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八章 噴水の下で



『何してるのあんた達?』


 声に気付いて目を開ける。ディーさんに膝枕された僕を、ルウさんが呆れ顔で見下ろしていた。

 エレミア唯一の広場、その中央に作られた噴水。飛沫とまではいかないが、辺りに立ち込める冷気がオーバーヒートしかけた身体を優しく冷やしてくれる。

『俺のマラソンに付き合ってて、いきなりぶっ倒れたんだよ。ちょっと速く走り過ぎたかな』

『そうね。あんたの全力疾走にそうそう付いていける人間なんていないわ』

 しなやかな指が僕の額に触れ、あ、機械だから熱いのはエンジンか、と呟いて引く。

『大丈夫、クレオ?』

『はい。心配掛けて済みませんルウさん。もう少し落ち着いたら屋敷に帰ります』

『いいわよ別に。――じゃあ私はこれで』

 コツコツコツ……遠ざかってしばらく後、別な方向から幾分軽やかな足音。これは、


『あれ、今日はどうしたのクレオ?』


 予想通り巫女の彼女だ。屈んで僕の顔に近付き、赤いけど平気?水持って来ようか?屈託無く訊いてくる。

『大丈夫です。少し休んでいれば』

『そう?』

 言って左下方向に視線をやり、『あ、そうなんだ』いつもの癖で一人頷く。最初は不思議だったけれど、もうすっかり見慣れてしまった。

『膝枕なんてしてると、まるで親子みたい。何か羨ましいな』

『代わりましょうか?』

『ううん、いい。そう言う意味じゃなかったの。またね』

 昨日はやけに顔が青白かったし、クレオって忙しいね、段々遠くなっていく独り言が聞こえる。?彼女と顔を合わせるのは三日振りのはずだが……?

 再び近くなる二つの靴音。内一つはカツカツ、エレミアでは独特なヒールの物だ。僕が知る限り、履いているのは唯一人。


『お前等、こんな往来でイチャついてるのか?』

『あら、仲が良い事。少し妬けてしまうわ』


 通り掛ったウィルネストさんとメノウさんはからかった後、彼の背中に負った坊やの可愛らしい寝顔を確認する。

『何処かへ出掛けていたんですか?』

『ええ、郊外のお花畑でピクニックを。あなたも昨日行ったんでしょう?あそこ凄く綺麗よね』

『え?』

 勿論花畑は知っているし行った事もある。が、あそこは以前エレミアの全景を描きに行った時以来、脚を向けていなかった。当然、昨日いたはずがない。正直にそう否定すると、真っ赤なネイルの塗られた指が顎に当てられた。

『あら、それは変ね……?まーくんが会ったって言っていたのよ。勘違いかしら?でもお嬢さんも一緒だったのに』

 納得。だから巫女も去り際にあんな事を言っていたのか。

『不思議な事もあるもんだなぁ。でも、昨日はパン屋以外ホントに行ってないんだぜ?』

 上からのディーさんのフォロー通りだ。ランチにイムおじさんの所へ行っただけで、僕達は家に引き篭もっていた。但しいつものように絵を描いていた訳ではなく、初めての大工作業に精を出していたのだ。

 きっかけは一昨日の夜。エレミアでは珍しい雨が降った。と言っても小雨程度で、普段なら特に何の問題も無い。が、家人の知らぬ間に屋根が壊れていれば話は別だ。

『わわっ!!?』

 選りにも選って雨漏りしたのは寝室。気付いて避難した時には、二人共随分ずぶ濡れになっていた。

 だから昨日は大変だった。目覚めて初めて梯子を登り、屋根に開いた穴に釘で板を打ち付け、防水性のペンキを塗る。その間、ディーさんはカーペットも含め寝室の物を全て日当たりの良い所へ運んで乾燥させ、ついでに大掃除。かなりの重労働にも、家族は始終爽やかな笑顔で働いていた。

『なら答えは簡単だ。二人共寝惚けてた、それしかないな』

 パートナーの結論に、有り得ない話ではないけどスッキリしないわね、深紅のルージュを歪めて不満気に呟く。と、もぞもぞ―――黒髪の坊やが動いて目を覚ます。

『よく寝てたな』

『おはようまーくん。ねえ、昨日会ったのはこのお兄さんよね?』

 横になった僕を指差して尋ねる。幼児は丸く大きな黒目でしばらくじーっと見つめた後、??と小首を傾げた。

『違うの?』

 母親の問いには答えず、辺りをきょろきょろ。

『あれ……まだいるのかな……?まっくらのちかくはあぶないのに……』

『どうやらまた半分夢の中みたいだな。――大丈夫さ坊主。お兄さんはこいつが看てるだろ?』膝枕した家族を示す。『それにまだ昼間だ。ちっとも暗くないぞ』

『でも、とうさま……』

『そうよ、まーくん。さ、お屋敷に戻りましょう。大好きなホットミルクを作ってあげるから』

 じー……こくん。

『お父さんも当然来るわよね?』

『仕方ないな』

 カツカツカツ……。

『そろそろ大丈夫そうです。僕達も帰りましょう』

 上半身を起き上がらせて、僕は提案した。

『まだ熱いけどいいのか?』

『ええ』

 二本の脚で立ち上がった瞬間、激しい眩暈に襲われる。倒れかけた瞬間、家族の逞しい右腕が支えてくれた。

『ほら、負ぶってやる』

『済みません』

 広い背中に胸を付け、太くしっかりした首に両腕を回した。太腿を持ち上げられて身体が浮く。

『不思議な感じがします……気持ちいい』

 機械の身体でも、少し熱いぐらいの体温には心地良さを感じる。加えてシャンプーと入り混じる、嗅ぎ慣れた汗の匂い。刷り込み現象なのか、僕の潜在意識に深い安らぎを与えてくれる。

『こうしていると、まるで俺達兄弟みたいだな』

『はい』そこでふと疑問に思い、尋ねた。『ディーさんにはいるんですか?』

 屋敷で一時暮らしていた義理の御両親の事は多少聞いたが、血の繋がった家族については今まで一切話してくれていない。

『ああ。双子の兄貴と、年の少し離れた姉さんがいる』特に秘密でもないらしく、あっけらかんと言う。

『へえ!いいな……』

 母は自殺、オリジナルである兄の病死した僕にとっては、別居でもいると言うだけで羨望の対象だ。きっとディーさんみたいに、優しくて温かい人達なんだろうな……。

『そうか?姉さんはともかく、兄貴は滅多に会わないからなぁ。正直クレオの方が本当の兄弟っぽい』

『じゃあディーさんがお兄さんですね。兄さん兄さん』

 僕達は兄弟ごっこをしながら、笑い合って我が家へ向かった。仮令―――




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