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白雪姫の家族  作者: 和泉将樹
十四章 未来への選択
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第107話 ささやかなクリスマス

「そういえば、今年のクリスマスはどうしますか?」


 夕食時の白雪のその問いに、和樹は戸惑ったような顔になる。


「いや、白雪は受験生だろう。さすがに……」

「一日くらい、ちょっとのんびりするくらいは大丈夫です。むしろ……ちょっと今の状態は中途半端なので、気分転換したいというのもありますし」


 推薦入試は終わったが、その結果は年明けまで出ない。

 不合格だった場合に備え、受験勉強は当然続けているが、ここまでくると詰め込む要素も実はない。やれるだけのことはすでにやってるので、復習がメインだ。


「実のところ、今年は集まるのは見送る予定なんだよ」

「そうなんですか?」

「白雪たちは受験でそれどころじゃないだろう? で、卯月家は朱里が臨月だ。さすがに出先で産気づいたら、ということで来ない。なので今年は見送ることになった」


 予定通りなら、一月には卯月家に待望の第一子が誕生するので、それまでは様子見だという。

 朱里の赤ん坊は順調だそうで、このままだと予定通り出産になる可能性が高いらしいが、いかんせん初産である。予測不可能な事態はいくらでも考えられる。

 少し残念ではあるが、仕方ないところだろう。


「じゃあ、一昨年みたいに、和樹さんと二人で食事だけでも、どうでしょうか」

「白雪がいいなら、俺は構わないが……」

「はい。ぜひお願いします。二十四日……日曜日でいいですか?」

「分かった。じゃあそれで。場所は……こっちでいいか?」

「はい。あ、和樹さんがうちがいいなら別に……」

「いや、こっちでいいよ。あの広さはどうも気後れする」

「その気持ちは、分かります」


 思わずクスクスと笑ってしまう。

 その様子に、和樹もまた笑っていた。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 十二月二十四日。

 その日、白雪は朝ごはんが終わってすぐに、和樹の家に来ていた。

 お昼は軽く済ませる予定で、パスタとサラダだけである。

 その後、時間のかかる夜ご飯の仕込みも行う。


 今日のメニューはクリスマスらしく洋風。

 一通りの料理が終わり、気付くと外はもう暗くなっていた。

 和樹と二人、料理をテーブルに並べていく。


「……これ、もしかして……」

「覚えていてくれましたか。はい。二年前のメニューと同じです」


 まだ、和樹との距離が今ほどではなかったあの時。

 ただ、あのクリスマスは確実に距離が縮む一助になってくれた。

 その思い出のクリスマスの料理を、そのまま再現したものだ。


「既視感があるから覚えていたが……白雪も覚えているんだな」

「単に習慣なのですが、作った料理をずっとメモして残しているんです。課題があったらそれと一緒に」


 昔はノートを使っていたが、今はスマホで済ませている。

 別に材料まで記録はしていないが、何を作ったか、というのは実はずっと残しているのだ。文字通りメモ程度だが、ちょっと自分で上手く行かなかったかな、と思った時はそれもメモに残しているし、ローテーションがマンネリ化するのも防げる。


「言われてみれば、時々写真も撮っていたな。俺とかは上手く行った時になんとなく残してたことはあるが……」

「そういう意図もありますよ。もっとも、こういう役立て方したのは初めてです」


 いくら思い出の食事とはいえ、二年前の内容を正確には覚えていなかったが、メモが全部残っていたので問題なく再現できた。

 というよりは、多分あの時よりさらに美味しく出来ている自信がある。


「さあ、いただきましょう、和樹さん」

「ああ。そうだな……それじゃあ」


 二人で席に着くと、お互いのグラスに飲み物――もちろんノンアルコール――を注ぐ。いつの間にか、パソコンからはクリスマスソングが流れている。

 そして二人でグラスを掲げ――。


「メリークリスマス」


 二人の声が同時に響いた。


「うん、もう何回言ったか分からないが、本当に美味しい。ありがとう、白雪」

「私こそ、美味しそうに食べてもらえるのは本当に嬉しいです。和樹さんには、特に」

「そ、そうか」


 和樹が少し驚いたようになる。

 少しは戸惑ってくれたのだろうか。


「それにしても……もう二年以上か。白雪の料理には驚かされ続けている気がする」

「光栄です。私も美味しいと言ってもらえるのが、こんなに嬉しいことなんだって、この二年で本当に思いました」


 和樹だけではない。

 雪奈や佳織、卯月家の二人や友哉、俊夫たちに食べてもらって、率直な感想は本当に嬉しいと思えている。

 それは、白雪が本当に好きな人たちだからだろう。


「美味しいな……二年前より、美味しくなってないかな、多分」

「ありがとうございます。多分そうかな、と私も思います。人のために作り続けることで、上達しているのかもしれません」


 最大の違いは、籠めた気持ちだろうと思う。

 好きな人に食べてもらう食事なのだ。

 あの時と今では、その心境はあまりにも違う。


 食事が終わって、一息つくと、二人でテーブルを上を片付けた。白雪はキッチン側に立つ和樹に次々と空いた皿を渡していく。


「コーヒーと紅茶、どっちにする?」


 確か――二年前はコーヒーだった。


「コーヒーでお願いします」

「分かった」


 和樹がコーヒーを準備する間に、冷蔵庫に行ってケーキを取り出した。

 これもまた、二年前と同じ――ブッシュ・ド・ノエルである。


「これも二年振り、か」

「はい。前より美味しくできたという自信があります」

「まだ上達するんだからすごいな……期待させてもらおう」

「はい。期待してください」


 思わず二人でクスクスと笑う。

 和樹がコーヒーを淹れて、白雪がケーキを切り分けた。


「それじゃ、いただくね……」

「あ、待ってください」


 白雪の言葉に、和樹が怪訝そうな顔になるが、それに構わず、白雪は()()()()()()()()()()にフォークを入れて、小さく刺す。


「し、白雪?」

「家族ですし、またダメですか?」


 あの時は初めてやって本当に恥ずかしかった。

 ただ同時に、本当に――嬉しいと思えたのだ。

 多分もう、こういう機会はない。

 だからこれは、今日絶対やると決めていた。


 しばらく固まっていた和樹が諦めたようにケーキを口に入れる。

 そして当然とばかりにお返しがされてきたのを、白雪は迷うことなく口に含んだ。


「ふふ。ありがとうございます」


 前ほどには恥ずかしくはない……ということはない。

 ただ、それ以上に嬉しさが優る。

 誕生日の時と違って、今度はちゃんとその余韻まで感じることができた。


 恋人同士ではなく、家族だとしても、今この場で和樹と一緒にいられることが、何よりも嬉しい。


「あまり外では……まあ友人同士ならいいだろうが」

「大丈夫です。男性でやるのは、和樹さんだけです」

「それはそれで……いや、もういいが」


 白雪は満足したので、席についてケーキを食べ始める。

 和樹もなにやらため息を吐いたが、その後はいつも通りになった。


「さて、と。定番だけど……せっかくこんな日だからな」


 和樹が立ち上がると、なにやらきれいにラッピングされた袋を持ってきた。

 期待していなかったわけではないが、やはり嬉しい。


「クリスマスプレゼントだ。今思えば、二年前のボールペンって、女子高生にあげる物ではなかったよな……とは思うが」

「いえいえ。嬉しかったですし、今も大事に使わせていただいてますよ。とても便利でしたし」


 そう言いながら、渡された袋を手に取ると、意外に重い。

 和樹に確認して、中を取り出すと、ちょうど宝石箱くらいの大きさの箱が出て来た。なんだかわからない。

 紙箱を開けると、中から出て来たのは、木製の箱。

 大きさは高さが五センチちょっと、横に二十センチほど、縦に十センチほどというところか。

 なんだかわからないが、開くように出来ているようなので開くと――。


「オルゴール……ですか?」

「ああ。少しいいやつだが、その分音がきれいなんだ。曲は定番のものだが」


 オルゴールといえば、小さな装置を想像するが、これは箱一杯に入っている。大きさが全然違って驚いた。

 箱の底にゼンマイが付いているので、それを回してみると――驚くほど豊かな音が流れた。曲目は定番の『トロイメライ』だ。


「すごくきれいです……私の知るオルゴールとは全然違う……」


 音の複雑さも音程の豊かさもまるで違う。

 しかも、途中から曲が切り替わった。かなり複雑な機構らしい。


「喜んでもらえて何よりだ」

「はい、とても嬉しいです。ありがとうございます」


 それから白雪は、オルゴールを置いて自分の荷物を取り出す。


「はい、私からも」


 和樹が紙袋を渡されて、それを開く。

 出て来たのはセーターだ。ただし――。


「……まさかこれ、手編み?」

「はい。去年のリベンジです」

「いや、いつそんな時間があったんだ。勉強してたんじゃ……」

「勉強しながらですよ。今時、映像学習なんて当たり前ですし。編み棒って慣れると逆に集中できるんです」


 半分事実だが、半分は誇張がある。

 確かに、同じことを繰り返す時は良いのだが、うっかりすると編み過ぎて長くなりすぎたりする。

 それで何回かやり直したりもしたが、いい気分転換になっていたのは事実だ。

 和樹の家ではやっていなかったが、いつも夕食後は帰宅する。

 だいたい夜の十一時くらいまでは、いつも映像を流しながら編み続けていたのだ。


「まあ、白雪がいいなら……うん、凄いな。サイズもちょうどいい」


 和樹が早速着てくれた。

 グレーの、少しの刺繍が入った程度のセーターではあるが、自分で編んだものを着てくれているのは、やはり嬉しい。


「調整が必要だったら言って下さいね。何とかできると思うので」

「いや、大丈夫だろう。本当にありがとう」

「どういたしまして」


 ふと時計を見ると、もう十時を過ぎていた。

 さすがに、もう遅い。


「それでは……あ、そうだ。和樹さん、年末年始って帰省されます?」

「多分正月には帰らないと思う。美幸が友達を連れて行くと言ってたので、むしろ時期を外すつもりだ。なので、年末年始は家だ」

「あの、私も今年は帰省しないんです。なのでまた……」

「分かった。大晦日、また一緒に年越し蕎麦食べるか」

「はいっ」


 何も言わなくてもそう言ってくれたことを、白雪は心底嬉しく思っていた。


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