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白雪姫の家族  作者: 和泉将樹
十三章 高校最後の夏
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第96話 白雪の気持ち

 気付けば、すでに三十分ほどが過ぎていた。

 全員、食事がメインなのか花火がメインなのか、という感じではあるが、食事を用意した身としては、楽しんでもらえているととても嬉しいと思える。


 話すメンバーが意外に固定化されていなくて、各自色々交流を深めている感じだ。

 実際のところ、高校生組とそれ以外では、最大八年の年齢差があるが、元々、誠と雪奈は幼馴染だし、佳織は意外なほど人見知りしないタイプだ。

 誠と朱里、友哉は同じテーブルに居て、何やら楽しそうにしていて、そこに佳織まで加わっている。

 和樹は、と思ったら、今は俊夫と話していた。


 この、楽しい場を提供できたと思うと、少し誇らしく思えてくる。できれば、来年も――と思いたいが、それは不可能だろう。

 それでも、最後の年にこのような場を設けられたことは、とても嬉しく思えた。


「あの、玖条さん、ちょっといいですか?」


 ポリポリとフライドポテトをかじってるところに声をかけられて振り返ると、立っていたのは沙月だった。

 婚約者である友哉は一緒ではないようだ。


「あ、はい。なんでしょうか、弓家さん」

「できれば、沙月と。その方が私も嬉しいですし」

「わかりました、沙月さん」


 あらためて沙月を見て、白雪は少しだけ羨ましくなった。


 今日の彼女は、紺色のスカートに白いブラウスで、いかにも『深窓の令嬢』という雰囲気がある。

 自分のことを棚に上げるが、非常に美しい容姿で、しかもどこか儚げな印象もあって、同性の白雪から見てもとても可愛らしいと――年上に対してやや失礼だが――思ってしまう。


 ただ、その容姿より、望む相手と結ばれるという事実が、何よりも羨ましい。

 決められた結婚――それも生まれる前から――だというのに、そういう運命もあるのだというのは、驚くと同時に奇跡的な幸運だとも思えてしまう。


「今日はお招きいただきありがとうございます。本当に素敵で」

「いえ、こちらこそ来ていただき嬉しいです。私も、ここまで賑やかに過ごせるのは、とても楽しいですし」


 掛け値なしに本音だ。

 この無駄に広い家は、白雪にとっては自分を縛る玖条家の束縛の象徴に等しい。

 ただそれでも、時々和樹が来てくれれば、その印象は薄まってくれていた。

 そして今日の様に、これだけ多くの人を招いていれば、とても楽しい場所に慣れるのだと、改めて実感する。

 本来、この家自体に罪はないのだから。


「失礼いたします」


 沙月は白雪のいるテーブルについた。

 今も花火は連発して上がっていて、遠くで響く破裂音が辺りを満たしている。

 そのため、特に声をすぼめなくても、大声を出さないと声はすぐ隣の人にしか聞こえないほどだ。

 沙月が顔を寄せてきたので、なんとなく白雪もそちらに体を傾ける。


「その、お会いするのが二度目でこういうことを言うのは大変失礼なのですが……玖条さん、何か悩みがおありなのかな、と思って」

「え……」


 突然言われた言葉に、白雪は一瞬返す言葉を失った。

 悩みなら――ある。というか悩み続けている。

 さらに言えば、悩むだけで、解決策などない悩みだが。


「その、玖条さんの事情は多少友哉さんから聞きました。私などよりずっと名家であることも。ですがそれは同時に、《《しがらみ》》が多いということを意味することも、知ってますので」

「あ……」

「私の家である弓家も、古くからある家です。私も思春期の頃に、家の都合で決められるのはどうかと思ったことは……実はちょっとだけあるんです」


 意外な言葉に、白雪は目を丸くした。

 五月に会った時は、ずっと友哉のことが好きだと言っていたと思ったが。


「思春期にありがちな反抗期……みたいなものです。自分の人生、これでいいのかって……ちょっとだけ思って。でも、友哉さんにお会いしたら、その、一瞬でそんな考え吹き飛びましたけど」


 中学三年、受験を控えた時に数年ぶりに再会した友哉に、沙月は文字通り一目惚れしたらしい。子供のころから許嫁だと言われて、ただそうだと思い込んでいただけではなく、その時に本当に好きになったのだという。

 その時に、ずっと好きだったと伝えたが、実は本当に好きになったのはその時だったらしい。


「友哉さんには内緒ですよ?」

「素敵じゃないですか、それは」

「でも、玖条さんも……その、月下さんのことが好きですよね?」


 顔が一瞬で紅潮するのが自覚できた。

 美幸といい沙月といい、なぜ、初対面に等しい女性に、一瞬で気持ちが看破されてしまうのだろうと思う。それほどにわかりやすいのか。


「そ、それはその、知人として……」

「でも、家の都合で結ばれるわけにはいかない?」


 白雪の返事を聞かずに続けた沙月の言葉に、白雪は返す言葉がなかった。


「多分そうなのだろうとは。そして私と違って、貴女はそれを望んでいない」

「……」

「もう、誰かをあがわれているのですか?」

「いえ、それは……まだ、ですが」


 ただ、婚約者の選考はもうだいぶ進んでいるらしい。

 結果に欠片も興味がないので、ほとんど無視しているが。


「貴女の事情は私にも分からないです。ただ、これだけは。私は許嫁だから友哉さんを選んだわけではありません。あの方を私が自分の意思で選んだ。家とか親のこともすべて、それは後付けでしかないと思ってます」


 実際、と沙月は続ける。


「決めたのは祖父同士で、私の両親はむしろずっと渋い顔をしてたそうです。だから、ことあるごとに自分の道は自分で決めなさいと言ってくれてました。私はおじいちゃん子だったので、祖父の言うことを無条件に信じるような子でしたがそれでも……思春期には両親の言うことも正しいのではと思った結果、そういうことを考えたのですが……」


 友哉に再会して、本当に好きだと思えたという。

 実のところは、それ以前から特に友哉の姉から色々聞かされていたが、それで導かれるイメージは本当に理想の王子様のようで、そんな存在がいるはずはないと思っていた。

 ところが実際に数年ぶりに再会してみれば、その理想すら上回るほどに素敵な人だったのだから、これで恋に落ちないはずがないと思えたという。


 理想の具現が、それ以上の形で存在したというのはある種の奇跡だろう。

 ましてそれが、あてがわれた婚約者だった。

 それは白雪にとっては本当に羨ましい。


 もし、和樹が婚約者の候補となりえるなら、今の白雪は迷わず選ぶ。

 それは、自分の意思で、だ。

 そんな奇跡はないとわかっていても、沙月が本当に羨ましくなってしまう。


「でも、私は……」

「私は幸運でした。でも、貴女は幸運を自分で拒否してる様に見えて」

「え……」

「人との出会いは、ある種の奇跡だという話があります。貴女は、あの方にお会いしたことの幸運を、そしてそれによって得られる幸福を、自ら捨てようとしてる……そう、見えたんです」


 白雪は反論できなかった。


 あの時、事故に遭いかけなければ、和樹が白雪を知ることはなかった。

 せいぜい、同じマンションに白雪が――名前は無論知ることなく――住んでいることに気付くくらいだろう。

 当然、その後スーパーで再会しても、話をすることはなかった。


 事故に遭いかけなければ。

 そもそもあのタイミングで和樹がマンションの外に出なければ。

 和樹と会うことは決してなかったのだ。

 無論、今の様な関係もあり得ない。


 そしてスーパーで《《偶然》》同じレジに続けて並んだ。

 その偶然《奇跡》が、今の白雪に齎された《《幸運》》なのか。


「私は……」

「貴女の家の事情は、私にはわかりません。話を聞く限り、私などより遥かにしがらみが多い家でもあるのだということは分かりますし。でも、その……見てられない、と思ってしまって」


 多分これは、これまでかかわりがなかった沙月だからこその言葉だろう。

 ある意味では遠慮がない言葉というか。


 もう、あの十年前の事故で失ったと思っている幸福。

 そんなものが、まだ自分にあるのだろうか。


「すみません、凄くお節介で。でも、貴女のことを《《今》》大切に思っている方々のことも、考えてあげてください」


 沙月はそれだけ言うと、席を立って別のテーブルに混ざっていった。

 残された白雪が呆けていると、幾度目かの大輪の光の華が夜空に輝き、やや遅れて爆音が鳴り響いた。


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