三章 ビデオ鑑賞会
「大丈夫かな……」
工作室を出てリビングへ。一応余裕を持たせて新聞社の就業時間三十分後、五時半の約束はしたけれど、何時スクープが入って来れなくなるとも限らない。かと言って親友以外にこんな突飛な仮説を話す勇気は無い。何せ立証出来る物は皆無だ。
壁掛け時計が四時半を告げ、シャワーを浴びていた姉が脱衣所から出て来る。手足にはまだ縫合が残っているものの、総じて優良健康体だ。裸に肩へバスタオルを掛けただけの姿でキッチンへ行き、キンキンに冷やした牛乳瓶を一気飲み。
「リサ、お前も入ったらどうだ。デイシー殿が来るにはまだ早いだろう?」
空瓶を振りつつ、顎に手を添える。
「しかし珍しいな。お前の方から彼女を呼ぶとは。何か相談事か?」
「まぁ、ちょっと。――そうだね、来る前に綺麗にしておこうかな」
テレビの電磁波を一日中浴びて疲れた目の周りを揉みつつ、タオルと着替えを持ってバスルームへ。まずはフローラルの優しい香りのシャンプーで髪を洗う。その後丁寧にコンディショナーを付け、ボディソープで全身を泡まみれにしようとした時。リビングから特徴的な口調の明るい声が響いてきた。
「デイシーちゃん、ちょっと待って!もうすぐ出て行くから!」
「急がなくてもいいよ~。あ、じゃあコーヒーでお願いします~」
そう言われても、呼び出したのは自分だ。手早く身綺麗にし、バスローブを着てリビングへ戻る。タオルで髪から滴る雫を吸い取りつつ、ソファに座る親友に「早かったね」と声を掛けた。
「リサちゃんからのお誘いだからね~。今日は頑張ったよ~!自分でもあんなに早く原稿が上げられるとは思わなかった~」
「そう、なら良かった」
もし負担になっていたらと内心不安だった。
「で~、話したい事ってな~に?」キッチンへ視線を向け「シルクさんには言ってないの~?」
「うん、まだ……先にデイシーちゃんの意見を聞きたくて」
「それは光栄だね~!早速聞かせてくれる~?」
「じゃあ一緒に来て。――お姉ちゃん!悪いけどコーヒー、工作室まで持って来て!」キッチンにいる姉に大声で頼む。
「分かった。お前は何がいい?」
「昨日買った飲むヨーグルト!」
「了解」
返事を聞いてリビングの奥、私専用の機械工作室へ。勿論デイシーちゃんは何度か入れた事があるけど、今日はいつもと違う機械が作業テーブルを占領していた。
「わ~凄い!テレビなんて何時買ったの~?」立方体の黒い箱を珍しそうに眺め、隣の小さな長方体にも目を向けた。「こっちはビデオデッキ、だっけ~?う~ん、でも使おうにも、レンタルビデオ屋さんって”赤の星”ぐらいしか無いような~?」
「別に番組は観ないよ。どっちも昔タダで拾って修理した中古だし」
説明しつつ用意していたダビングテープをデッキに差し込む。正常に動作を開始し、画面に映像が映る。
「ん~?これ、監視カメラの映像~?」
「うん。中央病院に設置された三台の映像を繋いで編集したの」
数分早送りし、最初の場面を出す。
大人達に混じり、身体に見合わない大きな鞄を抱えた女の子が中へ入っていく。その目は真っ直ぐで、一点の曇りも無い。
「あれ、この子ってレティちゃん~?」目敏い親友は、右下の日付と時刻を確認して「この日って不死族の人達が動けなくなってた最初の日だね~。確かあの時彼女~オリオール君の看病のために一人で来てたんだっけ~」
「そう。問題はここから……見て」
少女が画面左方向へ消えてきっかり十五秒後。右方向からこの二日間、何十回も見たくすんだ赤髪が現れる。彼ははっきり病院の方を見ているにも関わらず、入ろうとはしない。しばらくその場に留まった後、踵を返す。
「今の短髪の人、誰だっけ~?シャバムで何回か擦れ違った事はあるけど~。彼がどうかしたの~?」
私は黙ってまた数分早送りし、二番カメラの映像に切り替わった所で通常再生に戻した。夕暮れで見づらいかと思い、今度はモニターを指差して示す。
「見て、ここ」
「あれ、さっきの人~?何してるの~?時間は……さっきの六時間後だね~。ところでここ何処~?」タイマーを見つつ尋ねてくる。
「病院の裏口よ。で」早送りして三番カメラの映像を映す。「これが夜間救急の玄関。健康なデイシーちゃんは知らなくても無理無いね」私は何回か運ばれた事あるけど。
「また映ってる、赤い髪~」
今度は指摘する前に気付き、親友は嬉々として指差した。魔術機械の街灯の光を避けるように、林の中で樹を背凭れに病院へ顔を向けている。
「怪し~!う~ん、ちょっと待って~……この不審者、私絶対名前知ってる~」
「多分次のカットを見たら分かるよ」
コンコン。「リサ、入るぞ」