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原因:強すぎた

「じゃあ、行きますね。何かあったらいつでも呼んでくれて良いですから」


「はいはい、わかってるって。心配性だなぁ」


 念を押してくるハピナを、苦笑を浮かべて見送る。


 出ていったのを確認すると、適当な用紙にメモを取り始めた。


「……最大のキーは、マリオじゃなくてあいつだ」


 私が犯罪者へとドロップアウトせず、抗争に至らなければ大丈夫というわけでもない。


 酒の密造・密売が行われている以上、保安隊はどこかで取り締まらなければならない。


 二度目のレールの先では、フランシズがガサ入れに向かった密造酒工場をジョセフが取り仕切っていた。


 しかしマリオのリークにより、フランシズは罠にハメられて命を落とす。そして、ハピナが後追い自殺をする。


「なんとかしないと、またどこかで関わってくる……」


 確信を持って、そう言える。


 私が二人の死に間に合わなかった理由にも、ジョセフとの確執があったからである。


 マリオが送りつけてきた『犯罪ギルド』の面々を、私がぶっ倒したことに起因する。


 正体こそバレていないはずだが、疑われていたのは確かだ。


 そして私は、ゴロツキ風情の奴らをやっつけたところを暴行容疑で捕まってしまった。正当防衛として釈放されるはずのところを、ジョセフが書類の処理をわざと遅らせた。


 結果、先述の通り二人の死に間に合わなかった。


 ゴロツキ風情とは言っても、犯罪者ギルドという組織の人間を小娘が一人で病院送りにしたのだ。迂闊だったと言わざるを得ない。


 しかし、犯罪の相互扶助を目的としたギルドの刺客だけにやり手だった。手加減して勝てる相手じゃないって私にだってわかった。


 だから、力を入れ過ぎて殺す寸前までいってしまったのが拙かった。


 その結果が、もう一度やり直しという現状だ。


「強すぎたから振り出しに戻るって、どういうことだよッ!?」


 力を振るい、それだけで解決しようとしたがために、私は失敗することになったらしい。


 生まれつき持っていた強靭な身体能力で、切り開いた未来は正解ではなかった。


 悔し紛れにベッドへと体を投げ出す。


「あー……もぉ、どうすればあいつを止められるッ? 組織の(おさ)としても、腕も、頭も、ピカイチなあいつの弱点……」


 メモ用紙を破り捨て、声を荒げた私。


 マリオを病院送りにしても無駄なのは、二本目でわかった。なまじジョセフを抹殺したとして、犯罪者ギルドの報復を受けて終わる。


 頭脳の冴える、部下に慕われた辣腕の化物は私の前に立ちふさがっていた。


 天井を見上げて考えたところで、完全無敵のジョセフに勝つ(すべ)などみつからない。


 クソッタレと、心の中で雑言を吐き捨てる。


 考える。自分の頭の悪さに辟易する。答えが出ない。どんな手を使っても出し抜ける気がしない。


 かんが……え、る。


 気がつけば玉のお肌がツヤツヤの寝不足だよ!


「ふわぁぁぁ~って……もうこんな時間か。パーティー、終わっちまったなぁ。なんにも思いついてないのにさ」


 月明かりの差し込む部屋でポツリと呟く。


 時計を見れば、全ての針が頂点を刺そうとしていた。ハピナあたりが気を使ったのだろうが、ちょっと寂しいと思った。


「今から作って貰うのも迷惑か」


 どうせ宿舎の台所も閉まっているだろう。


 空腹も感じていないため、私は夕食を諦めた。


「まぁ、また、考えてりゃ寝られるさ……っと、この格好は拙いな」


 服を着たままだったのを思い出し、今更感はあれどもシワにならないよう片付ける。僅かな明かりを頼りに、虚勢と虚構の自分を一つずつ取り払っていく。


 おっと、見せられないよ?


 さっぱりと薄い布切れになったところで、またベッドへ飛び込んで夢の世界だ。


 まぁ、一人で考えてダメなら、明日にでもハピナに相談してみ、よ……う。


「遅刻、遅刻ッ」


 朝になり、大慌てて寄宿舎を出た。


 なぜ人は寝過ぎると余計に眠くなるのだろう?


 そんな、解決しない人間の性に付いて考える。


 なので、寝すぎて時間はギリギリになる。お風呂に入り忘れていたし、髪の毛のセットもイマイチだ。元から外ハネグセの強いダークブラウンのボブカットなのだから、気にしなくても良いだろうとは言わないで欲しい。


 私だって女の子なんだぞ! きつい吊目もふやけて、つぶらになった猫目からポロポロ涙が出ちゃうッ。


 え? 女の子は二階の窓から飛び降りたりしない?


「どっこらせぇ! もぉ、ハピナも起こしてくれればいいのにッ」


 着地からほぼノータイムで校舎へ向けて駆け出す。あくまで控えめに、誰かの気配を察知すれば直ぐに早歩きへと切り替えられる速度を維持する。


「間に、あった。ハァ、ハァ」


 始業の鐘ギリギリで教室へ駆け込むことに成功した。さも、平均的な女の子の運動能力を演出する。


 大根役者ですまないねぇ。


「一限目から数学かぁ」


「ほら、アルシャ。早く座らないと先生に怒られてしまいますよ」


「そう言ってぇ、なんで起こしてくれなかったのさ?」


「ごめんなさい。起こしに行っても返事がありませんでしたから……。このまま来ないようなら、病欠ということにしようかと」


 自分のミスを棚に上げるも、心優しい気遣いがあった所為で余計な心苦しさを負うことになる。


「そ、そう……。ごめん」


「いえ。でも、元気そうで良かったです」


 私の文句などものともしない笑顔が返ってくる。


 いかん、笑顔が眩しい! ハピナには敵わないと、自覚する今日このごろ……。


 かったるい授業を数時間も受ければ、昼を知らせる鐘が鳴る。


 キンコンカンコン――。


 全学年の生徒のほとんどが、がぞろぞろと寄宿舎の食堂へと入っていく。その姿は、アリ行列を彷彿させる。


「ウズウズ。ウズ……ウズ……」


「ほら、もう直ぐですから。アルシャは食いしん坊ですねぇ。あ、昨晩から何も食べてないんでしたっけ?」


 童心に、いろいろとイタズラしたくなる魅力。私にはそれができるから、尚(たち)が悪い。


 そんな欲望を、ハピナに気づかれていないのは幸いだ。


 昼食にはハピナと相談する機会はあったものの、同時にクラスメイトも多くて話題にする気は起きなかった。


 人気者の姉を持つと辛いね。


「わいわい」「がやがや」


 女同士の集まりであれば私は、ハピナの直ぐ側にいながらも物置のようになる。


 下手に存在感を出しても、後々面倒臭いからである。


「いったい、何様のつもりなのかしら? 自分も、ルチアルノの人間だとでも思っているのかしら?」


 とか。


「ただお情けで拾って貰っただけの、引き立て役のクセに」


 とか。そういう悪口が聞こえてくるのも、今ではもはや気持ち良いものさ。


 ハピナには聞かせたくないから、私は食事中の会話を常に控えている。彼女も、食事中のおしゃべりが好きじゃないのだと、思ってくれているはずだ。


「いやいや、私としてはナイト役だと思うんですよ。姉妹でありながら守る側と守られる側として、禁断の愛。ウヘヘッ」


 食事中なのに、何故か一人で妄想に耽るクラスメイトがいる。


 単に、昨日のようなパーティーを頻繁にするのかとかいう話だったはず……。そこから、私の立ち位置の話になったんだっけ?


 一歩後ろに控える姿をどう捉えたのか。


 そして、使用人だ執事だとくだらない意見が出る中、(くだん)のクラスメイトは先のように答えた。


「何を言っているんですか、モロレーさんッ」


 ハピナが、その()の肩を(はた)いてツッコミを入れる。


 ジュペッテ=モロレー。ルイヨーカー市にあるモレロ―座が座長の娘である。


 ウェーブのかかったブルネットのボブヘアーに、巻き上がったツバの短い帽子を重ねている。黒真珠を彷彿とさせる瞳を持ち、普段は垂れ気味になった目元がチャーミングな女の子……のはず。


 美貌であればハピナに肩を並べる反面で、性格が今ひとつとっつきにくい。


 本人も舞台女優を目指して鋭意邁進(まいしん)中だ。


 私としては、女優よりも脚本家や映画監督の方が似合っていると思う。


「むぅ? これは、以前までとちょっと反応が違いますね。もしかして、本当に王子様を見つけちゃいました?」


「そ、そそそ、それは!?」


「見てましたよぉ? 金髪の二人のどちらかですよねぇ?」


 図星を突かれて慌てるハピナに、ジュペッテが容赦なく冷やかしを入れる。


 演技っぽさを感じさせる間延びした口調で、追い打ちを重ねていく。性格が悪いとまでは言わないものの、個人の表層くらいには容赦なく踏み込んでくる。


 しかし、途中で飛び出して行ってしまうので付き合い難いということはない。


「も、もぉ、止めてくだ」


「おっといけない。レポートの提出期限を忘れていました」


「あっらぁ~ッ」


 二度目の叩きを綺麗に透かされている。


 というか、ひと月も前のレポートを今更……。私が貸した参考用の本、ちゃんと返せよ?

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