18話 戻ってきたブルーノ家
ブルーノ邸に戻ると、1階部分の雑貨屋さんでホセアさんが店番をしていた。
最初に来た時とは違って明かりはついているが、やはりお客さんは見当たらない。
「ホセアさーん、ただいま戻りましたー」
「お、戻ったか。今お袋が上で夕飯の準備しているから、まぁ、上に行ってくつろいでな」
「わかりましたぁー」
「それじゃあ上がらせてもらいます、店番お疲れ様です」
「ははは、お袋の相手よか店番の方がいい」
そういうホセアさんはちょっとやつれているように見えた。
どうにもアンナさんが苦手なようだ。
「あらあら、二人ともお帰りなさい。御飯の準備が終わるまで、もう少し待っててね」
アンナさんはぱたぱたと忙しそうに台所を飛び回っている。
鍋でお肉を煮込んでいるのだろうか、コトコトという音が台所からわずかに聞こえ、2階には脂のいい匂いが漂っている。
横にいるルカの目が心なしか輝いて見える。ルカは毎日塩分たっぷりの干し肉に不満そうだったから期待しているのだろう。
ただただ待ってるのも申し訳ないような気がするので、何か手伝えることはないか聞いてみようか。
「アンナさん、何かお手伝いしましょうか?」
「いいのいいの、二人はホセアのお客さんなんだから、座っていてちょうだい。あ、そうだわ。二人とも、嫌いな物ってあるかしら?」
「……すいません、俺は辛い物全般がダメです」
「私は特にないでーす」
「そう、なら今日の献立は大丈夫そうねぇ」
そんなえり好みとか贅沢できる生活じゃありませんでした。最初は苦手に感じても、もう一度食べれば大体慣れる。
手伝いが拒否されてしまった私たちは仕方なく、椅子に座って待つことにした。
……何もすることないなぁ。
先ほど作ったギルドカードを取り出してみる。子供の私の手と同じくらいの大きさの鈍色の金属板に、私の名前、性別、生年日、そしてポルトで今日発行されたことが書かれているだけの物だ。
裏返してみても何も書かれていない。確かランクが上がったり、功績をギルドから認められると裏側に印が刻まれるんだっけか。
「あら、ユヌちゃん、冒険者なの?」
声に気付いて顔を上げると、台所からアンナさんがこちらを覗いていた。
「はい、今さっき冒険者になってきました」
「あらあら、そうなのね。懐かしいわぁ」
「懐かしい?あ、ホセアさんが元冒険者でしたっけ」
「それもあるんだけどねぇ、私も冒険者だったのよ。成人したときに登録してね。だけど結婚して子供もできたら、依頼がこなす時間がなくなっちゃって。まぁもういろんなところを旅する必要もなくなったからいいんだけど」
アンナさんは昔旅をしていたのか。
今40半ばらしいアンナさんが、15歳の成人したときに登録したということだから30年前のことだろうか。結婚して辞めたと言っているってことは……アンナさんは40半ばで、ホセアさんがたぶん20代だと思うから、アンナさんは10年くらい冒険者として旅をしていたのかな?
そして旅する必要とは何だろう。
「へぇ、そうだったんですか。私、アンナさんの旅のお話、是非聞いてみたいです!」
「あらそう?ふふ、そうれじゃあ夕ご飯を食べたら……」
と、そこで突然アンナさんの口が止まる。
目を鋭く光らせ、1階へ続く階段のある扉へと視線を向けている。
何事かと私が注視している先で、調理の火を落とし、今まで見たこともないほど真剣な顔で台所から出てくる。
「あ、アンナさん、どうし――」
「ユヌちゃんはここで待ってて」
「は、はひ!」
有無を言わせぬ口調ですごく怖い。
何があったんだろ、さっきまで楽しげに談笑していたアンナさんはどこへ行っちゃったんだろ、アンナさんから感じる威圧感が私の心をかき乱す。アンナさんは歩を進め、階段へと続く扉を開けて下へと降りていく。
姿が見えなくなると、私は威圧感から解放される。
「どどどどうしようルカ!」
「はいはい落ち着け落ち着け。ほら、深呼吸だ」
「う、うん」
すうぅぅぅ、はあぁぁぁ
「大丈夫かー?」
「ちょっと落ち着いた。で、でもアンナさん急にどうしたんだろ、すっごく怖かったよ、魔物が攻めてきたのかな、でも人の居るところ、それも町を襲う魔物なんてここらで聞いたことないし、でもでも、冒険者だったアンナさんがあんなになるくらい強いのなんて来たらひとたまりもないよね、そ、それなら逃げた方がいいよね、そうだよ、逃げようルカ!」
「全然落ち着いてねぇじゃねぇか!」
「ひうっ。で、でも、逃げ、逃げなくちゃ」
「いいか、俺は魔力お化けだぞ、まずそんな魔物が来てたら俺が真っ先に気付く!あと、あんくらいの威圧でビビるな!」
「でもぉ……」
「言っとくがな、昔お前とマジで喧嘩したときよか怖くねぇからな!俺、あの時は少しちびったんだぞ!?」
「え?」
「あ」
ふーん、そうなんだー。
「ゴホン。ともかくもだ、お前が心配することじゃない。たぶんアンナさんは―――」
と、そのとき。
階段の方から「あなた、おかえりなさぁーい!」という声が聞こえてきた。
アッハイ、そういうことですか。




