危険な男
帰り支度を終えて、私は席を立った。
ギーッと扉の閉まる音を背に、一人でテクテク歩いて昇降口へ到着する。
少し時間をずらしてみたものの、相変わらず一所に人集りができているではないか。
「またやってる……」
ボヤくように溜め息を吐いてから、私はそちらへと近づいて行った。人混みが捌けていかない理由は、それが男子生徒の塊だからだろう。
十数人の男衆の中心に居るのはハピナだ。
「えぇっと、そういったことには答えられません。まだ、詳しいことは考えていなくてですね」
男達のくだらない質問に、ハピナは曖昧ながらも丁寧に返していく。
昼間のことで、聞き耳を立てていた奴が触れ回ったんだろうな。
ハピナは、こうした質問攻めに対応するのが下手だ。男性に対して慣れていないから余計に。
「お前達には関係ないだろ」ぐらいのことを言って、タッタッと歩き去れば直ぐに諦めるのだ。
肉食獣が逃げる標的を追いかけるように、はっきりしない返答はメディアに追及される。全部を暴露するか、何も答えないことを心に決めてかからなければいけない。
「はいはい、散れ散れぇッ」
人混みに割り込んでいき、デコピンで弾いていく。
普通に指を弾くと、男共の頭が陥没骨折する。だから指の屈伸運動だ。単なる、屈伸運動だ。
「指の動きが、卑猥ですぅ……」
男衆に混じっていたジュペッテが、ウゲェって顔をして下がってゆく。
野次馬根性も大概にせぇよ?
「ほら、行くぞハピナ」
「う、うん……。ごめんなさい、皆さん」
私が引っ張って連れ出すも、相変わらず男衆にペコペコと頭を下げている。
さっさと距離を取り、校門を潜った。寄宿舎へ向けて歩いた。何故か後ろに、ピッタリとジュペッテもついてきていた。
その途中のことだ。
「なぁ、ねぇちゃん達よ。少し俺達に付き合ってくんないかな?」
学園を門前に、堂々としたナンパである。
いや、ナンパにしては人数が多すぎる。あまり視線を向けられていないジュペッテも合わせて、三人に対して男六人はおかしい。
風体もあまり整えているとは言い難いし、どちらかと言えば強面だ。
「私が一人相手して、ハピナ達二人で2.5人分ずつでどうよ?」
「え、えっと……アルシャ、私達ケンカは全く……」
「こんな人達、お一人分でも嫌ですぅ。さっさと逃げるですぅ」
「あいよッ」
その場を和ませるつもりのジョークは、ジュペッテにしか伝わらなかったみたいだ。まぁ、私がそんなことさせないけどな。
例え、この力のことがバレるとしても……。
いきなり背中からズドンッとやられる可能性はないだろうし、振り返ってスタコラサッサしようとした。適当に撒いて、遠回りに戻ってこれば大丈夫だろう。
しかし、回り込まれてしまっていた!
「うわッ、後ろにもいやがったですぅ」
「これで八人……準備がよろしいことだな」
二人の男が追加され、逃げ場を完全に失った。
周りで見ていた他の生徒達は、我が身が大事のようである。関わり合わないよう、学校を囲う壁や物陰に隠れている。
そそくさと逃げていく奴まで居る始末だ。
普段は取り巻きですと言わんばかりの態度なのに、こんな時には役立たない。
後方の二人を倒しさえすれば、ハピナとジュペッテを逃すことができる。そうすれば、他の奴らをぶっ飛ばすことができる。
「そっちの帽子の嬢ちゃんは、用が無いんで帰って良いぞ」
そんなことを男の一人が言った。拍子抜けした様子のジュペッテが私達を見た。
無関係な人間を巻き込まない、その精神は認めよう。
「良いよ。行って誰かを呼んできて」
友を、意外なことに親友だと思っている私達を、見捨てて逃げるのが憚られたのだろう。
私に背中を押されて、申し訳なさそうに男達の間を抜けていく。
これで少しは力が振るいやすくなった。
「さて、あんまり乱暴はしたくねぇんでよ。大人しくついてきてくれるかね、お嬢さん達?」
これまでの態度から考えて、単なるナンパではない。市議の娘とわかって、誘拐にきたというのも違う気がする。
ここで、ハピナが恐る恐る口を開く。
「もしかして、マリオさんの……?」
「なッ!?」「にッ!?」
私と男達の声が重なる。
男達が、悪徳保安隊員にそそのかされたのは正解みたいだ。
今回は関わらずに済むと思っていたのに……なんで!? いや、詳しくはこの状況をなんとかしてからだ!
「悪いけど、お誘いに乗ることはできないぜ」
ハピネを庇うように立ち、丁重にお断りを入れる。
「チッ、子供だからって優しくしてもらえると思うなッ!」
気長に話し合うつもりはないらしく、力ずくに移行してきた。
堪え性のない奴め。
ここ数日、一杯も飲んで無いから自制が利かないぞ?
嗜虐性が鎌首をもたげる。虐殺の宴が今始まる!
しかし、それを止める声があった。
「そこまでにしておくと良い」
振り向けば、六人側の背後に男が佇んでいた。
艶のあるロングヘアーや整った細面は、まるで女性のようでさえある。氷の彫刻を思わせる冷たさも携えている。
ピシッと漆黒のスーツで決めた姿でなければ、間違えてしまったかもしれない。
「あぁッ? なんだ、てめぇは! ハッ……」
スーツの男性へと食って掛かるゴロツキ一名。すぐに、口をつぐむ。
冷ややかにして冷酷な視線に晒されて、物申せる奴はそうそう居ないだろう。
「プロフ、さん……? どうしてここに?」
ハピナが助っ人の名前を呼んだ。
本当に、なぜジョセフがここにいるのか。
「所用で宿舎の方に来ていた。偶然、困っている様子のレディ達を見かけたわけだよ」
「昨日のパーティーですね。料理は宿舎の厨房にお願いしたのでしたね」
一応、単なる偶然だとわかり安堵する。
「おいッ、人を無視してんじゃねぇぞッ!」
もはやどれがどの男かわからなくなった奴が、自己主張激しく怒鳴ってきた。
それを制止する別の男。
「やめとけッ。こいつは……」
ボソボソと耳打ちすると、男共は何かを察したように逃げ出してしまう。
あぁ、やっぱりコイツらサルヴァ=マランツかフランク=スカリスどちらかのところの下っ端か。
どちらも、ルイヨーカーの裏っかわを取り仕切る組織だ。
ジョセフを含め、三大組織と呼ぶ。
「た、助かりました……」「おっと」
「大丈夫かい? 宿舎まで送ろう」
力が抜けて膝を着きそうになるハピナを、私とジョセフが支える。
冷たい瞳が、私の方を見つめる。流し目が怖いが、安否を確認しているのだとなぜかわかる。
「あぁ、私は大丈夫。こっちの騒ぎの説明役が必要だろうし、ハピナのことは任せるよ」
あまり近くに居たくはないので、二人だけで向かわせることにする。
「そうか。まぁ、俺は医者ではないので、信用に足る君に任せたいところだが」
言って、ハピナに介添えして行ってしまう。
後でちゃんと様子を見に来いってことか? 重要な顧客の娘って意識はあっても、重視はしていない感じだな……。
私は、戻ってきたジュペッテや教師達に事情を説明した。
掻い摘んだものだから、後は周りの生徒やジョセフの話を聞かないと、「暴漢に襲われたけど知り合い男性の介入で無事だった」だけになるだろう。
ジュペッテなんかは、私が謙遜しているのだと思って「もう、恥ずかしがっちゃってぇ。ナイト様ぁ」なんて言ってきやがるの。
やや遅い目だと思ったら、私がゴロツキ共を千切っては投げするのを待ってたな!
呆れ果てた奴だな。なんとかするつもりだったし、結果オーライとは言えってもだ。流石にイタズラが過ぎる。
「それがハピナの親友のすることかよ?」
「おーっと、私は家事手伝いのため失礼させていただきますぅッ」
「あッ、待て! っと、私も外出許可取らないと時間が無くなっちまう……」
怒ろうとするも、ジュペッテは悪びれた様子もなく逃げてしまった。
家の興業があるからと、前もって許可を取っていたのだろう。私も、急いで寄宿舎へと戻る。
門限破りで外出できなくなれば、後手に回ってしまう可能性だってあるからな。




