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九龍伝説  作者: ゆめ


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訃報

 おおん


 おおおん


 空に暗雲が立ち込め、風が激しく草木を揺らし、ドラゴンが不安げに鳴き声をあげている。


 王が消える。

 消えてしまう。

 闇龍様も神炎龍様もいない。

 黄龍様が消えてしまう。

 誰か助けて。


「あの人がいない世界で生きていけない」


 嗚咽を漏らしながら地面をかきむしる。

 光を放っていた黄金の髪も、いつだって輝いていた瞳も、すっかり色を失っていた。

 小さかった身体は伏せっていたせいでガリガリにやせ細り、王としての権威も光もどこにもなかった。


 彼の身にあるのは深い絶望のみ。

 愛しい半身を失ったぬぐい様のない絶望感。

 かつて穏やかな光を放っていた瞳は生気を失い、涙が絶えず流れ続けている。


「僕をあげるから、僕の全てをあげるから、どうか僕を死なせて――」


 目の前にあるのは巨大な神木。

 天上界の神木の中でも三大龍のみが立ち入る事を許されている森の中、多くの木々に護られた場所に天上界を支える柱はある。


 天を貫くほど大きな木。

 何千年も生きている天上界の心臓、神霊木。


「ごめん、だけど僕は――」


 大量の涙を流しながら黄龍は神霊木に手をついた。


「ゼノスがいない世界でなんて生きていけない」


 静かに黄金の炎が燃え上がる。

 髪が燃え上がり、肩から手へと燃え移る。


「神霊木よ、どうか僕の代わりに天上界を――」


 黄龍の手の平から神霊木へと全てが注がれてゆく。

 命も、力も、権威も何もかも、神霊木へと注がれる。


「ゼノス……」


 静かな涙が一筋、黄龍の頬を伝う。


「ごめんね」


 ゆらりと身体が後ろへと倒れた。


『黄琅……ばかな事を』


 低く、辛そうな声が響く。

 呼吸を止めた黄龍の身体を受け止めたのは、神霊木が伸ばした枝だった。


『三大龍はお主の息子が継ぐだろう。お主の望み通り、私が天上界を支えてゆこう』


 唯一の望みの闇龍も天上界の外、生死は不明だ。

 彼が不在の間にゼノスは神界で囚われていた仲間を逃すため、その身を犠牲にした。

 胸を引き裂かれそうな痛み。

 これは黄龍の胸の痛みだろう。


『眠るがいい、いつかまた生まれる日まで』


 小さな光が神霊木の元に集ってくる。

 この小さな光は逃れきれずに死した竜族の魂、竜族は冥界へはいかない、竜族の魂は神霊木のもとへと集い、大地へと還され、いつかまた竜族として生まれてくる。


 ふと、集う光の中に一つだけ違う光を見つけた。

 弱々しい魂の欠片。


 寿命を終えても生に執着し、死にきれない魂が稀に神霊木の葉や枝の間に欠片を残す事がある。

 普通は神霊木が時間をかけて浄化し大地へと戻すのだが、たまにこうして一つの塊として形作る事があるのだ。

 三大龍に相談し、彼らは新しい種族の龍として生まれ出でる。


『たとえ王が死しても生命は生まれるか』


 葉を揺らし、消えそうな光を懐に呼び寄せた。


『これは竜族の魂ではない? 一体どこから?』


 運命の分岐点があるとしたら正にこの時だった。

 この時神霊木が下した決断が世界の運命を変えた。


『……ここは命が巡る場所。この場所にお前が辿り着いた事にもきっと意味があるだろう』


 器を与える三大龍はいない。

 けれど、方法は知っている。


 命を紡ぎ、器を作る手段を知っている。


『竜族よ、我が愛しき子供達よ、この魂に祝福を、お前達の命を燃やしこの子を生かせ』


 神霊木の中で眠っていた数多の竜族の魂。

 そして竜族の王・黄龍の亡骸。


 全てを己の中に取り込んで混ぜ合わせる。


 遠き地で死んでいった英霊よ。


 人に、神に、裏切られた同胞よ。


 還っておいで。


 ここで一つになり、新たな命となれ。


 試みは成功した。

 金色の光をまとう赤子が生命の中心地で産声を上げた。

 その身に黄龍が持つべき全てを持って。


 ふいに風が騒ぐ。


『今度はなんだ?』


 神経を張り巡らし、近づく侵入者に警戒する。


『え?』


 近づくその気配は失われたはずの龍のものだった。

 静かに真紅の炎が近づく。


『ゼノス、か?』


 器を無くしても、強靭な精神力で魂を保ちながらゼノスは還ってきた。

 だが消えるのも時間の問題だというのは一目見てわかってしまった。

 疲れ果てたゼノスの魂、最期に故郷を、と戻ってきたのだろう。


『お前も死に逝くのか……』


 神霊木の声に驚きながらもゼノスが神霊木の根元を見た。

 そこには黄龍が赤子の姿で眠っていた。


『黄琅、黄琅!』

『それは黄龍ではない』

『だがこれは確かに黄狼だ、器も、魂の脈動も、力も全て』

『あの子はお主が死したと知り、その日の内に我に力と寿命を与え永久の眠りに落ちた。この赤子は迷いこんだ魂だ』

『バカな……』


 絶望に満ちた声。


『黄琅っ』


 触れる事すら叶わぬ愛しき者の眠り顔。

 悲しみのあまりゼノスの魂が一気に生気を無くす。


 そんなゼノスを見ながら、神霊木はある考えを思い立った。

 正しいか間違っているかなど考える余裕は今はない。


『自ら死した者の転生は遠い、何百何千、いや、何万かもしれぬ、それでも待つか?』


 静かな声がゼノスに問い掛ける。


『待とう、それがどれほどに長くとも、永遠の時があろうとも、この魂消えてなくなるまで何度転生しても待ち続けよう』


 ゼノスの言葉に神霊木が葉を大きく揺らす。


『それだけの覚悟があるならば、この子とともに待つがいい』


 これは嘘だ。

 偽りの言葉とてゼノスを現世に繋ぎ止める為ならばと、神霊木は嘘をついた。


『世界の命運を握る魂だ。黄龍が還るその日まで、この子とともに生き、辛き運命ともにしてやっておくれ』


 三大龍があってこその天上界、黄龍に続き、ゼノスまで失うわけにはいかない。

 赤子の魂を護る役目を与え、赤子の魂ともども器に入れてしまえば、ゼノスは無闇に消滅する事はできなくなる。


 ゼノスの魂を赤子の中に封じようと神霊木は心を決めた。

 もし運命の慈悲があれば、いつか黄龍と再会できる日が来るかもしれない。


『分かった』


 ゼノスは神霊木の言葉を信じ、黄龍が戻る時まで赤子と辛き生をともにする道を選んだ。


『小さき命よ、お前に名を与えよう。お前の名は聖者せいじゃだ』


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