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白雪姫の家族  作者: 和泉将樹
十三章 高校最後の夏
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第97話 和樹の決断

「事前に知ってはいたけど、本当に凄いねぇ、ここ。兄さんは初めてじゃないよね?」

「まあな。何回かはお邪魔してる。と言っても、数えるほどだが」


 白雪の家に来たことは、当然何回かあるが、そう多くもない。

 なお、白雪が和樹の家に来た回数はすでに数える気はない。


「にしてもここに一人暮らしってのはすごいね、白雪ちゃん」

「それは同感だ。まあ、ほとんどの部屋は使ってないらしいが」

「そりゃそうよね……つか、兄さんだって普段奥の部屋は使ってないじゃん」


 和樹の家でも普通に3LDKと呼ばれる間取りだ。

 リビングに隣接してる部屋はリビングとくっつけて使ってて、後は寝室は一応使っているが、もう一部屋はほとんど使われることがない。

 美幸や親が泊りに来た時に使うくらいだ。


「まあ、一人暮らしには過剰なのは否定しない。お前がこっちにきたら一緒に住むのを想定してたところはあったと思うが」


 今の家は賃貸ではなく和樹の持ち家だ。

 といっても、親が購入したものを、譲渡された形になっている。

 なので実質、家賃はない。管理費などはもちろん和樹が払っているが、それとてたいした金額ではない。

 明らかに一人では過剰だと思える広さだったので、いずれは美幸が大学進学などで引っ越して来たら、一緒に住むのだろうと思っていたが、美幸の大学は都心の方で、和樹の家からでは通学に時間がかかる。

 故に、美幸は別に都心に部屋を借りて住んでいるのだ。


 もっとも、もし美幸が一緒に住むようになっていたら、白雪が頻繁に和樹の家に来ることはできなかっただろうから、それはそれで都合がよかったのかもしれないが――。


(いや、それを都合がいいと考えるのは……おかしいか)


 そもそも女子高生といつも一緒にいる時点でどうかと思うところはあるのだが、一方で白雪が自分を父親だと慕っている事実はよくわかってるし、それが白雪の、様々な事情によりストレスを溜めがちな家の事情に対して、少しでも緩和できる要素なら、それは受け入れると決めている。


「実際さ、白雪ちゃんほぼ毎日来てない?」

「……毎日ってことはない。俺だって仕事がある」

「それはそうだけどね」


 それ以上頻度について追及するつもりはないのか、美幸はその話題はそこで切った。

 毎日ではないと言ったが、実質ほぼ毎日だ。

 和樹が出張でいない時は、さすがに白雪も来ない。だがそれとて、時々、夜遅くに家に帰ると作り置きの食事が置いてあったりするので、下手すると実質はほぼ毎日かもしれない。

 無論それを素直に言うつもりはないが。


「そうだ。美幸、勝手に俺の写真送るな」


 とりあえずそれは置いておいて、言い忘れていたことを思い出した。


「えー。いいじゃん。減るものじゃないし、変な写真送ってないでしょ?」

「じゃあ聞くが、お前の友達に、お前の小さい頃の写真を送られたいか?」

「別にいいけど?」

「ぐっ……」


 本当に気にしていなさそうだ。


「彼氏には……ちょっと恥ずかしいけど、でもまあ、それも私だしね」

「彼氏とかいるのか?」

「いないよ? いたらって話。絶賛募集中……だけど、今日のメンバー全員相手いるみたいだしねぇ」


 今日のメンバーで男性は和樹は別にすると、誠、友哉、俊夫の三人。

 既婚者、婚約者あり、幼馴染のどう見ても相思相愛と、見れば分かるレベルでフリーの男はいない。


「まあ、いたらこんなところ来てないか」

「うーん。いたらむしろ彼氏連れて来たかったけど……ないね。白雪ちゃんに目移りされそう」

「そんな奴はさっさと振ってしまえ」

「うん、そう思う」


 そう言って美幸が笑う。


「でもさ、兄さん、いい加減白雪ちゃんとただのご近所さんっていうつもりはないよね?」

「……何が言いたい」

「妹としては心配なのです。兄さん、もう四捨五入したら三十歳だし、彼女いない歴イコール年齢でしょ?」

「知るか。ほっとけ」

「兄さんがそういうのに一線引いてる理由は分かってるけどさ。もう十年以上……」

「美幸」

「……ごめん」


 和樹は一度大きく息を吐いて、それから深く吸う。


「そこまで俺も気にしてはいない。だが、その話はここでする話じゃない」

「……そだね。ごめん。じゃあ話変えるけど、兄さんってどんな女性がタイプなの?」

「お前と正反対かな」

「ひどっ」

「なんだ、和樹。妹さん苛めてるのか?」


 割り込んできたのは誠と朱里だった。


「いや、美幸が聞いてきたことに真摯に答えただけだ。美幸が自爆しただけだな」

「えーん、朱里さん、お兄ちゃんが酷い~」


 美幸が朱里に泣きついて、朱里が美幸を抱き留めてよしよしと頭を撫でている。

 会ったのは四カ月前の花見の席の一回だけのはずだが、このやり取りを見ると実は他にも会っていたのではと思いたくなった。


「よしよし。酷いなぁ、和樹君は。こんな可愛い妹さん苛めるなんて」

「和樹は身内になると容赦しないタイプだったか。美幸ちゃん、大丈夫かい?」

「えぐえぐ。誠さん朱里さん、ありがとう~」

「お前ら……」


 どこのコントだ、と言いたくなった。


「和樹さん、どうしたんですか?」

「白雪ちゃん~。お兄ちゃんが苛めるの~」

「え、あの、ちょっと……?」


 今度は美幸は白雪に抱き着く。

 しかし、さすがに白雪は朱里のように対応できないのか、戸惑った様子だ。


「美幸。お前、白雪が自分より二つ年下だということを理解してるか?」


 むしろ誕生日の都合で、この場での最年少は白雪のはずだ。

 仮にも大学二年生にもなる美幸が、高校生の白雪に泣きついてる様は、色々ツッコミどころが多過ぎる。

 白雪は白雪で、結局抱き留めて頭を撫でているあたり、どちらが年上なのだと言いたくなってしまうが。


「しかし面白い妹さんだな、和樹」

「アホだがな。いや、勉強はそこそこできるんだろうが……」

「兄としては変な虫がつかないか心配か?」

「そこはあまり心配していないというか、むしろ相手がいるのかと不安になるくらいだが」


 普段こんなだが、美幸も根本的には真面目なので、変な男に引っかかる可能性は多分低い。ついでに、和樹同様幼い頃に柔道をやっていて、実は有段者だ。なので下手な男では力づくという心配すらない。

 さすがにやめてから年数は経っているが、そうそう忘れるものではないだろう。


「また酷い言いようだな。いい子だと思うぞ、美幸ちゃん」

「まあ悪いとは思ってないが……うん、まあ身内には厳しくなるだろ」

「俺は兄弟姉妹がいないからな……朱里はどうだ?」

「そうだねぇ。私も雪奈はとってもかわいいと思うけど、彼氏紹介されたら……とりあえず心配しちゃうなぁ」

「妹だと思われる?」

「か~ず~き~く~ん~~~~? 妊婦つかまえて何を言ってるかなぁ?」

「す、すまん」


 思わず反射的に大学時代の感覚で話をしてしまったが、実際、今の朱里を見て年不相応に幼いと思う人はいないだろう。

 膨らんだお腹のこともあるが、雰囲気がもう学生のそれとはまったく違うのは否めなかった。


 そういう意味では、誠も雰囲気はこれまでとは違う。

 二人とも、『親』になろうと少しずつ変化しているのだろう。

 そういう意味では、変わらない自分が一番出遅れているのかもしれない。


 ふと見ると、友哉は沙月、雪奈、俊夫、佳織らと話していた。

 彼は元々少しわかりにくいところはあったが、それでも大学時代と比べると、やはり変わったと思う。

 それは婚約者の存在故か、あるいは正式に弁護士になったが故の自信か。


「いつまでもこのまま……というはずはないか」


 ふと、大藤教授からの話を思い出した。

 実はあの話を引き受けるかどうかは、まだ迷っている。

 エンジニアとして興味はあるし、やってみたいと思う一方、自分の様な若輩があれほどのものに関わっていいのか、という思いもある。

 たとえ発案者だとしても。


 しかし一方で、自分の可能性を大きく広げる機会チャンスだというのも、よくわかっていた。


 ふと、美幸や朱里と楽しそうに話している白雪を見る。

 白雪や雪奈、佳織、俊夫は今年受験生。

 大学受験は、自分の可能性を広げると同時に、自分の進路を選ぶ場面でもある。

 白雪はそれに、かつて苦手としていた情報をあえて選んだ。

 それ自体は、教えてきた身としては本当に嬉しいと思う。

 それも、白雪が手に入れた『変化』だろう。


 和樹自身、今の様な仕事で一生暮らしていけるかといえば、未知数だ。

 将来に対する不安がないとは言えない。


 白雪たちが新しい可能性を拓くために先に進む以上、和樹もいつまでも同じ場所にいるのでは、いつか追いつかれ、追い越される。

 和樹自身、次の一歩を探さなければならない時期に来ているのかもしれない。


 ふと白雪を見ると、こちらの視線に気づいたのか、嬉しそうに微笑んだ。

 それを見て、和樹も少しだけ頬が緩む。


 白雪がこの先どのような道を選ぶにせよ、彼女を支えると決めた身としては、自分自身も前に進むための道を模索すべきだろう。


(やって……みるかなぁ)


 まだ回答期限までには猶予はあるが――和樹はこの時、すでに心の中では決断を下していた。


 花火はなおも、空に光の華を咲かせていた。


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