剣人-祝杯
前回のあらすじ
頭を吹き飛ばし、倒したはずの《殺戮奴隷》が起き上がった。油断していたナール達は反撃を受け、アルフレートとインゴを庇ったナールは左腕を切り落とされた。だが、それが原因でナールの呪いが均衡を崩し暴走。その場に居た二人の《殺戮奴隷》を瞬殺する。なんとか呪いを抑えたナールは、インゴに地下牢を任せ、アルフレートと共にラウレの元へ向かった。
一方、王族エクニスの呼び出しに応じたハンネローネは、エクニスに奴隷を買わないように説得を試みた。エクニスはラウレに目をつけていた為、なんとしても購入を防ぎたいハンネローネの元に、《殺戮奴隷》の強襲の報告が入る。部下を蹴散らす《殺戮奴隷》をハンネローネは軽々と封殺した。
《殺戮奴隷》を封殺して見せたハンネローネと、ナール達が合流する。ラウレがエクニスに目をつけられていることを聞いたナールは突っ走ろうとするが、そこへ丁度エクニスがやって来た。
だが、エクニスはなぜかそのまま奴隷市場を後にし、ナールはラウレを助けることができ、奴隷市場の摘発作戦は成功に終わった。
だが、エクニスの企みは続いている。
奴隷市場の摘発は成功した。
《殺戮奴隷》と戦った衛兵全員が精鋭と言える実力者であった為か、死者は出なかった。それでも精鋭達は軽々と蹴散らされ、手足を切り落とされた者や、急所をえぐられ失血死しかけた者はざらだったことを考えれば、不幸中の幸いとしか言いようがない。
そのまま終わってくれれば、どれだけ良かったことか。
何者かが奴隷商人を乗せた馬車を襲撃し、何人かの奴隷商人を逃す結果となってしまった。ハンネローネ率いる衛兵達は、逃げた奴隷商人の捜索や、違法奴隷の引き取り手、逆に合法だった奴隷の対処で忙しく駆けずり回った。
やっと落ち着いたのが、摘発から一週間経った今日この頃。
ナールとラウレはそれまで何かしていたかと訊かれても、宿で暇を持て余していたしていたとしか答えられない。一度支部に呼ばれ、アルフレートとインゴと作戦中の出来事の照らし合わせを行ったが、それ以外は宿で過ごしていた。
ラウレと、あんなことやそんなことをしていたなどということもない。あったとすれば、宿の女将が若い頃着ていたメイド服をラウレが借りたぐらいだ。
しかし、ラウレがメイド服を着てくれることはなかった。朝の鍛錬から戻ったナールがメイド服への着替えを目撃し、変態扱いされ、メイド姿は永劫に失われてしまった。
事後処理で、ここ一週間疲労の色が濃い顔をしていた衛兵達が聞いたら、殴りかかってきそうな内容だ。
そんな疲労の色が濃い顔をしていた衛兵達も、今日は生気をみなぎらせ、制服ではなく私服姿で、結構な規模だった作戦の成功の祝杯を上げようとしていた。
作戦の中核を担ったナールとアルフレートも参加させられ、道連れの形でラウレも参加することとなった。ナールとラウレは遠慮しようとしたが、行く気満々だったアルフレートに、宿から引きずり出された。
そういえば、アルフレートに酒を奢る約束をしていた。庇ったのだからちゃらどころかお釣りをよこせ、と一蹴してもいいのだが、それを言うのは今度でいいだろう。
ほとんどの国が一五歳を成人としているが、同じくほとんどの国が飲酒に年齢制限を設けていない。有り金の限界と酒にうるさい人が居なければ誰でも飲み放題である。
今回は両方問題無い。酒場は貸切でお代は隊長と副隊長が全額負担してくれる。飲み放題と食べ放題だ。
「乾杯。作戦の成功を祝いましょう」
「「「かんぱーいッ!!!!」」」
ハンネローネの一声と共に、待ってましたとばかりに、なみなみと酒が注がれたジョッキがいたる所でぶつかった。
溢れたことなど気にせず、衛兵達は豪快に酒をあおる。
酒場は大規模な宴会向けの店なのかかなりの広さだが、用意された席では足りず、一部では床に座って食べているグループまである。それだけの人数の胃袋が限界になるのが先か、店の倉庫が空になるのが先かの丈比べが始まった。
喧騒に包まれた酒場の雰囲気からは、一週間前に死にかけた者が居ることなど感じ取れない。もはや死にかけたことを肴にしている者も居る。
「「「一気!!一気!!一気!!」」」
いきなり飲み比べ対決を始める連中も居る。
ナールは飲み比べ対決を尻目に苦笑しながら、ジュースで割った酒を飲んだ。
甘すぎる。酒じゃない、ジュースだ。
と言ってもエールは昔から苦手だ。苦味の良さが未だに理解できない。
飲み物はそこそこに、料理に手をつけようとフォークを手にした。
「兄さん、ビール飲めねぇのか?」
「苦手なだけだ。飲めんわけじゃない」
「それを飲めねぇって言うんだよ・・・」
エールが注がれたジョッキを片手に、向かいの席に座ったアルフレートが呆れた顔で笑う。
「なんだかんだ言って、まだガキだなぁ。自制心も足りてねぇし」
笑いながらエールをあおり、口の周りについた泡を拭う。
ナールと同じテーブルを囲んでいるのは、アルフレートとラウレだけだ。インゴとハンネローネはそれぞれ別のグループで飲んでいるはずだ。
「自制心ならある」
十日以上同い年の少女と同室で寝泊まりしていたのだ。それでも手を出さなかったのは、自制心があったからか、単なるヘタレだったからか。
本人は前者だと考えているようだが、はたして。
「作戦会議から作戦中まで、ずっと女のこと考えてたのはどこのどいつだよ?」
「俺だよ」
「開き直りやがった・・・。想われてんなぁ、ラウレちゃん」
ゴフッ。
ナールの隣で料理をつついていたラウレがむせた。
ナールが背中をさする。
「大丈夫か?」
「だ、大丈夫・・・。アルフレートさん、変なこと言わないでください・・・」
「いやいや、マジだって。『俺のラウレが』ってずっと喚いてたぜ?」
ラウレの頬が紅潮する。
恥ずかしそうな表情で睨まれたナールは弁明した。
「喚いとらんし、『俺のラウレが』とも言っとらん」
「でもずっと考えてたんだろ?」
「それは否定せんが・・・」
「愛されてんなぁ、ラウレちゃん」
今度は顔全体が紅潮する。ピンッと立った猫耳と尻尾から動揺ぶりが伺えた。
「ラウレで遊ぶな」
ナールはぼやくと、やっと料理を口に運ぶ。
人のことを言える立場かと、ラウレが半目で睨んできた。
「ナールだって、私のことからかうじゃない」
「そんなことーーーーー」
今までのことを振り返る。
出会って数分後にはからかっていた。
「ーーーーーしたな。すまん」
「ラウレちゃん、許してやれって。兄さんみたいな男は、好きな娘にちょっかいかけたくなるんだよ」
「なっ、あっ、す、好き・・・!?」
ラウレの顔がまた紅潮する。
対して、アルフレートの扱いに慣れているかのように、ナールは冷静だった。
「それを言ったらお前はどうなんだ・・・?」
「俺か?俺はもっとグラマラスな女が好みだな」
言うと、アルフレートも料理に手をつける。
からかっているのは、単に面白いかららしい。
それを聞いて、少し呆れた表情を見せたナールも料理を食べようとして、隣で固まったラウレに気づいた。
「食わんのか?」
「・・・な、ナールは・・・、や、やっぱり、ぉーーーーー方がい、いいの?」
ラウレがおずおずと聞いてくるが、小さい声だった為、途中が喧騒に掻き消されてしまう。
「?すまん、よく聞こえんかった。もう一回頼む」
「だ、だからっ」
聞き返したナールに向けられたその表情は、恥ずかしさと不安で染まっていた。
「な、ナールは・・・」
「兄さんは、巨乳と貧乳どっち派だ?」
アルフレートが、代弁して質問する。ラウレが聞きたいことに気づいていたようだ。
踏ん切りがつかないでいたラウレは焦った。目の前の崖に尻込みしていたところを、背後から蹴り落とされた気分だ。何言っているんだ、とラウレは呆れの返答を期待した。
だが、ナールは普段なら流すところを、酒場の雰囲気とアルコールの影響か、流さず話に乗る。ふっ、と訳のわからない笑みまで零した。
「無論、きょーーーーー」
「てめぇ、空気読めよ!そこは貧乳か、フェチは猫耳ですって答えるとこだろ!!」
「ッ!?!?」
なぜかキレる不真面目な男。
落ち込む暇もなく、顔を真っ赤にしたラウレがわなわなと震える。
「ついでに毛皮は灰色が好みですって答えときゃ、万事ハッピーエンーーーーー」
ガシッ、とアルフレートの頭が背後から鷲掴みにされた。
あまり大きくない手の感触に、彼の表情が固まる。
「人の恋愛事情を引っ掻き回して面白がる。まだ教育が足りなかったようですね、アル」
アルフレートの背後に、いつの間にか微笑みを浮かべたハンネローネが立っていた。
他の席を囲んでいる衛兵達は、隊長を恐れるかのように縮こまっており、ナール達の方を見ようともしない。
アルフレートは恐る恐る振り返った。
「あ、姉貴、俺は手伝うつもーーーーー」
「問答無用。覚悟しなさい」
細い腕と小さい手から想像もつかない力で掴まれ、アルフレートの絶叫が酒場に響いた。
⌘
ハンネローネも席に加わり、隣でテーブルに顔面を着けて撃沈している弟の代わりに、話題を提供してくれた。無論、上品な内容で。
飲み食いしながらくだらない話で笑う。少し時間が経つと、話題の方向は大きく変わった。
「そういえば。賞金が上がりましたね」
ハンネローネは壁に貼られている数枚の似顔絵を見て話題を振る。
ナール達の席は酒場の端で、ナールとラウレが壁に背を向ける形で座っている。
ナールは振り返って似顔絵を見た。
「誰のだ?」
「『不殺者』のだよ」
復活したアルフレートがエールをあおる。
似顔絵は手配書で、指名手配されている犯罪者達のものだ。似顔絵の下に、賞金の額が大きく書かれ、賞金より少し小さめに名前、名前よりさらに小さく特徴や犯した罪が載っている。
ベッカー姉弟が言ったのは、その内の一枚。頬から頬へ、鼻の上を通る形で一文字傷がある、いかにもチンピラといった風貌の青年が描かれていた。
上手いな、とナールがこの場に居ない絵師に賞賛を送りつつ、賞金などの内容に目を通した。
名前はロイバァ・ファウスト。二つ名はアルフレートが言った通り『不殺者』。赤髪に月黄色の瞳、上半身半裸の上にコートを羽織り、後ろ腰に二本の剣を帯剣し、革の手袋を愛用するらしい。罪状は、器物破損、窃盗、強盗、傷害、不正入国、痴漢、無銭飲食などなど。三年前から数え切れない罪を重ねながら逃げ続けている。
「罪状と賞金が釣り合ってないけど・・・」
その首にかかった賞金は三千万カーディ。一生働かなくて済む額だ。
彼は二つ名の通り、人を殺すことはしない。それなのに賞金がここまで膨らんだのには訳がある。
ラウレのもっともな指摘に、ハンネローネが答えた。
「馬鹿にされた。それを理由に傷害事件を起こしたそうです」
「それで三千万なのか?ついにどこかの王族でも殴ったか?」
「いや、盗賊の頭だ。『血沼』のクヌートって聞いたことあんだろ?」
『血沼』のクヌート。世界有数の巨大盗賊団のボスで、彼が有名になるきっかけとなった町の襲撃の惨状が、正に血の海ならぬ血の沼だったことから、『血沼』と呼ばれている。
これは小規模だから『血沼』なのではない。襲われた町の住人達は細く切り刻まれ、血と混ざって泥のようになっていたことが由来だ。
「賞金一千五百万の大物だな・・・」
「そん時の『不殺者』の賞金は百数十万カーディ。馬鹿にされた挙句、自分より賞金が高いことにムカついて、頭だけじゃなく、本拠地ごと潰したらしい・・・」
「まさか一人でやったんですか?」
「その通り。『不殺者』の異名の通り、死者は一人も出さなかったそうです」
クヌートが率いる盗賊団は、各地の衛兵や騎士団も手を焼く連中だ。本拠地には、数百万カーディの賞金がごろごろ居たはずだ。
それを一人も殺さずに制圧するとは。
「『不殺者』の名は伊達ではないな・・・」
「賞金だけならあっちの方が桁違いだけどな」
アルフレートが言ったのは、ロイバァ・ファウストの隣のルドナァという男のさらに隣の似顔絵だ。
犯罪者達の似顔が貼り出される中、描かれているのは、まだ少し幼さが残る少年だ。
名前は、
「『剣王』シュヴェルト・キルシュバオム。キルシュバオムの王族ですね」
ハンネローネが名前を言うと、ラウレの表情に悲しみが浮かんだような気がした。耳や尻尾が僅かに垂れる。
「どうした、ラウレ?」
「ううん、何でもないよ・・・」
ラウレは何ごともなかったようにジュースを飲む。奴隷生活が長かった彼女は、酒を遠慮していた。
ナールの気のせいだろうか。
言及しても良かったのだが、アルフレートの一言に阻まれた。
「そういやぁ、兄さんに似てねぇか?」
ふむ、とナールは納得したかのように顎に手を当てた。
「男前だと思っていたが、なるほど、俺に似ていたからか」
「ナール、自分で言ってて恥ずかしくないの?」
「兄さん、黙ってればモテることを知った方がいいぜ?」
「お兄さん。・・・」
ボロクソ言われる。ハンネローネに関しては何も言わず、ただ哀しい者を見るような目を向けてきた。
ナールは視線に耐えられなくなり、話を変えた。
「それにしても、五億カーディは高すぎんか?」
シュヴェルト・キルシュバオムにかけられた賞金は、五億カーディ。
剣の才能なら右に出る者は居らず、あと数年で最強の剣士になるとまで言われた男。犯した罪は、クーデターを起こそうとしたとする国家転覆未遂。
だが、戦うリスクと罪状を考えても、五億カーディは異常過ぎる。賞金首の中で一番高い額だ。
屈指の大国であるキルシュバオムが、血眼で行方を追っているのは賞金から分かる。
具体的にどのようなことをしたのかは知られていない。指名手配されてから二年経つが、キルシュバオムは黙秘を続けている。
一国の王子とはいえ、『生死は問わず』と書かれた手配書を見れば、相当なことをしたのか、しようとしたのかは分かる。
まあ、金目的の連中にとっては理由など二の次だろう。
「『王位継承の儀』で妹に惨敗したと聞いたが」
キルシュバオムが行う『王位継承の儀』は有名だ。
血筋として魔力適正があり薄桜色の髪で産まれてきた者達が、数十年に一度行われる『王位継承の儀』で戦い、勝った者が王位継承権を得ることになる。
「五億カーディに値する何か。キルシュバオムの王族と一部の重鎮しか知らないでしょう」
「それにしても災難だよなぁ。『儀式』で惨敗してたこともあって、実力を過小評価した連中にも首を狙われんだからよ」
「外を出歩くこともできんな」
ナールとシュヴェルトの顔が少し似ていても、誰も疑わない。目の前の人物が、五億カーディという大金かもしれないという可能性すら考えない。
キルシュバオムの血筋は、魔力の影響で薄桜色の髪と瞳を持つ。ナールの黒い髪と瞳とは決定的に違う。
疑う余地はない。
「それでもまだ捕まっていない。人里離れた場所に隠れているか、もう既にーーーーー」
「死んでいるかもしれんな」
ハンネローネの言葉を引き継ぐと、ナールは酒を飲む。そろそろ甘さに辟易してきた。
でも、とラウレが可能性の一つを挙げた。
「生きてると思うよ?」
その言葉に、ナールは驚いたような表情をした。
生きている。その可能性を挙げてもなんら不思議ではない。
だが、ラウレの言葉はどこか願いのようであり、五億カーディという賞金には無関心のように思えた。
五億カーディの為に、生きていてほしいと願うのが普通だろう。
「なぜそう思うんだ?」
「何となくだよ?」
ナールの質問に、ラウレははにかむ。
その表情に、ナールは不覚にも見惚れた。
彼は黙り込んでしまい、ラウレに怪訝に思われた。
「ナール?」
ハッとしたナールは、咄嗟に誤魔化した。
「五億あれば、一生遊んで暮らせるだろうな」
「とか言って、兄さんはほとんど寄付しそうだな・・・」
アルフレートに気づかれなかったのは幸いだった。見惚れていたことに気づかれていたら、何と言われ面白がられるか。
「ナールならしかねないね・・・」
「そう言えば盗賊から奪ったお金。あれはどうしたのですか?」
金を回収していたことも知られていた。ずっと言わなかったことから咎める気はないようだ。
質問には、ナールではなくラウレが答えた。
「半分以上教会に寄付しましたよ?」
全員が呆れ顔だ。
いや、ここは褒められるところだろう、とナールが内心抗議していると、一人の男が席に近づいて来た。
「楽しんでるみたいだな」
「おかげでな」
インゴだ。ジョッキ片手に顔が赤らんだ姿は完全に酔っ払いだ。
「アヒレス。座ったらどうです?」
「隊長に勧められては断れませんね」
さて、と空いていた席に座ったインゴは切り出した。
「そろそろもう一つの祝杯と行かないか?」
「もう一つ?」
「決まってるだろ?」
ナールは怪訝そうな顔をしつつ、料理を口に運んだ。味を噛み締めた後に呑み込む。
「ナールとラウレの結婚に乾杯!」
「「「かんぱーいッ!!!!」」」
ゴフッ!?
料理が気管に入った。反論しようとするが、咳き込んでしまう。
涙でぼやけた視界の端に、同じくむせているラウレが映った。
「で?祝儀はいつだ?」
勝手に話を進めるな。
ナール達の席は酒場の端の方だが、周りの席も同調して茶化してくる。
茶化されている中、やっと正常な呼吸ができるようになった。
「け、結婚などせん!!」
「しないのか?」
「し、しません!!」
ナールとラウレは全力で否定する。
なぜ決定事項だったのだろうか?
二人の反応が芳しくないのがおかしいとでも言いたいように、周りの人々は怪訝そうな顔をする。
「そのデタラメな話、誰から聞いた?」
「誰って・・・」
周囲全員の目が、いつの間にか席を立っていたアルフレートに向けられる。
彼は視線に気づいたのかニヤニヤ顔で振り返った。顔が赤い。こいつも酔っている。
「アルフレートォッ!!!!」
懲りない奴だ。
この後ハンネローネに捕まったのは言うまでもない。
⌘
秘竜酒という酒がある。竜人族によって数百年の年月をかけて造られる秘酒で、製造方法などは竜人の減少に応じて、完全に途絶えたと言われる。
だが、残った秘竜酒の希少な一本が市場に出たことがあった。どうなったかというと、『剣王』の首より遥かに高い額の金が動いた。
最後はローテという国の酒好きの国王が競り落としたが、そんな代物を私的に買っておいて、バレないはずがなかった。
これがローテが滅びる原因に繋がった、いわば根源であることから、秘竜酒は『国滅の毒』とまで呼ばれた。
ちなみに、彼は秘竜酒を飲んでこう言ったそうだ。
『この先、我輩が酒を口にすることはないだろう』
美味すぎて、他の酒が飲めなくなった。安酒から数十年に一本の高級酒まで、全てが泥水に感じたそうだ。
秘竜酒を飲んで、今も普通に酒が飲めるナールから言わせれば、与太話もいいところである。
エールは苦手だが、他の酒が飲めることは実証済みだ。師匠に施された『口直し』の効果であるかもしれないが、実感が湧かない。
比べれば、他の酒が大きく劣るのは確かだ。それでも飲めなくはない。
なぜナールが、国王が億単位の額で買うような酒を飲んだことがあるのかと言うと、人里離れた山に引き籠っている師匠に飲ませてもらったのだ。
師匠曰く、昔友人からもらった、とのことで、『口直し』と翌日の破門がなければ、人生の中で三指に入る良き思い出だっただろう。
『口直し』の方法は、秘竜酒を飲み終わってすぐ龍酒と言う酒を飲むというものだ。
龍酒とは、名前の通りドラゴンの内臓を材料に加えて造られた酒で、子供や酒に強くない者なら匂いだけで酔え、一口飲めば大の大人がひっくり返る。
これを一杯飲めば味が上書きされ、ついでに意識も吹っ飛ぶ為、秘竜酒の影響が抑えられるという。
龍酒での飲み比べなど早期決着でつまらない。酒に強いドワーフや身体が頑強な竜人でないと成り立たないだろう。
少なくとも、人族のやることではない。
「うえぇ、頭が割れる・・・」
寝ているラウレを背負って、ナールは帰路についていた。
時刻は早朝。空が白み始め、表通りを僅かな人々が歩いている。
日没から始まった打ち上げは、日付変更直前の深夜になると、ナール達の飲み比べ対決の観戦に変わっていた。
参加したのは、ナール、アルフレート、インゴ、ハンネローネの四人。ラウレは酒に弱かったのか、匂いで酔い潰れてしまった。
対決で飲んだ酒は龍酒で、一杯一口サイズのグラスを使った。そうでもしないと勝負にならない。
龍酒は、使われるドラゴンによって味や度数が変わってくる。飲んでいる龍酒に使われていたのは、ワイバーンだ。
龍酒の中では弱い方だが、インゴはグラス一杯目で、アルフレートはグラス三杯目で倒れた。
「龍酒を九杯も飲めばそりゃそうなんだろ・・・」
共に帰路についたアルフレートの顔色も悪い。二日酔いだ。
思い出すだけで吐き気がする。
龍酒を飲んだら灼熱に襲われた。酒が通った体内が焼けるようだった。視界が眩み、脳が融解する錯覚を覚えた。
自ら寿命を縮めるに等しい行為だっただろう。
「俺には、兄さんがそこまで飲めたことが驚きだ」
「こう見えても酒豪で通ってるんでな・・・」
あまり酒を嗜まないくせに、酒豪を自称するナール。対決で、自称ではなく公認になった。
最後まで残ったのはナールとハンネローネだった。
九杯目を飲み干した直後二人共崩れ落ち、勝負はドロー。 誰が勝つか賭けていた観客達は、さぞ不服だっただろう。
しかし、意識を取り戻したハンネローネはアルコールが抜け切っていた。勘定を済ませると、寝落ちした部下達を叩き起こして帰路につかせ、自分は仕事へと向かった。
倒れるまで飲んでおいて二日酔いにならないとは、酒好きにはさぞ羨ましい体質だろう。
「負けた気がする・・・」
「姉貴と引き分ける時点ですげぇよ」
何でも、ハンネローネは飲み比べ対決では無敗を誇っていたらしい。
連勝に楔を打たれた彼女は嬉しそうだった。
また飲もうと誘われたナールであったが、二日酔いの状態では良い返事ができるはずもなく、苦笑されてしまった。
「ところで兄さん」
「何だ?」
吐きそうだ。今日は一日宿で寝ることを内心決めながら相槌を打つ。
アルフレートは、背負われているラウレを見て訊いた。
「兄さんにとって、ラウレちゃんって何だ?」
「・・・」
突然の質問に、ナールは長々と間を置くことで、しっかり考えてから答えた。頭痛が酷い現状では辛い作業だった。
「・・・救済対象、仲間、友人・・・。色々と浮かぶが、どれもしっくりこんな・・・」
ニヤリと、アルフレートが笑った。顔色が悪いので、無理をしているのは一目瞭然だ。
「好きなのか?」
「ああ、好きだ」
間を置くことのない、即答である。
ナールが戸惑わないのがつまらないようで、アルフレートは二日酔いに相応しい顔に戻った。
でも、とナールは目を細めた。
「親愛なのか恋愛なのかはわからん・・・」
「わかんねぇのかよ・・・」
呆れた顔をされ、仕方ないだろう、と言い訳したくなった。
十三歳から十五歳という多感な時期を老人と二人っきりで過ごしたのだから。しかも地獄のような修行生活。
「まあ、どちらでも構わん。いずれ分かるし、側に居る間は守り続けることは変わらん」
「手ぇ出さねぇのか?」
どこまで進んだ?と訊かないのは、ナールが安易に関係を変えようとしないことを分かっているからだろう。
「出さん」
「ラウレちゃんの方から迫って来たらどぉすんだ?」
「こ、断る・・・」
何とか答えを絞り出す。
そんな状況になったら、自分の自制心が保つかは怪しいところだった。
「断る、ねぇ」
今度こそ手応えありとばかりに、アルフレートが意味ありげに笑う。
ナールはつい顔を逸らした。
アルフレートはその反応を面白がって声を立てて笑い、二日酔いの影響で吐きそうになった。
「ざまあないな・・・」
「そんな後手に回ってっと、そのうち誰かに盗られるぞ?」
ラウレは美少女だ。引く手数多だろう。
「ラウレが幸せなら、俺でなくても構わん・・・」
「はあぁぁぁ・・・」
アルフレートは頭が痛いとばかりに、掌で額を覆う。
「自分の側に置いときたいとか思わねぇのか?」
「束縛する権利は俺には無い。ラウレは奴隷ではないしーーーーー何で諦めたような顔をする・・・?」
「ダメだこりゃ・・・。まあ、ちゃんと守れよ?」
「それを言いたかったのか・・・?」
「どう思ってんのか知りたかっただけだ」
「随分肩入れするな・・・?」
アルフレートは苦笑した。
「酷ぇな、兄さん・・・。少なくとも俺は、兄さんのことを友達だと思ってんだぜ?」
「・・・それは、すまん・・・」
「謝んなよ」
「・・・友人だと思っているなら、その呼び方やめんか?」
「あ?別に良いだろ?」
「良くない・・・」
兄と呼ぶのはやめてほしい。昔を思い出す。
やれやれと、アルフレートは肩を竦めた。
「分かったよ、ナール」
「ふむ。お前に呼び捨てされると苛立たしいな・・・」
「冗談は置いといて、真面目な話だ」
アルフレートは軽く流すと、声のトーンを落とす。
「前にも言ったが、エクニスに気をつけろ・・・。まだ諦めてない可能性がある」
「分かっている・・・」
「つっても、にい、じゃなかった、ナールの周りは衛兵が守ってから少しは安心だろ」
ハンネローネの計らいだ。今も一定の間隔で四人の衛兵が追いてきている。
奴隷商人を移送中の馬車を襲ったのは、エクニスの手の者だろう。今回も含め、彼は法に触れることを何度もしている。
一部の人しか知らないが、ハンネローネはエクニスの逮捕を目指している。
遠い目標だ。相手が王族であるが故に、否定できないような証拠を出すのが困難だ。
「それでも、あんま離れんなよ?」
「肝に銘じておく」
話しているうちに、東側の商業区まで来た。酒場は南にあった為、かなり歩いたことになる。
表通りの十字路。南側から来たナール達から見て、左へ曲がれば貴族区へ、右へ曲がれば居住区へ、真っ直ぐ進めば商業区が続く。
居住区へ向かうアルフレートとはここで別れとなる。
「困った時は言えよ?」
「お互いにな」
言葉を交わすと、呆気なく二人は別々の方向に歩き出す。
十字路を過ぎると、丁度陽が姿を現した。
「・・・ェル・・・」
ナールの背中でラウレが身を捩る。
ナールは彼女の寝言に苦笑しながら、 活気づき始めた街を見渡す。朝食の香りが漂い、二日酔いの頭を刺激した。
あの日、少女を背負って地下牢を歩いていた少年は、朝日によって黄金色に照らされた街を歩いていた。
読んでくださってありがとうございますm(_ _)m
次は銀双の執筆です。
ゆっくり進んでいます。色々と設置は考えてあるのですが、このペースだと全部出すのにいつまでかかるのやら(−_−;)
Twitterで友人T氏に描いていただいたイラスト公開中。
更新の予定変更などもお知らせしております。
@Hohka-noroshibi




