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◆これが学園の日常的な非日常

 我が国が誇る、最もレベルの高い学校ヴィレット学園。幼等部から大学院までのエスカレーター式だがその実、エスカレーターで最後まで辿り着けた者は5学年に一人という程内部生に優しく無い。外部生には上位三分の一までに食い込むことが義務付けられているのでもっと優しく無い。ある意味ついていけない授業なんて受けなくていいよ、という優しさなのかもしれないがそんな優しさ嬉しく無い。


 さて、そしてもう一つ。馬鹿と天才は紙一重、という諺を知っているだろうか。馬鹿と鋏は使い様、のある意味逆バージョンと思って貰っても構わない。兎も角、この言葉がヴィレット学園を表すのに相応しいと僕は半ば本気で思っている。その学園に通えている時点で自分もおかしいのかもしれないが、まだ真っ当な方だと自負している。頭の使い方が斜め48度位の奴等が溢れる中多分僕は斜め10度程度のズレだ。


 少なくとも、目の前で起こっているコレをおかしいと感じられる程には常識がある。


「リーン君、現実逃避も程々にしましょう?ほら、綺麗ですよ。見事に咲き誇ってます」


「これって嫌がらせなのか?それとも善意ある行動?この花瓶、まぁそこそこの上物だぞ」


 僕と同じ位にはまだ真っ当な思考をしているアルとメイが、死んだ目で‘机の上に置いてある花瓶’を見ている僕にフォロー?を入れて来る。これは果たしてどう捉えるべきなのだろう。これがただ菊等のお墓に備える系の花が活けられていたのなら完全な苛めだ。ただし無駄に金がかかった。‘本物’に囲まれて育ったメイが言う位だから、相当良い花瓶なのだろう。


 だが、この花瓶には‘綺麗な深紅の薔薇’がごそっと入れられている。幾らするんだろ、コレ。


「深紅か……『私を射止めて!』だっけ?花言葉」


「その私さんが誰か不明ですけどね」


 これが他の色なら色々解釈が出来たのだが、深紅じゃただの愛の告白だ。寧ろアレか?『好きなんです。だから私と一緒に死にましょう?』的なヤンデレ発言のつもりなのか?因みにそんな迫られ方は流石にされた事無い。普通に玉の輿狙いのお姉様方に追い掛け回されたりはしたが。


「おいリーンッ!トイレのとび―――何だその花?」


 訳の分からない事を言いながら教室に入って来たソルトすらもこの薔薇を見て驚いた。うん、まぁそれ以外どう反応しろって感じなのだが。


「いや、なんか教室来たら置かれてた。で、トイレの扉がどうしたの?」


「そうだ!今ちょっと確認してみたんだが、何でかトイレの個室の扉が無くなってて、それらしきモンが隣の教室に置かれてたんだよ!何でだよ!?」


「分かる訳無いでしょ」


 何故トイレの扉が教室に置いてあるんだ。そして何故チョイスがトイレの扉なんだ。まずどうやって破壊したし。

 百万語が渦巻くのを押しとどめて、冷ややかな目でソルトを見つめればそうだよなぁ、と困ったように返事をされた。尤も今一番困っているのはそのトイレの扉を置かれた隣のクラスの人達だろう。衛生面考えろや。


 しかし何故今日に限ってこんな変な事が立て続けに起こっているのだろう。確かに隣のクラスは変人の巣窟と教師から呼ばれる程濃い生徒が集まってしまっているようだが、今回は彼等が主犯じゃないだろう。幾らなんでも自分のクラスにトイレの扉を持ち込みたがる馬鹿はいるまい。というか誰か先生呼んで直してもらいなさい。個室一個使えなくなっちゃってるんでしょ今。



 これが今日という奇妙な一日の幕開けだった。だが、幕開けがこんなものだったのが今では不思議だ―――




―――――――――――――――――――――――――――――――――




「はぁ……なぁ、先生はな、ある程度予想はしていたんだ」


 一限目、唐突に行われた荷物検査。偶々担任の授業だった為なのか全校で行われているのかは不明だが、学生という一種の遊びたい年齢層の集まりにとっては窮屈な物の一つだ。持ち物を制限される、というのは同時に娯楽を制限されている事でもある。

 が、何事も例外はあるらしい。


「先生達だってお前らがあんな物やこんな物位持ち歩いているのだろうというのは何となく分かっているつもりだった。あぁ、つもりだったさ」


 そう呟いて嘆く独身女性(担任)はキッととあるクラスメイトを睨み付ける。それに縮こまったのはその生徒だけではなく、ソイツと仲良い数名もだったが。その様子を見て担任は嘆かわしい、と言わんばかりに天を仰ぎ、そして八つ当たり気味に叫んだ。


「だがな―――流石に鞄の中身が洗浄剤一択というのは考えてすらいなかったぞ!?」


 何故そんなにも洗浄剤が必要だったのだろう。何故全部種類が違うのだろう。そして教科書どころかペン一本すら入っていない鞄は果たして学校に持ってくる必要があったのだろうか。


「先生!おれ等はただ隣のクラスの美化委員とトイレの扉の絶対に落ちない汚れがどうしたら落ちるのか話し合う為に持って来たんです!」


「委員としては仕事をしていると褒めるべきだがお前らは学校に何しに来ているんだ!」


「部活と委員会です!」


 素晴らしい。おおー、と思わずクラスメイト全員で拍手をしてしまい、担任様から睨まれた。いや、だって凄いじゃん。教師の目の前で勉強する気は無いって言い張るなんて。しかもそれを言えるだけの成績はちゃんと納めている生徒だし。


「……で、そっちの奴、鞄を開けろ」


 最早怒る事すらも諦めたらしい担任は次の生徒へと移る。するとその生徒(女子)は恥ずかしそうに鞄を開け、机の上にモノを広げ―――


「……待て、これは何だ」


「その……柴漬けです」


 …………次は沈黙が舞い降りた。何故女子生徒が(瓶一杯に詰められた)柴漬けを持ち歩いているんだ。そして何故彼女はそれを恥ずかしそうにいそいそと鞄に戻しているんだ。何が恥ずかしいのかも、何故持って来たかも、僕には全くもって理解出来ない。てか、多分理解しちゃいけない。


「……次」


 何も言えなかったのか無言で担任は移動する。―――って僕じゃん。


「えぇと、重要な書類がこっちの鞄に入っているんでちょっとスルーして貰えます?」


「ああ、そこはいい。どう考えても紙しか入っていないからな」


 呆れたのか疲れたのか、窶れ気味の先生に同情しながら僕はもう片方の鞄を開ける。机の上に広げるソレは学生として正しい物だらけだろう。


「筆箱、下敷き、財布、寮の鍵、ノート、電子端末、薬……よし、お前はちゃんと真っ当な持ちも―――」


「……先生?どうしました?」


 軽く持ち物を漁りながらホッとした表情になったのに、またピタリと固まってしまった。うん?何か変なモノなんて入れてたっけ?机の上に並べられたそれらを見てもおかしい物なんて一つも無いじゃないか。精々が仕事用で持って来てる電子端末位だけど、ちゃんと学校に許可取って持って来てるし。だが、担任にとっては一つだけおかしい物が存在したらしい。


「…………何だ、『アホでも学べる毒物雑学』って」


 その手に持つのは僕が今日持って来ていたお気に入りの本である。うん?ごく普通の本でしょ。ただタイトルがアレなだけで。少将すらも愛読書にしている程勉学に役立つシリーズである。ほら真面。寧ろ勉強熱心と言ってくれ。


「……次」


 まさかの変人たちと同類宣言を受けてしまった。ちょ、先生中身も確認して!?ソレただの医学書だから!

 と言ってもスルーされて次々と流れていってしまった。だが次から次へと出て来る学校に持ってくる筈が無い奇妙なモノに先生のテンションは駄々下がりだ。って、あ。スゥさんの番だ。


「フラム……お前も何をしに学校に来ているんだ?」


「え、学業ですけど~?」


「……学校でゲームの攻略本なんて作るんじゃない」


 スゥさんはどこまで突っ走ってもスゥさんだった。持ち物自体は問題ないが、僕とは違って趣味の方の仕事に専念していたようである。攻略本自作して(ただし父親の会社でキチンと編集された上で公式に)売ってるというのも学生じゃあんまり居ないだろう。同人誌出している違う方面に残念な人たちは別として。お腐れ様、頼むから僕をネタにしないでくれ。そして「厨二病キターッ」とも叫ばないでくれ。好きでやってるんじゃないやい。

 と、スゥさんが立ち上がって先生を見上げた。なんだなんだ、と集まる注目を無視して彼女は口を開いた。


「先生、ゲームとはとても奥が深い物なのです。例えばRPG物の設定、これらの舞台背景の裏側には各国の文化や歴史が表れて居ます。例として、ついこの間我が社が発売した【ソール・ウィザード・クロニクルⅣ】はリオウ=ヒューズリーが‘煉獄の使者’と呼ばれていた時代背景を元に作られています。当時は大陸中部全域が戦場だった為に貿易が途絶え、各地の文化が発展した事が有名ですがその一方で戦争に寄り破壊された文化や遺跡も数多くあります。その中でも現在ミッテルラントに残されている陽守遺跡が舞台設定の一部に使われていますが、あの遺跡は今は無き、四大精霊信仰の中でも異端とされていた火の精サラマンダーが邪神に堕ちたという伝説を元とした為に帝国軍に滅ぼされましたね?あの描写を両者サイドからプレイする事で当時の世界情勢と帝国の政策方針及び民衆の声を「もういい!もういいから落ち着け!!」……えー」


 見事なまでのマシンガントークである。語尾を伸ばす事すら忘れ全力でゲームについて語る姿は見る者にドン引きと一抹の不安を感じさせる。この子本気で大丈夫かね。


「はぁ……つまり勉学に役立つから見逃せ、と言いたいのだな?」


「端的に言えばそうですね~」


「……内職無し、成績を下げないならいいだろう」


 実力が全てなこの学園、どうやら多少の事なら成績次第で目を瞑ってくれるらしい。流石変人学校、それで分かりましたと嬉しそうに頷けるとか普通は無いって。


「次……は、ルーラか。お前はどんな珍妙な物を持ち歩いている?」


「鋼糸と短刀と針は職務的にスルーして貰えますか?」


 ちろり、と僅かにそれらを見せると先生は頭痛を堪えるかのようにこめかみを押さえた。


「……貴様は形状記憶武器(メモリーウェポン)が何の為に存在すると思っている?」


 有事に軍人が武器を携帯すると市民は不安を感じる。それだけの事が起きているという証拠になるからだ。その緩和の意味で態々馬鹿高い武器の携帯を義務付けているというのに、アルの言葉はそれをある意味否定してる。……ちゃんと僕が許可出してるけどさ。


「先生、展開の時間ラグ考えたら暗器で先制しておいた方が有利なんですよ?僕のだと武器的に大振りな攻撃ばかりに偏ってしまいがちですし」


「理には適ってるが仕舞ってある場所が最早暗殺者のソレだぞ。何故靴とズボンの間から剣が出て来て時計の裏から鋼糸が出て来るんだ」


 そう、しまってあった場所が頭痛の問題だったらしい。アルの性格であの仕舞い方をすると本当に何かヤりそうだという点では同感出来る。最近リトスの脱走を鋼糸で取っ捕まえてるの知ってるから尚更。あれで凄い上達したんだよな、アルの暗器の使い方。


「因みに針は流石にそのまま持ち運ぶのが不便なので鞄にいれてあります」


「流れるように鞄の中から極太の針を取り出すな。というかまずソレは針でなく‘錐’というのではないかというツッコミも受け入れられないか?」


「商品名が針だったので一応そう呼んでるだけですよ。因みに軍用宿舎の雑貨屋で売ってました」


 その発言に先生がこめかみを押さえた。あそこは仕事が仕事なので割と何でも売っているが、そんな事を一教師が知っている筈も無く。ケロッとした顔で言われて何も言い返せないようだ。面白いから追い打ちかけてみようか。


「先生、あそこの雑貨屋陛下からの許可証あれば合法の毒物でさえ手に入りますよ?まだそれをアルが使って無いだけマシだと思って下さい」


「え、そんなのあるんですか?うわぁ、今度陛下にお願いしてみましょうか」


「待て!何故陛下に易々拝謁給える事を前提に話している!?」


 アル知らなかったんだ。そして先生が食い付くポイントちょっと変わっちゃった。まぁ混乱に陥れられたから良しとしよう。生徒の方も驚愕してるけど。


「え、陛下偶に特科(ウチ)の宿舎で夕飯食べてたりしますよ」


「……いつからこの国はこんなにもフリーダムになった?」


 ざっと5、6年前からです。

 そんな心の声は聴こえて居なかっただろうが、先生は酷く重い溜息を一つついた。



―――――――――――――――――――――――――――――――――


 下駄箱。それはバレンタインに活躍する、普段はゴム臭い上に埃が溜まったただの靴入れの筈である。ウチの学校のは残念ながら鍵がかからない物なので誰でも開け入れ自由。だからこそ‘先に帰る’等伝言が張り付いている事も多々あるし、貸していた何かが袋に包まれて入れられている事もある。

 だが、流石にこんな物が入っていた事は今までに見た事が無い。


「……次の被害者はオレか」


「メイ君、現実見ましょう。……えと、ほら、凄い凝った衣装ですし、これペチコートも全部シルク製ですから高いですよ」


「……値段がどうのこうのって言うより、下駄箱に‘アンティークドール’が入ってるってホラー」


 薄暗い下駄箱の中に半分無理矢理入れられた金髪蒼目のリアルな人形(ビスクドール)。着せられたピンクのドレスは僕から見ても繊細だと思える程の金糸の刺繍で凝っていて、生地もアルの解析曰くとても良い物。ペチコートなんて見えない部分にも絹を使ってるなんて職人魂だと思う。……うん、有体に言えば怖い。ソルトも同じ事を感じたらしく腕を摩っていた。


「コレ触って平気か……?」


「呪いはかかっていませんから、多分。そして持ち主誰でしょうね、それどうします?」


「……職員室にでも届けるか?」


 悩んだ末にソルトが提案した。そして触っても大丈夫と保証が来たので恐る恐るメイがドールを持ち上げる。これ、メイの顔が整ってるから多少は絵になるけど、平凡若しくはそれ以下の男が同じことやったら視界の暴力だと思う。


「職員室の先生も困るだろうね……職員塔までは行かなくてもいいか。メイ相手だから高等部のお姉様方の可能性もあるけど」


「この学校には肉食系女子しかいないのかと本気で問い詰めたい」


 顔を覆って俯いたソルトは子の学校に未だ馴染めていないようだ。

 お姉様方はこの由緒ある学園に通っている訳で、当然親からも貴族からも国のお偉いさんからも期待をされている訳である。当然彼女達はその期待に応えようとしている。将来の安定、それも自分だけでなく親の老後や兄弟姉妹の就職がかかっている場合もある。何せ漸く落ち着いた国だし。そして、一番安定した生活を送る方法は即ち、‘絶対に没落しない貴族と結婚する事’である。だから皆さん必死扱いて僕等の元へ突撃かまして来るのだ。分かってるからストーカーと罵れない悲しさ。いや、(ギリギリ)ストーカー行為はされてないけど。

 という説明をつらつらソルトに説いたら、尚更頭を抱えられてしまった。解せぬ。


「……あの、そちらも混みあってるようですがそろそろ行きません?周りからの視線が痛いですし」


 アルの言葉に辺りを見渡せば成る程、学年関係無しにこっちガン見されてた。通りかかった人に二度見もされた。人によりけりで何事も無かったかのようなスルーもされた。……別にこれ僕等の所為じゃないんだけど。


「うん、ごめん行こう今すぐに。あとその人形にはこれでも掛けといて」


 目立ちすぎる、という事で来ていたベスト(防魔加工付の特製品)を脱いでビスクドールに被せる。取り敢えず移動中は見えないだろう。



 その後教員室でドン引きされた挙句、寮でどう回ったのか「メイが幼女を抱えて校内を徘徊していた」というぶっ飛んだ噂が立ったりもしたが、これは多分別の話。変人クラスがウチへと変更されたのも多分別の話。


 ―――ついでに言えば、未だに薔薇とビスクドールの犯人は見つかっていない。

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