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いろんな裏側

 寄宿舎のロビーで、休んでいたハピナを見つける。


 ちなみに私は、ジョセフとかち合わないよう裏口から入った。


 どうやら既に帰ったらしく、ハピナは他の学生に囲まれて椅子に座っている。


「大丈夫でしたか?」


「あの綺麗な男性はどなたです?」


「まさか、あれが噂のナイト様かよ?」


 みたいな一方的会話。


 それも、私の登場によってかき消されることになった。


「アルシャ……」


 もうなんともなさそうで、ハピナが私に気づいてやってくる。私のことが酷く気がかりだったのだろう。


「こっちは大丈夫だよ。また今度、ジョセフさんにお礼を言いに行こう」


 まだ不安そうにしているけど、笑いかけてやればへっちゃらだ。


「はい……。ただ、その……あの人達は」


「あぁ、あまり考えたくないだろうけど、マリオの奴が何か企んだんだろうな。何か、怒らせるようなことでも?」


 ハピナは少なからず気づいているようなので、少しだけ遠回しに聞いてみる。


 多分、私が気にかけているっぽいことを言ったのが裏目に出たのだろう。


「あの後、二人だけで会って話し合いました。悪い人とお付き合いがある様子でしたので、止めてくださるよう頼んだのです」


「そうか……。他に誰にも話してないよな? 奴だって大ぴらには動けないだろうから、私に任せておきな」


「えぇ、二人だけでしたし、誰にも話さないとも約束しました。あまり無茶しないでね、アルシャ……?」


「わかってる。今から出掛けてくるけど、ハピナも一人で出掛けたりしちゃダメだからな」


「はい」


 バラしていないのであれば、やられる前にやればマリオ程度止められる。


 いや、単に情報を集めて先回りするんだ。そして、ゴロツキを路地裏で痛めつけるだけのこと。


 正直なところ、手加減する方が今は難しいのだが。


 それでも人を殺すのは愚の骨頂だ。


 組織の下っ端どもがケンカで怪我をしたくらいなら、上の奴らはなんとも思わない。しかし、殺してしまうと泥を塗られたと思って大々的に動き出す。


 死体の処理は学生の私にとって難しい作業だ。人ひとりが消えるというのは、小さなコミュニティに置いて大きな変化でもある。


 よって、殺人は最も目立つ。


「ちょっと待ってください」


 返事を聞いたので、安心して行動を開始する。つもりだったが、ハピナがそれを呼び止めてくる。


 顔が近い。


「えっと、それって声を潜めなくて良い場所へお使いですか?」


「え、あ……いや、違うよ? まだ間に合ってるから」


 えぇ、はい、ホップ入り泡麦ジュースや発酵ブドウジュースを出すお店じゃないよ。ホントだよ?


「そうですか。アルシャも気をつけて」


「お、おうッ」


 ハピナに心配されるのもこっ恥ずかしく、私は準備のために外出許可を取り付けに向かった。


 さすがに学園内にまでやってこないだろうけど。


 最初に私が向かったのは、いつものスピークイージー(もぐり酒場)がある一角だ。


 同じ北側ということもあり、ハピナに言い当てられた時は焦った。言っておくが、本当にお酒が目的ではない。


 ルイヨーカー川に沿って上り、橋を渡った先の街である。中洲に立っていることもあり、ある意味で陸の孤島と言える。


 その名をアッカーム。


「……悪いな、急に呼び出して」


 酒場、表向きは菓子屋の軒先を借りて、私は旧友と話をしていた。元ストリート・チルドレン仲間もとい子分で、エドガー=ハーバーと言う少年だった。


 年は詳しくしらないが、それほど離れていないはず。


「暇してたから良いよ。何より、久しぶりのアルシャねーちゃんの頼みならね」


 昔から私のことを慕ってくれていて、一本目で立ち上げた組織にも加入してくれた。


 この七年間は、少し疎遠だったかもしれない。街中で見かける度に、近況を話し合うだけの仲になっていたかな。


 今回は巻き込まずに済むと思っていたというのに……。


「市保(当市の保安隊の略称)の長官知ってるだろ? その次男坊で、マリオっていうんだけど」


「あぁ、知ってる。マランツだけじゃない。下っ端から手当たり次第に金を受け取って、見てみぬフリしてる奴さ。おかげで、僕らが割を食う」


 エドガーもマリオのやり口には苛立っているみたいだ。組織を立ち上げた時も、一番反抗してたっけか。


 確かに、他のゴロツキどもを見逃せば別の場所で点数稼ぎをしなくちゃならなくなる。


 どこの組織にも属さず、力のないストリート・チルドレン達が餌食にされるのは目に見えてるってわけ。


 しかし、保安隊も犯罪者共も、こいつらの恐ろしさを知らない。犬も狐も入れない、ルイヨーカーという街の穴蔵を私らは熟知していた。


「次、どこの誰を動かして、どこで襲わせるつもりか調べて欲しいんだ」


「オッケー。できるだけ早くやるよ」


「助かる。わかったら校門の近くにサイン、話は同じぐらいの時間に南西の橋下で」


「まっかせといて!」


 手早く相談を終えて、私はエドガーと離れようとする。


 今日はそういう日なのか、またしてもエドガーに呼び止められてしまう。


「ねぇ、アルシャねーちゃん」


「何だ? 報酬なら弾むから心配すんなよ」


 付き合いも長く、これで二度目なのだから、満足する金額は知っている。


 最悪、敵に一泡吹かせられるならお金だっていらないだろう。


「いや……やっぱりなんでもねぇッ」


 呼び止めたクセに、言い放って駆け出してしまう。


「なんだよ……」


 歯切れが悪い態度に、ムズムズとする何かを感じて私も立ち去った。


 次に向かったのは、アッカーム南東の橋側にあるモレロ―座だ。この二地区は商業区となっていて、学生も出入りし易い。


 北の区は歓楽街になっていて、サルヴァ=マランツ率いる『骰上の娼婦(フッカーロウル)』が支配している。


 カジノと娼館がたっくさん、金と女と命が自由自在にやり取りされている最高に愉快な場所だ。


「ごめんください。ジュペッテさんの親友で、アルシャと申します」


 裏口から回り込み、通用口をノックしてスタッフを呼ぶ。


「あぁ、お嬢の? ちょうど休憩中だから上がって、上がって」


 気の良さそうな女性の団員さんが出て、私を楽屋裏まで案内してくれる。


 この流れは正直三度目だ。ジュペッテに会い、本を返して貰うついでに適当な衣装を貰う。逆か。


「やっほー! お嬢、お友達だよ~ん!」


 そんなに大声で紹介せずとも、ジュペッテらしき人物はこちらに気づいていた。


 燃えるような赤毛が禿頭の両脇に添えられ、白塗りの顔に丸くて大きな鼻。過剰なくらいの口紅が頬に伸びた姿をしている。ブルーとピンクが交互になった衣装も、ユーモラスながら忌避感を覚えさせる。


「やぁ、アルシャ。良い本だったねぇ。返して欲しいぃ?」


「クラウンのマネごとにしては、ずいぶんと上から目線だな。わかってるならさっさと返してくれ」


 女の子とは思えない姿だが、それでもジュペッテはノリノリで演技している。


 周りの人達の格好や、大道具やらを見た範囲で読み取る。


 二階にあるジュペッテの部屋までの、短い間では全てを見きれない。三度目とは言え、気にしていない時だってあったのだ。


 うーん……夢の世界を冒険するミュージカルかな? ちょっと生意気なキャラクターなんだろう。


 適役だと思わなくもない。


「登場は短いですが、主人公を夢の世界に閉じ込めようとする悪いクラウンですぅ」


「将来の大女優が端役とはね」


「私なんてまだまだヒヨッコですからねぇ。こっち、ついてきてくださいですぅ」


「そっか。暇があったら観に来るよ」


 階段を登って、モレロ―家の住宅側へとやってくる。


 変に見回すのも失礼なんだが、本当に住宅なのだろうか? いや、だってね?


 白と薄緑のストライプ模様であろう壁紙が見えなくなるほどに、劇団の皆が描かれた絵画、または写った写真が飾られている。順番に眺めていくと、劇団や人の移り変わりが良くわかる。


「凄い数だな……。これは、ジュペッテのお母さんか? そっくりだな」


「フフフッ」


 なんだ、今の笑い……。褒めたんだよ、一応?


 そして途切れたかと思えば、薄い白のシートが被せられた塊が並ぶ。


「これは?」


 問いかける。


「衣装ですよぉ。これまで使ってきたもの、ボツになったものぉ」


 答えてくれる。


「へぇ。大事にしてるんだな、いろいろ」


「えぇ、全部、家族との思い出であり、大切な持ち物なんですぅ」


「もう、使わないのか?」


「欲しいのですぅ? 大事に使ってくれるのでしたら、お譲りしますよぉ。流石に、いっぱいいっぱいですからぁ」


 衣装を一つ貰う程度ならば、必要のない会話だった。


 しかし、ルート一本目は蜂の巣になったので捨てた。


 二度と会うことはなかったから、どんな反応があったのかは知らない。


 二本目では、ダメになってしまったことを謝った。


 その時ジュペッテは許してくれたものの、一瞬悲しそうな顔になったのを覚えている。


「ごめん……」


 大事な物なのだとわかり、今になって私は小さく言った。

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