<C19> 血塗れの皇女
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「魔導隊、放てぇっ!」
ツェザーリの怒号、次いで魔導部隊30人が一斉に詠唱し、火球が、氷の槍が、前方50メートルまで迫った亜人の軍団に飛んでいく。
「弓兵、放てっ!」
再びの怒号に弓を構えた70人の弓兵が矢を放った。
火炎と氷、そして弓の雨が次々に襲い掛かり、亜人が悲鳴を上げて転げまわり、沈黙していく。
しかしそれをものともしない一群が、さらに距離を縮めた。小柄なゴブリンはあっさりと焼かれ、転がり、そして命を手放すが、屈強な鎧を纏ったオークウォリアーやオーガポーンが、巨体を揺らし木々を薙ぎ倒しながら、騎兵との距離を縮める。
「おぃおぃ、ありゃオーガウォリアーじゃねぇか。」
御者台の上に立つニトロが目を見開き、オークやオーガの背後から迫る一群を見つめた。
つい先日倒した強敵、オーガウォリアーが10数匹迫っている。
「大丈夫か?」
ゴレムが幌から、のそりと顔を出す。
「まぁなぁ、辺境伯の軍隊だ。そうそうやられるとは思えないが……なんせ今回は雷神剣はなさそうだからな。」
あんな武器が幾つもあってはたまらないとばかりに、ニトロは顔を引き攣らせ笑みを浮かべた。
そうこうしているうちに動き出した。
「つっこめぇぇぇっ!」
ツェザーリの声とともに、騎兵が剣を構え、亜人に向かって切り込んでいった。
無数の剣戟の音が響き、血が吹き上がる。
弱小なゴブリンがあっさりと倒され、鎧を着たホブゴブリンやオーク達が、騎兵とぶつかり剣を交わらせていく。
「狼牙隊、でろっ!」
ツェザーリの声に20人余りの騎兵が前に出た。
彼らは他の騎兵とは違い、それぞれが思い思いの武器を装備していた。鎧の色も他の騎兵とは異なり、ツェザーリの紫色に近い、薄い紫に染められている。
「オーガポーンを殲滅する。我に続けっ!」
ツェザーリが両手剣を抜くと、ツェザーリの体が蒼白い光を纏い、刀身をも包んでいった。
狼牙隊の面々も武器を構え、同様に蒼白い光が包んでいき、「おおおおっ!」と声が迸ると、ツェザーリと共に戦場に向かって馬を奔らせた。
「特殊部隊、そんなもんか?」
ジュンヤが感心したように言うと、クリフがこくりと頷いた。
「あいつが特別に鍛えた精鋭だそうだ。」
「ほう。」
クリフの言う通り、ツェザーリの率いた精鋭部隊は強かった。
馬に乗ったまま亜人を次々に斬り倒し、オーガポーンまで行くと、奴らが振り下ろすモーニングスターを軽く跳ね返す。オーガポーンがまるでゴブリンかホブゴブリンのような雑魚扱いで倒されていく。
オーガポーンがあっという間に殲滅され、他の亜人もまた瞬く間に倒されていった。
「ツェザーリ様、きます。」
不意にアリスが叫び走り出す。ついでマリアが寄り添うように走り、遅れてクリフが付き従う。
「魔族か!」
ツェザーリが馬を抑えながら振り向く。そして奴らは現れた。
以前に襲ってきた奴ら、黒キ翼を持つ者が頭上に数十もの群れを成して現れたのだ
だがジュンヤはその群れの中に、少し異なる者がいることに気がついた。
黒い翼は同じだが、上半身を2つ持つもの。顔や身体が毛だらけで、獣人の様な者などが見える。
さらに地上側にも巨大な蜘蛛に人間の上半身が乗ったような奴、獣人の様な奴、二足歩行であるく甲虫などが居る。
「何だ、あいつらは。」
そいつらからは黒キ翼の者以上の殺意や悪意が感じられた。
「ありゃ明らかに他の雑兵とは違うな。」
背後からグルームの声がして、ジュンヤは頷いた。
「あれは見るのは初めてだけど、多分幹部とか上位とか言われてる奴らじゃないのかな。
「幹部……」
「明らかに雑兵共と違う。
レヴィすらも見たことが無いというなら、そして黒キ翼の者と動いているなら、魔族であり指揮官とか隊長とかのクラスだろう。
「お姫様が率先して突っ込んでったぞ?」
「あたし達はどうすんの。」
レヴィが怒鳴りつけた。
「ああ、幹部なら願ってもない。皆殺しにしてやるさ。」
「おっけ、行こうぜ。」
いうとジュンヤが走り出し、グルームが後を追った。
「んじゃ、いきましょかぁ!」
レヴィがが杖を振り上げると、莫大な魔力が迸りはじめ、呪文詠唱が始まった。
「貫け雷激の線」
レヴィの声と共に、杖に嵌め込まれたクリスタルから、無数の光の線が放たれると、宙を滑空しツェザーリ達へと襲い掛かろうとする黒き翼を持つ悍ましき者たちへと一直線に向かった。
「GIGIAAAHHHHH!!!」
魔族達が光の線に刺し貫かれ、悲鳴を迸らせる。
身体を貫かれ、翼を貫かれ墜落する魔族達に、騎兵たちは驚きながらも、すぐに剣を向けてとどめを刺していく。
「すげーなー、レヴィ。」
ジュンヤは感心しながら走り、それでもまだ滑空し襲い掛かる魔族に向けて、腰の獲物を引き抜いた。
ツェザーリ達と同じように身体強化を施し、抜いた刀身が蒼白い光を放っている。
わずかに湾曲した刀身を掲げ、飛びかかってくる黒き魔物に向かい、ジュンヤは少し離れた場所から、剣を思い切り振った。途端に振られた刀身から弓なりとなった蒼白き斬撃が放たれ、黒き魔物を真っ二つに斬り捨てた。
「おおっ!」
斬撃を放ったジュンヤが驚きの声をあげた。
ドワーフのランスから渡された神の武具の一つ、斬龍丸を見つめ、唖然としている。
「なんかできるような気はしたけど、すげぇな。」
その様子をみてグルームも何か言いたげだが、今はそれよりもやることがある。
地面を蹴り跳躍すると、双剣が素早く煌き黒き魔物の鋭い鉤爪を跳ね上げ、腕を切り落とした。
前方ではツェザーリが豪快に両手剣を振り回し、次々と襲い来る魔族や亜人を叩き斬っていた。
さらに驚くべきはアリスだろうか。
「はぁぁぁぁっ!」
叫び声と共に地面を蹴り跳び上がると、まるで矢の様に一直線に跳躍し、射線上に存在する魔族を次々に斬り倒していく。
上空から飛来した2つの身体を持つ魔族が、巨大な火球を作りアリスへ放出すした。だが雷神剣を向けるや凄まじき雷撃が迸り、火球が飛散して雷撃は魔族にも襲いかかり、燃やし尽くした。
その姿はまるで空中を舞うようであり、ツェザーリもクリフも、そして騎兵たちも陶然として見上げていた。
「すげぇな……あれが【天臨王】の能力かよ。」
ジュンヤはあきれた口調で呟いた。
アリスの姿はまるで、風を纏い舞い上げ、自在に天空を翔ける鳥のようでもある。魔族を斬り裂き返り血を浴び、空を駆けるアリスはまさに《血塗れの皇女》だ。
はぁっと溜息をつき、眼前に迫る蜘蛛魔族が口から吐く糸を躱し、横に回った。糸が着弾すると、地面が煙を上げて溶けていく。
「酸性の糸かよ、やべえな、酸耐性なんてもってねぇぞ。」
少し焦りながら蒼い斬撃を放ち、蜘蛛魔族の脚を切り捨て、悲鳴が上がる中を跳躍して蜘蛛魔族の頭を断ち切った。
激化していく戦いの中、ニトロ達は上空を駆け魔族を次々に撃破していくアリスを眺めていた。
「すげーな。あのお姫様、なんだありゃ。」
幌馬車の御者台でニトロが呆けてみていると、そこにルミが頭にコッペルを乗せて出てくる。
「吸血鬼娘、見えるか?あのお姫様の戦いっぷり。おめーの仲間が次々にやられてっぞ。」
ニトロの声を聴いているのかいないのか、ルミは目を輝かせ、地を跳ね、飛翔し天空を翔けるドレスの少女を見つめた。
「アリスはテンリンオー」
ルミが手をあげ指さしていう言葉に、ニトロは「ん?」と反応するが、よく意味が解らないのか。すぐに視線を空翔けるドレスの少女へと戻した。
しかし不意にでたルミの言葉に、ニトロは振り向いた。
「ツヨイの来る」
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