なろう版のみのおまけ:第28話-SideS『妹襲来』
エレベーターに乗って、『4』と書かれたボタンを押す。
二秒ほど経ってエレベーターの扉が閉じて、駆動音と共にエレベーターが上昇し、すぐに四階に到着した。
そのまま特に意識せずにエレベーターを出ようとして、ふと白雪は足を止めていた。
(和樹さんの妹さん……)
急遽和樹の家に来たという和樹の妹。
名前は月下美幸。先ほどエントランスのカメラで映ったのは見た。
自分との年齢差は二年という話だ。
さほど違いはない。
少しウェーブのかかったような、やや長めのボブカットの女性だった。
少し幼い雰囲気があったように思えるが、さすがにあの小さな画面越しでは何とも言えない。
そして一度興味が出ると、どうしても直接見てみたくなってしまった。
エレベーターは今、白雪が扉の部分に身体を入れているので、扉が閉まることなく停止している。
だが、ほどなく和樹はエントランスを解放するだろうし、そうすれば美幸がエレベーターを呼ぶだろう。
このマンションのエレベーターは一基だけなので――正しくは逆サイドにデリバリー用のものがあるが――彼女がエレベーターを利用するなら、必ずこれに乗る。
そして白雪は、エレベーターを降りることなく、またエレベーターの中に戻ってしまった。
ほどなく扉が閉じると、がくん、と小さな衝撃と共にエレベーターは下に降り始める。
そしてそのまま一階に到着すると――開いた扉の前には、予想通りの女性が立っていた。
髪型はさっき見たとおりだ。
身長は白雪と同じか、少し低いくらい。
愛嬌があるというのは、こういうことを言うのだろうかと思えるくらい、可愛らしいと思えてしまった。年上の女性に対して大変失礼ではあるが。
そして美幸は、半ば唖然とした表情になっていた。
この反応は、白雪はある意味慣れたものである。
自分の容姿が他人にどう思われるかは、よくわかっているのだ。
数秒呆けていた美幸は、その後慌てて扉の前からずれた。
美幸は、白雪が降りるものだと思ったのだろうが、白雪はそれに対して、エレベーターの『開』ボタンを押して扉の前から少しずれる。
「あれ? えっと……?」
「あ、すみません。うっかり降りそこねてしまって」
「あ、そうなんだ。じゃ、失礼しますね」
「何階ですか?」
反射的に三階のボタンを押しそうになって、かろうじて踏みとどまり、声をかけた。
「あ、三階です」
白雪は小さく頷くと、『3』のボタンを押して、続けて『4』のボタンを押した。
美幸が軽く驚いたような顔になったので、多分彼女はこのマンションの上層が特殊なことは知っているのだろう。
エレベーターの扉が閉じて、緩やかに上昇を始める。
一階から三階までは、扉が閉じてから再び開くまででも、二十秒あまり。
その間に美幸は、失礼にならないように、と思っているのだろうか、視線を外してはいるが、ちらちらと白雪の方を見ていた。
その一方で白雪も見てないようなふりをしつつ、美幸を観察している。
今回突然彼女が和樹の家に来た理由は不明だが、今年受験生だと言っていたから、こちらである試験のためというところだろう。
三階についてエレベーターの扉が開くと、美幸は軽く会釈してから出て行った。
ほどなくエレベーターの扉が再び閉じて、四階へと上がっていく。
今度こそエレベーターを降りて、家の扉の前まで来たところで耳を澄ませると――すぐ下の扉が開いた音が小さく聞こえ、なにやら話し声が聞こえた。
さすがに会話の内容は聞き取れないが。
家に入って、荷物を片付ける。
取り合えずお風呂のスイッチを入れて寝室に戻ると、ベッドに腰かけた。
思わぬ事態になったが、和樹の妹に会えたことはちょっとだけ嬉しい。
さすがにあの邂逅で和樹との関係に気付かれることは、あり得ないだろう。
マンションの距離感の違いは、白雪もよくわかっている。
実際白雪も、すぐ隣の部屋――と言っても入り口は十メートル以上離れているが――に誰が住んでいるのか、よく知らない。
明日はどうしようかと考えたところで――スマホがメッセージの着信を報せてきた。こんな時間に何が、と思ったら、和樹からだった。
『妹が三日ほどうちにいるので、その間は夕食は不要だ』
やはり受験のためにこちらに来たのだろう。
最近土日にお邪魔することも増えているのだが、今週はそれはダメらしい。
少し残念になるが、仕方ない。
とりあえず了解の旨を返信することにする。
了解の意味の絵文字を探し出したところで――手を止めた。
そして文字入力のパネルに戻ると『わかりました。妹さん、可愛らしい方ですね』と入力し、送信する。
ほどなく、メッセージが返ってきた。
『エレベーター、わざとか』
当たり前だが、気付かれた。
もっとも、確信犯でやったことだが。
絵文字リストから、可愛いクマがとぼけたような表情で『なんのことでしょう?』と言っているのを選び出して、送信する。
なんとなく、和樹が呆れたような表情をしているのが目に浮かぶ気がするが。
するとほどなく再びの着信。
『妹は妹で、すごい美少女がいた、とテンション上がってたよ』
思わず赤面してしまった。
正直に言えば、普段学校などでは言われ慣れていることではあるが――。
先ほどの絵文字と同じシリーズから、小さいクマが可愛く照れてるものを選び出して、送信した。
それで、スマホの画面を消す。多分もう返信はないだろう。
なぜか和樹に言われると、とても嬉しくて、そして恥ずかしいと思えてしまう。
その理由は分からないが――父親に正面から褒められたりすると、あるいはそうなのかもしれない。子供の頃はそんなことはなかったと思うのだが。
白雪としては週末会いに行けないのは少し寂しいが、それを、十分補えた気がしていた。
その、本当の理由に白雪が気付くのは、あと一年近くも先のことである。
カクヨムではサポーター限定にしてあるやつですが、なろう版完結記念に一つだけ開示しました。