七章 初春の自殺事件
翌朝、九時半。
「リサちゃん、心の準備はいい~?」
定期船を降りた私達は、アポまでの一時間を喫茶店で潰す事にした。オルテカの政府支部は警察署から一軒東、七階建てのビルの一角を借りている。しかもこの店の目と鼻の先。連合政府は基本的に二十四時間職務なので、既に照明は点いていた。
「多分……あ、そうだ忘れてた」
いつもの無骨なショルダーバッグを持って来る訳にもいかなかったので、不登校で殆ど使っていない革鞄を提げてきた。姉が選んだ割には結構お洒落で、新聞記者の物入れとしても充分使用に耐えられるデザインだ。
留め金を開け、中の白い封筒を取り出す。宛名はリサ・タイナー。差出人は、
「猫?子猫ちゃんからのお手紙?」
「うん。今朝、家のポストに入っていたの。多分――調べてみろって事だと思う」
「あの子も気になってるんだね~。開けてみた~?」
「まだ。どうせならデイシーちゃんと一緒に見ようと思って」
「ふ~ん……ではでは拝見~」
摘まみ上げ、糊付けの封を解いて中身を取り出す。〇・〇一ミリ単位で正確に二つ折りされた書類何枚かと、これは……切り取られた新聞記事?
―――精神病患者、脱走の末焼身自殺。
三月×日未明。オルテカ総合病院精神科にて、入院中の女性患者一人が市街へ抜け出した。入院着姿の彼女は路地裏へ赴き、スラム街に放置されていた灯油を被り自ら火を放った。住民の通報で警察官が発見した際、既に女性は心肺停止状態。病院に運ばれたが、間も無く死亡が確認された。解剖の結果、死因は全身火傷に因る焼死。
当病院は事件の翌日、重度精神病患者に対する管理体制の甘さを謝罪する緊急記者会見を開いた。これを受けて医学会は、入院患者に因る脱走事件は年間一定数発生しているとしながらも、悲惨な自殺を防ぎ切れなかった責任は重く、早急に対策を講じると回答―――
先生が言っていた事件の記事だ。文字のフォントが微妙に違うから、どうやら親友の勤め先ではなく、この星の新聞社で発行された物のよう。あの子、わざわざ来た時に切り取ったのかな?それともあの弾除けみたいに、
「これが元で、精神科は監視カメラ付けようって事に決まったんだよね確か~。前々から案はあったみたいだけど、プライバシーの問題で中々可決されなかったみたい~」
「有名な話?」
「と言うかシャバム中央病院のカメラ、昨日リサちゃんが見せてくれた奴ね~、あれ一式お兄様が寄贈した物だよ~」驚いた私を見ながら、注文のアイスコーヒーをストローでズズズ。「あの人、病気とか自殺方面では色々寄付してたから~」
「優しい聖者様らしいね」
大事にしなきゃ。無料で修理して、末永く籠められた意志を引き継いでいきたい。静かに呟くと、是非お願いね~、親友は笑顔で承諾してくれた。
「次はこっちの書類」
「は~い」
これこそどうやって入手したのだろう?女性患者の死亡所見書と、一緒に提出されたであろうカルテのコピーが入っていた。と、早速気になる一文を発見。
「記憶喪失?」
―――カルテナンバー『一二七二』は一月×日にオルテカ郊外で保護された際、激しい錯乱状態を示した。二十代後半の女性、氏名本籍地は一切不明。発見時の所持品は着用の衣服のみ。身元に繋がる唯一の手掛かりは脚に残る広範囲の手術痕。警察の行方不明者リストとも合致せず―――
カルテの顔写真の女性は酷くげっそりして全体的に陰気、目の下の隈が暗過ぎる影を落としていた。ここから元気な頃を想像するのは難しい。
「彼女とボクサーさんに関連性があるのかな……?」首を横に振る。「これだけじゃよく分からないね」
「でもわざわざ届けに来たって事は、何処かで使えるはずだよね~」
しばらく私達は新聞と交互に見ながら考えたが、結局情報不足で推理には至らなかった。諦めて会計し、駐在所へ向かう。
「実は今朝、待ち合わせの前に行ったの、病院の倉庫へ。でも声を掛けても返事が無くて、窓から覗いてもいなかった」
一応お礼代わりとして、蜂蜜入りホットケーキを窓辺へ置いてきた。毛布はまだ僅かに温かかったし、外出してそう時間は経っていないようだったから。潜伏先を変えるのでなければ何れ戻って来るはず。
「帰ったら寄ってみようか~。私もまた会いたいし~」




