第2話 異世界の怪物
男の身体が地面へ崩れ落ちた。
沈黙。
奴隷商人たちは動けない。
仲間の顔面が、一撃で潰された。
しかも。
目の前の男は、まるで呼吸するようにやってのけた。
「な……」
「は……?」
士郎はゆっくり拳を下ろす。
感触を確かめるように。
前の世界と変わらない。
力は残っている。
むしろ身体が軽い。
男たちの顔から血の気が引いていく。
「こ、殺せ!!」
怒鳴り声。
三人が同時に襲いかかる。
剣。
斧。
短槍。
だが遅い。
士郎は半歩踏み込む。
最初の男の喉へ掌底。
骨が潰れる。
二人目の手首を掴み、逆方向へへし折る。
悲鳴。
そのまま肘打ちで顔面粉砕。
三人目。
槍が来る。
士郎は槍を掴み、強引に引き寄せた。
男の身体が前へ倒れる。
そこへ膝蹴り。
腹部が陥没した。
数秒。
それだけだった。
残った男たちは完全に腰を抜かしていた。
「ば、化け物……」
士郎は無表情で聞く。
「ここはどこだ」
誰も答えない。
いや、答えられない。
恐怖で。
士郎は近くの男の首を掴み、持ち上げた。
「質問は嫌いか」
「ひ、ひぃっ!!」
男は涙を流しながら叫ぶ。
「グ、グラナ大陸だ!!」
「国は」
「リ、リヴァル王国!!」
「魔族はいるか」
男の顔が引きつる。
「い、いる……!」
士郎の目が細くなる。
「魔族」
「ま、魔法もある! 魔獣も! ここはそういう世界――」
最後まで言えなかった。
士郎が手を離したからだ。
男は地面へ落ちる。
咳き込みながら逃げようとした。
だが。
士郎の足が背中を踏み抜いた。
骨が砕ける。
絶命。
静寂。
残った男たちは完全に震えていた。
士郎は言う。
「弱いな」
それは純粋な感想だった。
前の世界でも、この程度の連中はいくらでもいた。
武器だけ持った雑魚。
士郎は最後の一人を見る。
「お前は?」
男は腰を抜かしたまま後退る。
「ま、待ってくれ! 俺は何も――」
士郎の拳が飛ぶ。
顔面が吹き飛んだ。
終わり。
森に残ったのは、死体と血の匂いだけだった。
◇
檻の中。
獣耳の少女は震えていた。
目の前の男は、人間だった。
たぶん。
だが。
人間の戦い方ではない。
魔法も使っていない。
武器も使っていない。
なのに、武装した男たちを素手で虐殺した。
士郎は檻を見る。
鉄製。
鍵付き。
面倒だった。
士郎は鉄格子を掴む。
力を込める。
ギギギギギ――
鉄が歪む。
少女の目が見開かれた。
そして。
士郎は、そのまま鉄格子を引き裂いた。
「……え?」
少女の声が漏れる。
士郎は檻を開ける。
「出ろ」
少女は動けなかった。
怖い。
目の前の男が。
奴隷商人よりも。
士郎は眉をひそめる。
「殺されたいのか」
「ち、違う!!」
少女は慌てて外へ出る。
鎖が鳴る。
士郎はその足枷を見る。
そして。
引き千切った。
少女は完全に言葉を失った。
士郎は聞く。
「名前は」
少
女は震えながら答える。
「リゼ……」
「そうか」
士郎は周囲を見る。
森。
異世界。
魔法。
魔族。
現実感はない。
だが。
どうでもよかった。
重要なのは一つ。
この世界にも強者がいるか。
それだけ。
士郎はリゼを見る。
「一番強い奴は誰だ」
「え……?」
「この世界で一番強い奴だ」
リゼは困惑した。
普通、異世界へ来たばかりの人間が聞くことじゃない。
「し、知らないよそんなの……」
「王か。魔族か。魔獣か」
士郎は静かに言う。
「そいつを潰す」
リゼの背筋が寒くなる。
この男は。
何かがおかしい。
強さへの執着。
殺しへの躊躇のなさ。
まるで、人間の形をした獣。
その時。
森の奥から低い唸り声が響いた。
リゼの顔が青ざめる。
「ま、まずい……!」
茂みが揺れる。
現れたのは巨大な狼だった。
全長三メートル。
黒い毛皮。
赤い眼。
牙から涎が垂れている。
リゼが震える。
「グレイブウルフ……!」
士郎は狼を見る。
筋肉。
爪。
牙。
そして殺気。
少しだけ目が細くなる。
「なるほど」
狼が突進した。
速い。
普通の人間なら見えない速度。
だが士郎は避けない。
真正面から踏み込む。
拳。
ドゴォォォン!!
狼の頭が横へ弾け飛ぶ。
巨体が吹き飛び、木へ激突した。
森が揺れる。
静寂。
リゼの口が開く。
「……は?」
グレイブウルフは立ち上がれなかった。
頭蓋が陥没している。
数秒後。
絶命した。
士郎は拳を見る。
「硬いな」
リゼは震えていた。
C級魔獣。
村なら熟練冒険者が何人も必要な怪物。
それを。
一撃。
素手で。
士郎は死体を見下ろし、淡々と言った。
「面白い世界だ」
その目には。
ほんの少しだけ。
愉悦が宿っていた。




