外伝 第3話 煙草の男
風が吹く。
寒かった。
避難都市は静かだった。
いや。
静か過ぎた。
盗賊は逃げた。
死体だけが残った。
外傷は無い。
血も無い。
何も無い。
なのに。
死んでいる。
避難民達は近寄れない。
ただ。
遠巻きに見る。
誰かが小さく呟いた。
«「……何だったんだ」»
答える者はいない。
母親が娘を抱き締める。
震える声。
«「もう喋っちゃ駄目……」»
女の子は少し首を傾げた。
«「でも」»
小さい声。
«「助けてくれたよ?」»
母親の顔が固まる。
違う。
違う気がした。
助けた訳じゃない。
ただ。
たまたま。
そこに居ただけ。
少し間。
痩せた男が死体を見る。
喉が鳴る。
«「……何された?」»
小さい声。
誰も答えられない。
見えなかった。
何も。
ただ。
煙草の匂いだけが残っていた。
◇
同じ頃。
避難都市中央。
粗末な木造建物。
かつての政務所。
などではない。
ただ。
使えそうな建物を無理やり使っているだけ。
そこに。
一人の女が居た。
赤い瞳。
銀髪。
静かな威圧。
アルシアだった。
机には地図。
食糧不足。
難民増加。
盗賊被害。
反乱報告。
酷かった。
世界は崩れ始めていた。
少し間。
疲れた兵士が部屋へ入る。
顔が悪い。
«「アルシア様」»
短く。
«「避難区画で騒ぎが」»
アルシアの目が動く。
«「被害は?」»
静かな声。
兵士が少し迷う。
«「……死者一名」»
止まる。
«「盗賊側です」»
少し間。
«「戦闘はありませんでした」»
沈黙。
アルシアの目が細くなる。
«「……戦闘無しで?」»
兵士が頷く。
喉を鳴らした。
«「外傷無し」»
短く。
«「何をされたか分かりません」»
沈黙。
風が窓を揺らす。
アルシアの指が止まった。
少し間。
静かな声。
«「……煙草の匂いは?」»
兵士の顔が止まる。
«「……っ」»
息を呑む。
«「な、何故それを……」»
沈黙。
アルシアが小さく息を吐く。
本当に。
小さく。
«「……翔様」»
小さい声だった。
安堵。
恐怖。
諦め。
全部混ざったみたいな声。
窓の外。
風が吹く。
煙草の匂いなんて。
する訳もないのに。
何故か。
少しだけ。
嫌な予感がした。




