表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
剣王と魔術姫  作者: 熢火
剣人-第1章/王城に咲く血の桜
13/38

剣人-Sランク冒険者

安定の遅更新。


前回のあらすじ

奴隷市場を摘発に協力しラウレを助けたナールは、奴隷市場摘発の作戦成功を祝した衛兵達の打ち上げに参加した。

翌朝、共に帰路についたアルフレートと別れる。

抱いている枕からは温もりを感じる。いい香りが鼻腔をくすぐる。少し硬い感じがしなくもないが、抱き心地は悪くなかった。


ん?抱き枕?

待て、宿のベッドに抱き枕など無かった。それにこの抱き心地からして、素材は布だけではない。


ナールは恐る恐る目を開けた。 視界の下部に、直立した灰色の猫耳が映る。

今度は恐る恐る顔を下に向けると、耳まで真っ赤に染まったラウレの顔が、鍛えられた胸板に押し付けられていた。


「ら、ラウレ・・・?」

「な、ななな、何で、私を抱き枕にしてるの?」

「な、何でだろうな・・・?」


偶にはベッドで寝たら?と提案され、いつも通り断ったナールの顔色はとても悪かった。二日酔いの影響だ。

ラウレは、ナールがベッドで寝ないなら、自分が椅子か床で寝ると言い出た。

結局折れたナールは彼女と背中合わせでベッドに横になった。ラウレが寝たら抜け出すつもりでいたが、いつの間にか寝てしまっていたらしい。


ラウレを認識してしまったからか、鼻腔をくすぐっていた彼女の香りは、突如ナールの脳髄を痺れさせた。


わずかに抱きしめる力が強くなったのを怪訝に思ったのか、ラウレは不安そうな声をあげた。


「ナール?」


ナールの心臓は戦闘時以上に早鐘を打っている。胸に顔を当ててる彼女には伝わっているはずだ。

欲情している、とナールが自覚し、このまま組み敷いたらラウレは嫌がるだろうか、などと思考が危ない方向に向く。


「ナール、お酒臭い」

「ラウレはいい匂いがするな」

「茶化さないで!」

「す、すまん」


ラウレの声を聞いて、何とか衝動をねじ伏せたナールは、名残惜しさを覚えつつも、大人しく彼女を解放する。


もう昼だ。二日酔いで頭が重いが、随分回復が早い。そして空腹を感じる。


ラウレは起き上がると恥ずかしさを隠すように大きく伸びをした。


「お腹空いたね」

「食堂に行くか?」

「その前にシャワー浴びてもいい?」

「ああ、構わんぞ」

「覗かないでね?」

「覗かんから安心しろ」


ナールは、着替えを持ってシャワールームのドアの向こうに消えたラウレを見送ると、二度寝を始めた。





二度寝から叩き起こされた後食事を済ませたナールは、ラウレと共に、北の商業区に来ていた。通りには、武具店が軒を連ねている。


「確かここ辺りだと聞いたんだが・・・」

「思ったより静かだね・・・」


もっと賑わいがあると思っていたが、他の商業区の通りに比べると人が少なく、歩いているのは冒険者然の格好をした者達ばかりだ。店が店なのだから当然か。


ガラの悪そうな連中が多く、案の定というか何というか、歩いているうちの一人が絡んで来た。


「おい、そこの黒髪。ここはお前みたいなガキが来るとこじゃねぇ。失せろ」

「丁度いい。フェリクスという男を知らんか?」

「聞こえなかったのか、失せろつってんだよ。ついでにその手に持ってる酒と女も置いてけ」


ナールが手に持っている酒は高めのものだ。ここへ来る前に、以前約束していたフェリクスへのお礼として買っておいたのだ。


「聞けん要望だな」

「あぁ?なめてんのか?」

「それより構わんのか?」

「何がだ」

「背後」


ナールが男の背後を指さす。

あぁ?と怪訝そうに振り返った男はギョッとした。

鬼の形相と呼ぶに相応しい表情のフェリクスが立っていた。


「俺の知り合いに何か用か?」

「い、いいえッ、何でもないですッ」


確かに怖い。俺だったらちびる、としないであろうことを適当に思考したナールは、走り去って行った男を一瞥すると、フェリクスに礼を言った。


「すまん、また助けられたな」

「気にすんな」

「フェリクスさん、お久しぶりです」

「おぅ、久しぶりだな」


鬼の形相を柔らかい笑みに変えると、フェリクスは歩き出した。


「立ち話も何だから上がってけ。家はすぐそこだ」

「それなら遠慮なく」

「お邪魔します」





「鍛冶屋だったのか」

「あぁ。最近はダールグリュンの方に客が取られちまったけどな」


フェリクスの家は鍛冶屋だった。普通に入店する形で店先から入った。


店先に商品を並べており、その奥が鍛冶場、さらに奥が居住場所になっているらしい。


「あの後どうなった?」

「衛兵には事情を聞かれただけだ、安心しろ。ディルク達も逮捕された」

「それなら良かった。これは礼だ、受け取ってくれんか?」

「おっ、酒か」

「酒は好きなのか?」

「まぁな。しかもルホコルアか、高かっただろ」


予想以上に喜んでくれている。酒を買って正解だった。


「礼だ。気にせんでくれ」

「ありがとよぉ。一緒に飲むか?」

「遠慮しておく。昨晩倒れるくらい飲んだ。今も頭が重い」

「何だ、弱ぇのか?」

「飲み比べで龍酒を九杯飲んだ」

「そりゃ相当だな・・・。ラウレはどうだ?」

「私も遠慮しておきます」


酒を受け取ったフェリクスは苦笑している。


両手が空いたナールは、店内に置いてある剣を手にとってみた。

壁に飾るように置いてある剣ではなく、剣立てに立ててあった数本の剣の内の一本だ。壁の剣のように煌びやかというわけでもない、何の変哲もない剣だ。


「良い業物だ。フェリクスが鍛えたのか?」

「お前は目利きだな。大抵の奴は壁の剣を選ぶんだけどな。それと、残念ながら鍛えたのは俺のオヤジだ」

「魔物の素材を使わずに、ここまでの剣を作るのには苦労しただろう」

「何でわかるの・・・?」

「剣については勉強してるんでな」


ナールは、呆れが混じったラウレの疑問に答える。


魔物の素材は優秀だ。高位の魔物となれば尚更で、鉄より丈夫かつ軽い武器だって作れる。斬れ味などは言うまでもない。

鉄だけで武器を鍛えるのは、低価格を売りにした量産品と、鉄より加工が難しい魔物の素材を扱うまでの練習としてぐらいだろう。今時業物レベルまで鍛えようとするなど物好きだ。


「振ってみても構わんか?」

「いいけど、壊すなよ」

「店をか?剣をか?」

「店に決まってんだろぉ」

「壊さん。ラウレ、離れていろ」


剣の心配をしないのは、自慢の一品だからか。


店先は広い。剣を振るのにも困らない。


ナールは二人と距離を取ってから、剣を構えて振ってみた。上段から思い切り。

刃が空気を斬り裂く。

彼が振るったのはその一度だけだった。


「やはり合わんな・・・」

「はっはっはっはっ、そうか合わねぇかッ!」


ナールの不満そうな呟きに、店の入り口からは爽快なまでの笑い声が上がる。


ナール達が目を向けると、壮年の男が愉快そうに腹を抱えていた。

丈の短い袖から露わになっている腕は逞しく、白くなった髪の前線は後退している。背が低い。ドワーフかもしれない。


フェリクスがポカンとした。


「オヤジ、早かったな」

「おぉ、今帰ったぜぃ」

「お、オヤジ・・・!?」


フェリクスの父親らしい。ということは、ナールが振るった剣を鍛えた張本人だ。


「あんた、ドワーフか?」

「おぉよ」

「じゃあフェリクスも?」

「半分な。死んだヨメは人族だ」


フェリクスの身長はナールより高い。ドワーフとしての身体的特徴は筋肉質なところぐらいか。均等に血の特徴が出ている。

酒を渡した時の反応からして、酒好きというところはドワーフらしいといえばドワーフらしい。高い酒を買った甲斐がある。


それより、フェリクス父が酒臭い。昼間から飲んでやがる。


「テメェ、客に会いに行くとか言っときながら、また酒飲んでんのかァ!?」

「るせェ!この不景気に飲まずにやってられるかァ!!」

「俺が知り合いから低価格で買った魚売って稼いだ生活費だぞッ!!」

「テメェをここまで育てたのはこの俺だぞッ!!」


なるほど、フェリクスが魚を売っていたのは鍛冶屋の生計が厳しくなったからか。


頭が痛いとばかりに顔を手で撫でる息子を放置して、父親の方は話題を戻した。


「目利きで、悪くねぇ剣筋、その剣を作った店で批判できる根性、業物だからかって容赦なく見限れる愚直さ」

「いや、別に批判したわけでは・・・」

「最初から見てたのかよ」

「あれ、気づきませんでした?」


五感が優れている獣人のラウレはいち早く気づいていたらしい。酒臭いから尚更だ。


「ボウズ、名前は?」

「ナール・リューグナー」

「お前はミナヅキの知り合いか?」

「ミナヅキ?」


聞き覚えのある名前だ。誰だったか?

そんな疑問は数秒で氷解する。思った以上に早く記憶を手繰り寄せることができた。


「Sランク冒険者のか?」

「おぉよ」

「違う。名前を聞いたことはあるが、会ったことはない」

「そぉか・・・。で、その剣の何が気に入らねぇ」

「この剣は剣身に重心があるからな。俺は持ち手に近い方が好みだ。あと、幅が少し広いことと、柄が太いいこと、・・・」


次々と気に入らない点を挙げていくナール。さらにいくつか挙げてから、最後に重さを指摘する。


「ーーーーー何と言っても、鉄製で片手剣にしては幅が広いから重い。身体能力が高い獣人やドワーフ向けだろう」

「そりゃ俺に合わせて作ったからな」

「気に入らない点を聞いてきたということは、作ってくれるのか?」

「構わねぇが、安くねぇぞ?」

「一本くらい持っておきたくてな」


呪いがある為、武器に困ることはないが、あれにも生み出せる刀剣の数には限りがある。生み出せなくなるなどそうそうないだろうが、持っていることに越したことはない。

何より武器を腰に提げているだけで、無駄に絡まれるということも少なくなるはずだ。


「といっても、あまり手持ちが無い。予算は三十万カーディといったところか」


ナールは持っていた剣を剣立てに戻す。


安物の剣なら一本数千カーディで買える。そこそこ良い剣なら数万カーディ。業物となると数十万、数百万カーディは軽くとぶ。さらにオーダー品となるとさらに値段は上がる。


ナールの現在の資金源となったサーベルと短刀は百数十万カーディで売れたようだが、実際はその程度では済まない。低く見積もっても数百万、高ければ数千万カーディはしたはずだ。

剣に詳しくない盗賊達は、まんまとダールグリュン武具店に値切られたようだ。もはや騙されたと言っても差し支えない。


「うちではそんな値段で買える半端な武器は作らねぇ」

「んなこと言ってっから客が入らねェし、儲かんねェんだよ!!」

「客と金の話してんじゃねェ!()の話してんだ!!」


相当な剣馬鹿だ。

確かに店内に置いてある剣はどれも良い出来だ。安物や数打ちは扱っていないようだ。


「んな考えしてっから一人前になれねェんだッ、バカムスコ!!」

「あァ!?人が苦労して稼いだギリギリの生活費を、酒に注ぎ込むバカオヤジはどこのどいつだァ!?」


親子喧嘩は続く。


「だからダールグリュンに客取られんだろォが!!」

「テメェがグレて手ェ焼かせたからこんなことになってんだろォ!!」

「俺のせいにすんじゃねェ!!」


少し経っても終わる気配が見えない。

ナールは言い争いをどうにか止めようと、思案し始めた。


と、そこへ、ラウレが思わぬきっかけを作ってくれた。


「仲が良いんですね」

「「どこがだァ!!」」


そういうところがだ、とナールとラウレで苦笑する。そんなラウレはどこか羨ましそうだ。


フェリクス親子の言い争いが止まった。好機。


家族が殺されたという話を聞いていたナールは、羨望を感じているであろう彼女には何も言わず、意識を逸らすように話題を変えた。


「この店はミナヅキも利用するのか?」

「何でそう思った?」

「何となくだ」


ミナヅキとの関係を聞かれたのもあるが、それは今までにもあった。本当に何となくだ。

自分で言っておいて何だが、とナールは前置きして続ける。


「否定せんのか?顧客情報だろ」

「否定も何も・・・」


フェリクスが言い淀む。そんな彼の視線の先は店の入り口に向けられていた。

否、立っていた一人の女に、だ。


女が着ている青と黒を基調とした装備は、一見動きやすそうな服でしかないが、鉄より頑強な素材を加工して作られた上位の冒険者の装備だ。

性能は置いておいて、見た目は目立つようなものではない。だからこそ、より一層目を引く二つの特異性があった。


一つは、左腰の刀。

リントヴルムが原点とされるその武器は、彼の国に最も近いアジェナでもそうそう目にすることのない武器だ。

さらに、彼女の持つ刀の鞘はびっしりと札で覆い隠されていた。顔を出している柄などからして、白と青を基調とした色をしている。

そしてもう一つは、彼女の腰まで伸びる濡れ羽色の髪。


「私に何か用か?」


刀使い。

黒髪の女。

Sランク冒険者。

『雷刀』。

ミナヅキがそこに居た。





ナールより年上ではあるようだが若い。年齢は十代後半から二十代前半くらいで、かなり美人だ。


「あんたがミナヅキか?」

「その通りだが、お前は誰だ?見ない顔だな」


あからさまに警戒されている。自分のことを詮索している者がいたら、警戒するのは当然だろう。


「ナール・リューグナー。ただの旅人だ」

「ナール・リューグナー?・・・お前、この街で人を殺していないか?」


ミナヅキの鋭い視線がナールを射抜く。


関係者という言葉が脳裏をよぎる。ナールはいつでも剣を生やせるように意識しながら正直に答えた。


「・・・殺したが、あんたは関係者か?」

「いや、衛兵が黒髪繋がりで私の元に来ただけだ。聞けば、盗賊団だったらしいな」

「ああ、すまん。迷惑をかけた」

「まあいい。それで、ただの旅人が私に何の用がある?」

「用があるわけではない。ただ少し興味があっただけだ」


肩を竦めるナールに対し、ミナヅキは店の中に入って来た。


「それは黒髪だからか?」

「それもあるな」

「お前、出身はどこだ?名前からしてリントヴルムではないだろう」


ラウレはそこで思い出した。自分もナールの故郷を知らないことを。元貴族、現旅人ということしか教えてもらっていない。しかも、旅の目的も知らない。


(私は、ナールのことを何も知らない・・・)


ラウレが内心愕然としている間も会話は進んだ。


「俺はエスタリームの出だ」

「グランドガラ王都か。『東竜国』・・・リントヴルムに行ったことはあるか?」

「東竜山脈に入ったことはあるが、越えたことはない。あんたはリントヴルムの?」

「ああ」


そう肯首したミナヅキは、少し警戒を解いたようだ。リントヴルムに関係がないことに理由があるのかもしれない。


「シュヴェルト・キルシュバオムに顔が似ているな。関係があるのか?」

「よく聞かれるが、関係は全くない」


考えてみると、ナールとシュヴェルトの共通点は多い。

元は高い身分で、現在は追われている身。似た顔。剣士。

だが、そうやって共通点をあげていくと、必ず決定的な違いが見えてくる。


まず、実力や魔力量の違いだ。ナールの実力は低くはないが、Aランク冒険者には及ばないか程度。たった一人で、SSランクの魔物を撃退したなどという逸話を持つシュヴェルトとは雲泥の差だ。

そしてもう一つ。髪や瞳の色がキルシュバオム家特有の薄桜色でないこと。これはどうやっても誤魔化しが効かないことから、ナールをシュヴェルトだと勘違いし、襲いかかってくる輩などまず居ないだろう。


「だがどちらも男前だろ」

「「「「・・・」」」」


ドヤ顔のナールに、無言で憐れみの目線が集まる。


「・・・首に五億の価値は無いようだな」

「そんな価値があったら自分で刎ねたくなるーーーーー」


ナールは軽口を叩こうとして気づいた。

ミナヅキの左腰の刀の隣に、もう一本短い刀が携えられている。


「そ、その、短刀・・・!」


見覚えがある。


装飾などは一切無い、魔物をそのまま武器にしたような無骨なデザイン。全体が黒みがかった緑色で、数本の黒い線が血管のように入っている。


「これか?」

「ダールグリュンで買ったのか!?」


ミナヅキは短刀を鞘ごと腰から抜く。


「その通りだが、お前が売ったのか?」

「いや、その・・・」

「相当な理由もなくこの刀を売ったなら、持つに値しない愚か者だ」


それほどの業物。


ナールは苦い顔をした。


「・・・実を言うと、盗まれたんだ」

「は?」

「だから・・・盗まれたんだ」


フェリクス父の顔も恐ろしいことになる。剣馬鹿だもの。


ついでにミナヅキの美しい顔も険しくなった。


「この刀はどこで手に入れた?」

「師匠からだ・・・」

「盗まれる為に、その師から譲り受けたわけでもあるまい?」

「知られたら殺されかねん」


冗談抜きでだ。絶対手足の一本や二本では済まされない。


「無駄だと思うが、一応聞こう。返してはーーーーー」

「やらん。金銭で取引などする気はないし、盗まれるような馬鹿に返すなど論外だ」

「ですよねー・・・」


ナールは肩を落とす。折角見つけることができたというのに、取り戻せないとはなんと歯がゆいことか。


もう二度と会うことはないであろう、というのはナールの願望であって、彼の師匠はどこへでも現れそうな人物だ。

いつ現れてもおかしくない死神(師匠)に、悩まされる日々が訪れそうなことを再認識させられ、頭を抱えるナール。


そんな彼の気持ちを煽るように、ミナヅキは笑い、左手を左腰に差してある刀の柄頭に置いた。


「師に殺されかねないなら、刀を取り戻す為に命を賭けるか?」


返す気はないから殺してでも奪ってみるか?と暗に問いかけている。物騒な挑発だ。


ミナヅキは百戦錬磨のSランク冒険者で、アジェナ(この街)では名が知れ渡っている。戦いを挑む者はまず居ないだろう。

ナールが挑発に乗らないであろうことも容易に予想がつく。万が一挑んできても、刀を盗まれるようなどこぞの馬の骨に負ける気はない。


そんな彼女の予想は当たり、ナールは断った。


「俺が命を賭けるのは構わんが、あんたの命も賭けさせるのは筋違いだろう?俺の都合だしな」


だが、その理由がミナヅキの神経を逆撫でする。


筋違い?命を賭けさせる?

まさか、こう思っているのか?

対等の死亡率(リスク)を負っていると。


ゾワッ、と髪の毛が逆立つ錯覚を覚えるような殺気がミナヅキから放たれた。


「なめているのか・・・?」

「・・・なぜそうなる・・・」

「私が簡単に死ぬと言っているように聞こえたんだが」

「誤解だ。あんたと戦っても、百戦一勝、いや千戦一勝できればいい方だ」


だが、と一拍置いてから告げる。

当たり前、世の常とでも言うかのように。


「どれだけ強くても、死ぬことはある」


まさか、Sランク冒険者の命を心配するとは!


ナールの一言で、店内が重い沈黙に包まれるも、すぐに打ち破られる。

それを打ち破ったのは、殺気の主であるミナヅキだった。


「くっ、くふふっ・・・」


柄頭から離した手で口元を覆い、笑いを抑えつけようとする。ミナヅキは呆気にとられるナール達に気づいて、やっと笑うのを止めた。


「す、すまない。まさかSランカーになって、命の心配されるとは思ってなくてな。お前の言う通りだ。どれだけ強くても、死ぬことはある。だが、その心配は厚情であると共にーーーーー」


ミナヅキは短刀を腰に戻す。


「ーーーーー侮辱でもある」


キンッ。

言い切ると、ナールの眼前には刀の切っ先が突きつけられていた。


短刀を戻して、腰にあるもう一本の刀を抜いたのだ。

ミナヅキは笑っているが、目が笑っていない。


雷刀(その名)』に違わぬ速さに、ナールは冷たい汗を流した。


「前言撤回だ。億戦しても勝てんだろうし、あんたは死ななそうだ・・・」

「愛想笑いをふりまいてももう遅いぞ。侮辱されたからには、実力を見せてやろう」


ミナヅキは獲物を睨むようにナールを見つめ、その口元に獰猛な笑みを浮かべる。


「ナール・リューグナー。お前に決闘を申し込む」





「ということがあってだな、困っている」

「ということがあってだな、じゃねぇよ!何でお前はそうやって厄介ごとを起こすんだ!?おいッ」


テーブルの対面に座ったアルフレートは怒鳴り散らす。


それと共に吐き散らされた唾から料理を守る為、ナールとラウレは自分の料理をテーブルから咄嗟に避難させた。


現在は適当な料理店で昼飯の真っ最中だ。

ミナヅキから決闘を申し込まれてから一日が経っていた。


怒鳴ったアルフレートの気持ちもわからなくもない。奴隷市場摘発以降は、やっとトラブルに巻き込まれなくなったと思った矢先にこれだ。

よりにもよって、Sランク冒険者と一対一(タイマン)など。


「何をどうしてどうすればそうなんだよ!?」

「説明した通りだ。俺がミナヅキの心配をして、それを侮辱と捉えられーーーーー」

「断われよ!」

「短刀を賭けられたんだ。そうもいかん」


決闘に勝てば短刀を返してくれるというではないか。


逆に、ナールが賭けた物は何も無い。

ミナヅキ曰く、実力の差を身体に教え込むだけでいい、つまり、フルボッコにするから気にするな、と男前なことを言ってくれた。


「ナール、お前ミナヅキを誘導したんじゃねぇよな?」

「しとらん」

「・・・」


ナールは避難を終了させ、料理をテーブルに乗せる。


それを半目で睨むアルフレートに、ラウレは自分の料理の避難を終了させながら言った。


「アルフレートさん、ナールは頭より体が先に動くタイプですよ?」

「誘導なんて器用な真似できるわけねぇか・・・」

「お前ら、俺を馬鹿にしとらんか?」

「してないよ?」

「事実だろ」


アルフレートはともかくラウレに言われ、微妙に傷ついたナールであった。


「・・・話を戻すぞ。困っている」

「だから俺を呼び出したのか?」

「困った時は言えと言われたものでな」

「言った翌日頼られるとは思わねぇよ、普通。速すぎんだろ・・・」

「お前以外に頼れるあてがあれば、そっちを当たっている」

「このクソガキ」

「冗談だ。それで、協力してくれんか?」


アルフレートはフォークを弄びながら訊いた、


「闇討ちでもすんのか?」

「闇討ちなどせん。ミナヅキの話を聞かせてくれるだけで構わん」

「情報収集ってわけか・・・。まあ別にいいけどよ、ミナヅキが殺す気で来た場合、そんなことしても勝てねぇと思うぞ?」

「やってみなければわからーーーーー」


ビュンッ!!

言い切る前に、ナールの顔の横を銀閃が駆け抜けた。ツゥ、と頬から血が流れる。

アルフレートがフォークで刺突を繰り出したのだ。


無知でどうしようもない子供を黙らせるように、彼は声を低くする。 普段の軽薄な雰囲気は鳴りを潜めた。


「あのな、ナール、よく覚えとけ。お前がラウレちゃんを助けれたのは運が良かったんだよ。一つでも幸運が欠けてれば、今ラウレちゃんは奴隷のままで、お前は死んでたかもしんねぇんだぞ」


もし、衛兵に協力を求められなかったら。その時点から始まってしまう話だ。もっと前かもしれない。

もし、《殺戮奴隷》に勝てなかったら。

もし、呪いがあのまま暴走していたら。


今さら言っても仕方のない話だが、挙げればキリがない。


「誰かを助けれたからって思い上がんな。確かにお前は弱くはない。けど決して強くもない。今の刺突を避けれない時点で、初撃で勝敗は見えてんだ。ミナヅキの本気はこれの十倍速い(・・・・)

「・・・アルフレートさん、やり過ぎじゃーーーーー」

「いいんだ、ラウレ。こいつは友人()の心配をしてくれているだけだ」


決闘では万が一相手が死んでも、故意であることが認められなければ罪にはならない。

もしこれがナールの命を奪うのが目的だった場合、それを合法的に成し遂げることができてしまう状況が作り上げられている。


「運が良かったか。その通りだが、お前もではないか?初めて殺し合った時、俺が相手で良かったな」

「このクソガキ・・・」


アルフレートは渋面で顔を引き攣らせると、フォークを引っ込める。


初めてナールとアルフレートが会った時は敵対した。そしてナールが気絶させるという形で勝った。殺そうと思えば殺せていた。


「油断していたから、とは言わんな?」

「俺の方が速ぇからって、首を狙ったことだろ?いくら速くても、フェイントがなければ予測がつくか」


ナールは全身から剣を生やせるのだから、攻撃の予測がつけば防ぐことができるわけだ。


「そういえばあん時の構え、抜刀術だよな?」

「ああ。だが、鞘無しでの抜刀術は意味がないし、あったとしても直剣では上手く放てん」

「やっぱブラフだったか・・・。つぅか、実際できんのか?」

「ミナヅキの速さには及ばんが、できんことはない」

「じゃあダメだ。真似事でどうにかなる相手じゃねぇ」


アルフレートは血がついたフォークの代わりを、通りすがりのウエイターに頼んだ。


「悪足搔きでも、徹底的に対策を練るしかねぇか。で、決闘はいつだ?」

「二日後だ」

読んでくださってありがとうございますm(_ _)m


銀双の方もわかりやすく書けたらなーとか思いながら執筆。

次話は6/25(土)20時更新予定です。


Twitterにて友人M氏によるイラスト公開中

@Hohka_noroshibi

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ