11話 美味しいもの
「私、気づいたんです。お腹が減っているときに食べるご飯ってすごく美味しく感じるんです!」
「はぁ」
「ですから、一度限界までお腹を空かせようと思いまして、わざと2ヶ月くらい何も食べずに放浪してみようって思い立ったんです」
「えぇ……」
美食がこじれてしまったようだ。
あんまりなその発想に私は頭を抱えた。
長いこと話を聞かせてもらい、今はもう日が沈んで天が空を二分するように輝いているのみだ。
ルカもホセアさんも先に寝るといって私たちから少し離れた位置で寝袋にくるまっている。
シャルさんと私は焚火から少し距離をとった場所に並んで座っている。
「しかし空腹とはなかなかに耐え難い物でした。そしてまだ1ヶ月程しか経っていないというのに、私は動く力がなくなってしまったのです……」
「そこに私たちが、っていうことですか」
「ええ、本当に助かりました」
「いえいえ、ただ通りがかっただけ……ふぁあ」
あ、思わず欠伸が出てしまった。
うー、ちょっと恥ずかしい。そっか、普段ならもう寝る時間か。
でもシャルさんまだまだ話したりなさそうな顔してるんだよなぁ、もう少し起きてようかな。
「あら、おねむかしら?ごめんなさいね、久々におしゃべりできてつい時間を忘れてしまいました。これで私の話はおしまい、どうぞお眠りになってください」
「ぅん、そうさせてもらいます……おやすみなさい……」
急に大きな眠気がやってくる。
私はおぼつかない足取りで自分の寝袋に入ると、すぐに意識を手放した。
――――――
燃える薪が辺りを照らす中、一人の女性はつい先ほどまでお話をしていた緑髪の少女が寝袋に入る様子を見ていた。
即興で考えた物語の披露会は思わず時間を忘れる楽しいひと時だったが、私の都合で起こさせておくのは忍びないというものだ、と女性は思う。
伸び盛りな年ごろはよく眠らなければ。
やがて寝袋に入った少女が寝息を立て始めたことを確認し、口を開いた。
「いい加減寝たふりは飽きませんか?もし今夜は寝ないということでしたら、お話をしませんか?」
時間を忘れるほど話していたのに、女性はまだまだしゃべり足りないらしい。
問いかけに返事はない。
女性は少女と話していた時とは違って丁寧に、言い換えれば壁を作る口調で問いかけ続ける。
「もちろん今までずっと展開してらっしゃる魔法もすべてそのままで構いません。いえ、むしろ増やされてはいかがでしょう。あら?動揺されましたね。魔力が少し揺れてますよ」
「……何が目的」
3つの寝袋のうち1つから、すっと影が立ち上がる。
女性はこの銀髪の少年の名前は何だったかなと思いつつ、焚火の脇で立ち上がった。
そしてゆっくり両手を挙げて戦闘の意思がないことを示す。
「聞いていらしたのでしょう?美味しいものを食べるための放浪、です」
「美味しいものって?」
「ふむ、ばれているようですし隠す必要性はないですね。もちろん、そこに寝ている少女のような方ですよ」
女性がそう正直に告げると、銀髪の少年は待機させていた数十の魔法を一斉に解き放つ。寝ている彼女らに気を使ったのだろう、光らず炸裂音もさほどしない風の刃が、対象を細切れにせんと四方八方から来襲する。
しかし女性が目配せをすると、ある地点で何かに阻まれたようにその動きが止まり、さらに無理やりかき乱されて消えてしまう。
「お若いのに素晴らしいですね。私の障壁にぶつかっただけで霧散すると思っていました」
「楽々と対処されちゃ価値ないんだよなぁ……クソ、あれ防げるのかよ」
「年の功ですよ。私と同じくらい長生きし精進されれば、私以上の魔法は使えると思いますよ?その魔力は私の好みではありませんが、稀有なものですから」
今のやり取りのせいか、女性からは昼間とは比べ物にならない魔力が漏れ出ている。
対する少年も魔力は放っているものの、女性には及ばない。
「やっぱ昼間の魔力はフェイクか」
「えぇ、まぁ。あの魔力でドラゴンあたりが釣れないかなーと思っていたのですが、ドラゴン以上の食材がやってきたのですからね。興奮を隠せません」
「ドラゴンが食べ物かよ……」
そういう少年には焦りの表情が浮かんでいる。
ドラゴンを実際に見たことはなくとも、伝説がいくつも伝わるドラゴンを超える相手ともなればその焦りは必然であろう。どうにかしてこの状況を潜り抜けねば、自分たちは食料になってしまうかもしれないと恐れおののく。
などと考えていると、どうしたことだろう、女性は魔力を収めていく。
「まぁまぁ、私は美食家です。食へのこだわりの一つとして、対象を傷つけないというものがありまして。先ほどの発言では誤解を招いてしまったようですが、その少女をじかに食べるわけではないのですよ」
そう言って女性は屈む。
それを見た少年は即座に、抑止力にはならないであろうが、しかし自己主張として新たに数多の魔法を待機状態にする。
女性はそんなことには一切の興味を示さず、やがて地面に落ちていた長い緑色の髪をつまむ。
そして少年に見せつけるようにして髪を口に入れ、食べた。
「いやはや、本当に美味しい魔力です。この属性純度の高さは初めてです。やはり混ざり物よりも高純度の方がおいしいですねぇ。これでなぜ魔法使いでないのか不思議なくらいです」
「……ユヌは発散機能障害なんだよ」
「あぁ、なるほど。それで素手使いですか」
女性は少年と会話しているが、しかしその目線は地面に向いている。そして落ちている緑髪を見つけるとそれを口に運んでいる。
「ふむ、あともう少しくらい落ちていたと思うのですが。少年、探すのを手伝ってください」
「……勝手に探してろ。あと俺はルカだ」
「では一人で探すと致しましょう。じゃあおやすみなさい、ルカさん」
声をかけられた少年は不意に欠伸をする。
その様子を目の端で確認した女性は小さくつぶやく。
「ここまで強度を上げれば、これだけの魔力持ちにも効きますか。ふむ、なかなか便利です」
そしてうとうとした様子の少年は寝袋の中へと入っていく。
どうやら危険がなさそうだと判断したのか、はたまた目を見開いて地面を這う女性を相手にするのはアホらしいと思ったのか、それとも――
先ほどまで険しい顔で警戒していた少年は安らかな寝息を立てている。




