氷の姫は永遠の愛を誓う
夏休みチャレンジ、案外早く終わってしまった
ヽ(´o`;もう一作書いてみたいので、そちらもよろしくお願いします。読んでいただきありがとうございました。
抜けるような青空に、壮麗な大聖堂の鐘の音が鳴り響いている。
ここは東欧の歴史ある公国、ポーンランド。かつて僕の父が愛し、そして僕の最愛の人が生まれ育った美しい国だ。
大切なゲストたちを完璧にもてなし、厳粛な式から和やかな披露宴へと空気をシームレスに切り替えるため、僕は今朝から2〜3時間に及ぶ緻密なオペレーションの移行作業を、現地のスタッフたちと連携して完遂したところだった。
「ふう……これで準備は完璧だ」
額の汗を拭い、控室に戻って愛用のヴィンテージギターのコンディションを確かめる。
日本でのあの大騒動から数年。僕はプロのクラシックギター奏者として、このポーンランドに居を構えていた。
父が遺したノートに記された幻の讃美歌や伝統曲を現代に蘇らせた僕は、今やこの国で「失われた魂を紡ぐ東洋の伝道者」として、積極的な演奏活動を行っている。
ガチャリ、と控室の扉が開いた。
「……もう。自分の結婚式の日まで、裏方みたいに走り回っている新郎なんて、世界中探してもあなたくらいよ」
呆れたような、けれどどこまでも優しい声。
振り返った僕の息が、無意識のうちに止まった。
そこに立っていたのは、純白のウェディングドレスに身を包んだアレクサンドラだった。
透き通るような銀髪には繊細なティアラが輝き、サファイア色の瞳が恥じらいに揺れている。かつての「氷の王女様」が纏っていた冷たいオーラはもうどこにもなく、ただひたすらに、息を呑むほど美しかった。
「アレクサンドラ……すごく綺麗だ」
「っ……当然よ。誰の隣に立つと思っているの。あなたにはもったいないくらいなんだから、しっかりエスコートしなさいよね」
相変わらずのツンとした日本語。
しかし、彼女が少し俯き加減でこぼした『ラテン語』は、世界一甘い音色となって僕の耳に届いた。
「Sed... vir meus in mundo pulcherrimus est.《……でも、私の旦那様が世界で一番かっこいいわ》」
「Tandem tua fieri possum. Felicitas me complet...《……やっと、あなたのものになれる。幸せすぎて、胸がいっぱい……》」
(ああ、もう。本当に可愛いな、僕のお姫様は)
こみ上げる愛おしさを抑えきれず、歩み寄って彼女の華奢な手を取った。
そして、その手の甲にそっと誓いの口付けを落とす。
「行こうか。皆が待ってる」
*
大聖堂の扉が開く。
ポーンランドの国王をはじめとする大勢の参列者たち、そして日本から駆けつけてくれた日野さんや同好会の仲間たちからの、割れんばかりの拍手と歓声。
僕はアレクサンドラを祭壇へと導いた後、神父の許可を得て、そっと父のギターを構えた。
厳かな空間に響き渡るのは、あの日の放課後、旧校舎の薄暗い教室で弾いたポーンランドの古い子守唄。
ただ一つ違うのは、あの時は孤独の底にいた彼女の寂しさを慰めるための音だったのが、今は溢れんばかりの祝福と、未来への希望に満ちた明るいアレンジになっていることだ。
最前列で聴いている国王が、目頭を押さえている。
アレクサンドラは、涙ぐみながら、世界で一番幸せそうな笑顔で僕を見つめていた。
演奏を終え、ギターを置く。
いよいよ、誓いの言葉だ。
神父が厳かに問いかける中、僕たちは見つめ合い、頷いた。
そして、日本語でも、ポーンランド語でもなく。僕たち二人だけが共有してきた、愛と秘密の言葉――『ラテン語』で、同時に誓いを紡ぎ出した。
「Te amabo in aeternum, in gaudio et in dolore.《――喜びの時も悲しみの時も、永遠に君を愛し抜くことを誓います》」
言葉の意味を正確に理解できる者は、この会場には数少ないかもしれない。
だが、その響きに込められた途方もない熱と愛情は、言葉の壁を越えて大聖堂の全ての人々を包み込んだ。
「誓いのキスを」
神父の言葉に、僕はアレクサンドラのベールを静かにめくる。
サファイアの瞳からこぼれ落ちた一粒の涙を指ですくい取り、彼女の柔らかい唇に、深く、長く、口付けた。
ステンドグラスから差し込む光が、二人を祝福するように眩く照らし出す。
かつて、ホコリまみれの旧校舎で交わされた、不器用で一方通行だった秘密の言葉。
それは今、この美しい国で、誰にも壊されることのない永遠の旋律となって、僕たちの未来へと鳴り響いていくのだった。
お読みいただきありがとうございました。
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