第二部 第177話 魔王指定
砕け散った白い巨人の残骸が、音もなく崩れていく。
法則そのものだったはずの存在は、呆気ないほど簡単に消えた。
静寂。
白い空間だけが残る。
だが。
変わっていた。
士郎の足元から滲んでいた黒が、さらに深く広がっている。
侵食。
もう隠しようがなかった。
距離が歪む。
白が軋む。
遠くの景色が黒く滲み、外界そのものがゆっくり形を失っていく。
笑うものの顔が引き攣った。
『いや』
短い。
『倒した後の方が悪化してない?』
セレナは答えなかった。
ただ。
静かな目で白い空間を見る。
そして初めて。
僅かに迷うような沈黙を見せた。
「……おかしい」
小さい声。
「執行者を破壊した程度で、ここまで侵食が加速するはずがありません」
士郎は興味もなさそうに鼻を鳴らす。
低く。
「だからどうした」
翔は煙を吐いた。
静かな声。
「進むぞ」
それだけ。
二人は歩く。
その瞬間だった。
頭の奥へ。
今までとは違う“観測”が流れ込む。
無機質だった声。
違う。
そこに。
初めて感情があった。
恐怖。
焦り。
嫌悪。
『執行者排除確認』
『危険度更新』
少し間。
声が揺れる。
『対象再定義』
『侵食源』
『法則外存在』
そして。
初めて。
はっきりと。
『——魔王指定』
沈黙。
白い空間が軋んだ。
まるで。
その言葉自体を恐れているように。
笑うものが止まる。
顔が引き攣る。
『……今』
少し間。
『正式に言われたよね?』
士郎が少し笑った。
低く。
「今更だろ」
その時だった。
遠く。
白い景色の奥。
何もないはずの場所に、黒い亀裂が走る。
違う。
裂けたのではない。
外界そのものが、士郎を避けようとして壊れ始めていた。




