一を思い、敢えて聞きませんでした」
「うむ」
「ところで……ゼノス様は?」
辰王の質問に闇龍が顔を強張らせる。
「奴は……帰って来ておらぬ」
苦しげに闇龍が呟く。
現時点で神界に居る。
ファゼルに下り堕落を選んだか、仲間を逃がすために残ったかの二種類、ゼノスは、あの誇り高き龍は後者だろう。
「主神が殺された時、神界にいた者は皆、捕えられた。恐らく……ゼノスらに逃亡した仲間の居場所を聞くつもりだろう」
聞き出すための手段は選ばぬだろう。
ゼノスが帰ってくる可能性は――皆無。
「黄龍は?」
「……伏せっておる」
「無理も、ありませんよね、お二人は……」
「…………」
辰王の言葉に闇龍は視線を逸らした。
よく笑う黄琅だがゼノスが神界に行っている時は決して笑う事が無い、その意味を闇龍は知っている。
役目上妻を娶り、子供を成したが、それはあくまでも「長としての役目」だ。
「闇龍、冥界の事ですが」
話題を切り替えれば闇龍が一つ頷いた。
「世情が安定するまでは我ら竜族が王座を守ろう、頃合いを見て新たな王を座らせておく」
「感謝します」
ほっと息を吐く辰王、これで冥界の安寧は最低限守られる。
「こんな時にすまないとは思うのだが、黄龍が伏せってしまったのでな、紫紺の世話をして欲しい」
「紫紺?」
「ファルーシアが逃した精霊の結晶体みたいなものだ」
「承知しました」
「…………辰王」
「はい?」
「お主さえよければ、暫く儂の代わりにこの洞窟の番人をしていてくれぬか?」
「え?」
闇龍の突然の申し出に辰王は我が耳を疑ってしまった。
闇龍の棲むこの「深淵の谷」には古来から伝わる水晶がある。
ただの水晶ではない、持つ者に多大な力を与えるという竜族に伝わる秘宝。
力を手に入れようと侵入し、何千という命がこの谷で命を落としている。
闇龍はその水晶を護る番人だ。
「そんな重要な役を私に?」
「黄龍は伏せってしまっている。他に頼める者がおらぬのだ。儂はすぐにでも発たねばならぬ、理由は、すまぬ、言えぬのだ」
「分かりました。闇龍が帰還するまでの間、身命を賭して護らせていただきます」
「助かる」
辰王に洞窟の番人と紫紺の世話を委ねると闇龍は慌ててどこかに行ってしまった。
グォンとドラゴンが鳴いたので、洞窟の外に出るとドラゴンの足元に子供がいた。
「お前が紫紺かい?」
「はい」
紫の瞳が真っ直ぐに辰王を見上げる。
「私は辰王、闇龍に留守を頼まれてしばらくここにいる事になる」
「はい、よろしくお願いします」
「紫紺は何を食べるのですか?」
「自然の気が主食です」
「なら私達と同じだね」
くすりと笑い辰王は紫紺を抱き上げた。
「しかし闇龍は何処に何をしにいったのでしょうね?」
空を見上げると嫌な雲が覆っていた。