37話 皇都の朝日
お風呂はお湯総入れ換えの上で焚き直しとなった。
お風呂が少し遠退いた男性陣には本当に申し訳ないと思う。
そして、お風呂が焚き終わるまでルカは私に延々と私に私自身の危険性を説いていた。
それによれば、
「私がアンナさんのとこで体験したように、魔術は周りを威圧する効果がある」
「というか魔力を扱えば少なからず周りを威圧している」
「威圧の効果は流す魔力量に比例し、対象との距離に反比例する」
「ルカが見たところ、魔術は感情による触れ幅があり、今回のような喜びの感情は魔術がおおきくなりやすそうだ」
「魔術の威圧効果は魔法を用いたときよりも大きいらしい?」
「その理由として、魔術を用いているときは魔物に近い(?)からじゃないかと思われる」
「まぁとにかく私が魔術を本気で使ったときはヤバい」
などということらしい。
えっと、つまり私がいつぞやのアンナさんみたいになったということだ。あれはホセアさんのお父様が帰宅してきたときだった。その存在を察知したアンナさんが全身に魔力をみなぎらして、意気揚々と1階まで迎えに行ったのだが、私にとってはアンナさんが急に怖くなったように感じ、パニックになっていた。
まぁ確かに、あの怖いアンナさんがすぐ真っ正面にいれば失禁や失神をしてしまうほどかもしれない。エミィさんにはその場ですぐに謝り、ユリアさんには目を覚ましたら謝ろうと思う。お風呂を整え直さなければいけなくなったデリアさんと、男性陣にも改めて頭を下げる。
幸い、みんな笑って許してくれた。ただし、何人かの表情はひきつっていたが。
一夜をエトムントさんちで過ごした朝。
昨日は魔術を本気で使って疲れていたためか、はたまた貴族のベットが良かったのか、とてもいい目覚めである。東に備えられた窓からカーテンを通過して朝日が私に降り注いでいる。
起き上がって少しだけ窓を開けてみる。風景としてはこれまで歩いてきた代わり映えのしない山と、ポルトの町のような家々が並ぶのみだが、僅かにざわめきが聞こえる。
やっぱり人が多いだけあって朝から活気に溢れているらしい。風も爽やかとはちょっとちがう、独特な感じ。でも嫌な感じじゃない。皇都の空気に十分触れて満足した私は、しっかり窓を閉める。
私は寝泊まりした客人用の個室から出て昨晩夕食を食べたリビングへと向かう。
とっても居心地がいいお部屋なんだけど、何分豪華そうなものがあちこちに飾られていて落ち着かないし、うっかり壊してしまわないか心配なのだ。リビングなら壁際に数点しか飾られていないから、おとなしく壁から遠い席に座っていればそんな心配はしなくてすむだろう。
「ユヌ様、おはようございます」
「あ、おはようございます、デリアさん」
「ぐっすり眠られたようで何よりです。只今ユリアが朝食の準備をしておりますので、どうぞお掛けになっていてください」
リビングに入るとデリアさんが部屋の装飾を入れ換えていた。なんでも、今日の早朝にエトムントさんの指示を受けて装飾を変えているらしい。「入れ換えを客人にみられてしまうとは従者としては失格ですね」とデリアさんが呟いたので心配したが、エトムントさんはそこら辺適当だから大丈夫だろうとのこと。
「それにこれはホウズィーア様に向けてでしょうから、問題になりそうなのはホウズィーア様に見られたときだけですね」
そう言いながらデリアさんが包みから取り出したのは、先程までそこに飾られていたようなお皿ではなく、1枚の絵だった。
黒い背景に一筋の天が線を引き、その下に柔らかいタッチで白い小さな草花が咲き乱れている絵だ。可愛らしく、そして儚い花。
「……マイオソティスだ」
「はい、少し前に売りに出されたマイオソティス45連作の内の一品です。皇都では随分と人気だったのですよ。たしか題は……」
「『一なるキミへ ~輝く夜~』です。たしか」
その花、いや絵に見覚えがあった私は思わずその題名を言い当ててしまう。
デリアさんは即答した私に驚き、そしてその題が絵の隅にその通りに書かれていることを確認して二度驚いた。
「驚きました、ユヌ様はよくご存じですね」
「えぇ、まぁ。書いているところを見てましたし」
そう、これは兄さんの絵だ。兄さんの絵のほとんどは行商の人たちに売り渡した。それが日記帳の中での兄さんの要望だったから。
あとは村に数枚、そして石に閉じ込められたものがあるだけ。
無意識のうちに、私はいつも首から下げているその特別な石を服の上から握っていた。
「この絵の作者様とお知り合いなのですか? 失礼は承知ですが、ご紹介いただけたりは……」
「できません。……もう、できないです」
私のその言い回しに何かを感じ取ったのだろう。
デリアさんは言葉を何か発しようと口を開きかけて、そして閉じた。
「ねぇね、もうすぐご飯できるー。ご主人たち呼びに行っ――あ、えっと、ユヌ様おはようです」
ちょっと気まずくなり始めたところにタイミングよくユリアさんが厨房からやって来た。部屋に入ってきたときはだらりとした口調だったが、私がいることに気づくと背筋を伸ばし、ハキハキと喋り始めた。素のユリアさんから従者のユリアさんに早変わりだ。
「はい、おはようございます、ユリアさん」
「それでは姉様、よろしくお願いします」
「えぇ、わかりました。ユリアこそお料理の盛り付けをお願いね」
その言葉にユリアさんは頷き、また厨房の方へと行ってしまう。
デリアさんも手早く装飾の包みを片付けて、部屋から出ていってしまった。
一人残った私は静かに絵を見つめていた。
あ、朝食はもともと宿泊料金に入っていたのか、追加料金なしで美味しい食事にありつけた。また魚尽くしで、私は特に白身魚を単純に塩焼きしたものが好みでした。




