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白雪姫の家族  作者: 和泉将樹
十三章 高校最後の夏
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第92話 再びの墓参り

 七月の下旬の日曜日。

 白雪と和樹は共に、電車に乗っていた。

 目的地は内陸の方にある、ある墓地。

 白雪の両親の墓参りである。


 今回はラフな格好で、とお願いしたので、和樹も普段着。

 白雪もロングスカートのワンピースに、陽射し対策のためのサマーカーディガンを羽織っているだけだ。


 去年は、和樹に自分の家の事情を話すために付き合ってもらったが、今年は別にそういう必要もないし、一人で行こうかと思っていたところ、和樹の方から声をかけてくれたので、結局一緒に行くことにした。

 覚えていてくれたことだけでも、とても嬉しいと思えてしまう。


「一年振りの墓参り、か?」

「ええと……実はあれからは時々は行ってました。土日とかに」

「……いつ?」


 和樹が不思議そうに首を傾げる。


「あの、和樹さんが出張とか打ち合わせでいない時とか……です」


 去年の夏以降、土日はほとんど白雪は和樹の家にお邪魔している。

 さらに言えば、自分の気持ちを自覚してしまった今年からは、平日含めてお邪魔していない日の方がはるかに少ない。五月から六月にかけて、ちょっと忙しかった時期くらいである。


 とはいえ、和樹も仕事で家を空けることは当然ある。

 白雪としては寂しい限りだが、そういう時で、時々墓参りに行っていたのだ。

 以前は命日の時だけだったのだが、特に今年に入ってから、何回か来ていたのだ。

 自分の気持ちを話せる相手が、他にいないからというのもあるかも知れない。


「ああ、なるほど」


 和樹が納得した様に頷く。

 確かに、和樹の視点ではいつ行く暇があったのか、と思われても仕方がない。


「三年生になってからは、私も初めてですが……今日も、暑そうですね」

「今年は特に暑いらしいからな……今日も三十度は軽く超えるみたいだし」

「温暖化って……本当なんでしょうね」

「父親に言わせるとそうらしい。昔はこんな暑いことは……といってるが、今の両親が住んでる場所は涼しいだろうな……いわゆる避暑地だし」


 そういえば前に聞いた、和樹の両親が今住んでいる場所は、国内でも有数の避暑地として有名な場所だ。

 ふと気になって、その地域の今日の天気を調べてみたら、天候は晴れ、気温はなんと最高気温で二十五度。同じ日本とは思えないほどだ。


「和樹さんは……夏にはご両親のところには?」

「予定はないな。涼しいから行こうかという気にならなくはないし、実際美幸は夏はほとんど帰省すると言っていたが、俺はどうしても仕事があるからな」

「でも、ネットワークさえあれば、だいたい何とかなりませんか?」


 行ってほしいわけではないが、かといってもし自分がいるから行かないのであれば、それは申し訳ないと思えてしまう。


「気分の問題だけどな。やっぱ仕事は普段の環境の方が捗るよ」

「そういうものですか」

「人に拠るとは思うけどな」


 そんなことを話している間に、電車が最寄り駅に到着した。

 ここからはタクシーだ。

 特に渋滞などもなく、スムーズに目的地に到着した。


 そのまま二人で、参拝を済ませてから、墓へ向かう。

 前に来たのは、三月の下旬。三年生になってからは初めて来た。


「お父さん、お母さん。今回は、和樹さんも一緒です」

「お久しぶりです」


 和樹が挨拶するのを待ってから、墓の掃除を行い、持ってきた花を飾り、線香を供える。そして、いつものハンバーグを墓石の前に置いた。


「私、高校三年生になりました。びっくりですよね。お父さんとお母さんがここに来てから、もう十年なんだって思うと」


 そういってから、白雪は手を合わせ、祈りを捧げる。


 十年。

 言葉にするとたったそれだけ。

 玖条家に来て、心をやすりをかけるように削られながらも、それでも、両親が一緒にいるこの場所だけは守りたいと誓ったのは、いつのことだったか。


 白雪にとって、それだけが玖条家に自分がいる理由だ。

 自分の幸せは、あの十年前のあの日、全て失われた。

 未来を失った白雪にとって、両親が安らかであることだけが、自分が存在する理由だった。

 その、はずだった。


 目を開けて横を見ると、和樹はまだ手を合わせて祈っていた。

 その胸中に何があるのか、白雪がうかがい知ることはできない。

 ただ。

 この、すぐ隣に彼がいるという現在いまが、本当に失い難いと思い始めているのを、もう否定できなくなりつつある。


 ただ、そのためには、今ここで眠る両親を切り捨てなければならないだろう。

 少なくとも、白雪の我侭で、ここに二人を眠らせてもらっているのは確かだ。

 その白雪が、玖条家というしがらみから逃れるのであれば、両親は確実に引き離される。それは、白雪にとっては、耐え難い事実だ。


 それと自分の幸せを天秤にかけた時、白雪はどうしても両親の安らかな眠りを優先してしまう。

 それは、自分がすでに幸せな時を失ってしまったからだという思いが強いからだ。

 多分これが、和樹や雪奈、佳織、そしておそらく両親にすら非難されるであろう選択だということは、理屈の上では分かっていても――それを選べない。


 そういう意味では、白雪の心は、すでに十年前に折れてしまったのだろう。

 だからか――和樹との未来も、白雪は自分自身望んでいると理解していても、それを思い描けない。

 閉塞した未来だけしかないという現実が、そこに在るだけだ。

 今の延長すら、考えることが出来なくなっている。


(多分、私がバカなんでしょうね)


 勉強は人一倍頑張ってきて、世間からみれば優等生だと思われているし、その自覚もある。一般的には、とても優秀だと思われるようにしてきたつもりだ。

 だが、根本的なところで、多分自分はどうしようもなく生き下手なのだろうとは思う。


(お父さんもお母さんも……多分怒っていそうですね)


 ただ、もうそれも想像できなくなっていた。

 写真もあまり残ってないこともあって、両親との思い出があるのは七歳の時まで。

 小さい頃にはそれなりに怒られたこともあったとは思うが――もう、覚えていない。それだけの時が流れてしまったのだ。


「白雪、そろそろ行くか?」

「あ、はい。そうですね。熱中症になりかねませんし」


 片付けをしてから、もう一度頭を下げる。

 それから、墓を後にした。


「何を報告していたんだ?」

「あ、いえ。他愛もないことです、多分」

「そうか」

「和樹さんも、わざわざありがとうございます」


 普通に考えれば、和樹が来る理由はそれこそ全くない。

 ご近所の両親の命日の墓参りなど、普通はすることはないだろう。

 生前付き合いがあったとかならともかく。


「父親役を引き受けている以上、命日に報告するべきだとは思うしな」

「えっと……な、何を報告していたんですか?」

「それは秘密にしておこう」

「ちょ、それは待ってください。気になるじゃないですか」


 思わず和樹のジャケットの袖をつかむ。

 和樹はそれを振り払わずに、ただ笑っていた。


「別にそう変わったことは言ってないさ、多分な」

「そ、そういう問題ではなくてですね」


 和樹が楽しそうに笑っている。

 本当に何を報告されたのか――気になって仕方ないが、多分和樹が話してくれることはないのは分かっていた。

 ただ、その楽しそうな表情から、多分悪いことではないのだろう。

 きっと、楽しい思い出の話をしてくれたのだろうと思える。


 和樹との間にそういう思い出があること。

 それこそが、今の白雪にとっては、何よりも嬉しいことに思えた。


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