第二部 第129話 沈まないもの
黒い海が軋む。
沈んだ塔。
崩れた城。
墓標のように刺さる剣。
全部。
静かに沈んでいた。
墓底の王。
細い。
痩せている。
なのに。
重い。
近い。
遠い。
位置が曖昧だった。
存在そのものが。
沈んでいる。
『壊れないものは』
低い声。
壊れた響き。
『終わらせればいい』
少し間。
『沈めればいい』
士郎が少し肩を鳴らす。
視線は外さない。
低く息を吐く。
「……知らん」
少し間。
口元が僅かに動く。
「試すか」
次の瞬間。
消える。
轟音。
ではない。
遅れて。
世界が軋む。
士郎の拳。
墓底の王へ。
真っ直ぐ。
だが。
届かない。
近い。
なのに。
遠い。
拳の軌道ごと。
静かに沈む。
士郎の目が細くなる。
低く。
「妙だな」
翔が煙を吐く。
視線は墓底の王。
短く。
「沈めてる」
少し間。
「距離ごと」
墓底の王の手が動く。
静か。
遅い。
なのに。
気付けば近い。
黒い指先。
士郎へ。
触れる。
その瞬間。
重い。
落ちる。
世界が。
沈んだ。
士郎の足元。
景色。
感覚。
全部。
一瞬だけ。
深く落ちる。
終わり。
そんな感覚。
翔の煙が止まる。
少し間。
墓底の王を見る。
届かない。
沈む。
終わる。
そのはずだった。
右手を少し上げる。
一瞬。
違和感。
指先。
ほんの僅か。
“伸びた”。
いや。
違う。
感覚だけ。
触れていない。
なのに。
触れそうだった。
翔の目が僅かに細くなる。
静かな声。
「……何だ」
初めてだった。
距離感が。
少しだけ狂う。
士郎が肩を回す。
沈んだ感覚を確かめる。
低く。
「効いてるな」
少し間。
墓底の王を見る。
「終わらせる類か」
墓底の王が。
わずかに首を傾けた。
『終わりは』
低い声。
『止まらない』
黒い海が。
深く裂けた。
『では』
少し間。
『沈んでみろ』
虚無界が。
音もなく。
崩れ始めた。




