(1)父とぶどうジュース
ぶどうジュースを飲みたがる父。
父はぶどうジュースが好きだ。俺は……麦酒とかは飲まねえ、あれはジュースだ……などと言って日本酒ばかりを好む父だったから、甘いものは好きではないのかと、子供のころには思っていた。でも、どうやらそうではないらしい。
海に釣りに行くときなど、ジャムパンだけを持って、お弁当など持っていかないことも多かった。そういう傾向は、年を取ってから強まっていったようにも思う……あるときなどは、「山登りにチョコレートだけ持っていきたい」といって母にしかられていた。
そんな父も……晩年になってお酒には弱くなり、あまり飲めなくなってくる。とすると、がぜん昼間なんかにジュースを飲みたがるようになった。特に好きなのが、ぶどうジュースなのである。
ぶどうジュースは……、実は父は赤ワインが嫌いだ。体に良いからと言って勧めても、絶対に飲まない。それなのに、好物のジュースは一番がぶどうジュースなのである。
その次にリンゴジュース。オレンジジュースは、あまり好きではない。パイナップルジュースとかも飲む。父の好みが……よく分からない。
ある時、AIに聞いてみた。父はぶどうジュースが好きなの。赤ワインは嫌いなのに……なんで?
と、AIの答えはこうである──ぶどうジュースには糖分が多く、酸味もあっさりしている。即回復系。体にも脳にも効くやつ……と。なるほど。頭でっかちのAIならではの論理的な答えである。わたしも納得する。
父がぶどうジュースを飲むときの顔は、ほんとうに子供みたいである。不器用な手つきで、パックジュースのストローを取り出して、飲み口に差す。おぼつかない。おもわず「手伝う?」などと聞いてしまう。
しかし、父は「ん? いいから」と自分でやろうとする。年をとっても、できることはなるべく自分でしたい、という気持ちの現れである。だから、わたしも無理に手伝うことはない。父のできることは、なんでも自分でさせる。
ほんの数年前までは、父は自分で朝食の野菜炒めも作っていた。わたしは手伝わない。
年を取っているのに、食事の用意を親御さんに自分でさせるの? と、他人は思うかもしれない。でも、そうではないのである。
父が作る朝食は、父が生前の母から教わって唯一自分で作れる料理だった。つまりは、思い出の味である。母が生きていた間は、父が自分と母の分の食事を用意して、2人でいっしょに食べていた。
母が亡くなってからは、最初はわたしが父の朝食を用意していた。しかし、わたしが朝遅れて起きていったときなど、父はすぐに台所に立って、朝食の用意を始めてしまうのである。
わたしは最初は罪悪感を感じた。でも、すぐにそうではないと気づいた……。父は、母から教わったレシピを自分で作りたいのである。わたしに作ってもらいたいわけではない。母との思い出の味が、唯一作れるその野菜炒めなのだった。
だから、わたしは父が台所に立てなくなるまでは、朝食の準備は一切手伝わなかった。父がそれがかなわなくなってからも、父の作っていたそのままのレシピでわたしは野菜炒めを作っている。ただ、骨の栄養のためにキノコ類とゴマは入れるようになったが……
そんなこんなで、わたしと父とのでこぼこな関係は続いている。
今は、夜中などはトイレの介助などもしないといけなくなった。夜中はふらふらしていて、すぐに転倒してしまうのである。最初は遠慮していた父も、やがて嫌がらないようになった。「もし転倒して寝たきりになったりしたら、わたし、そのほうがよっぽど大変なんだからね」と、おどしたのである。父も、わたしの意見を受け入れてくれる。
年をとると頑固になる、という男たちもいる。でも、わたしは数年父に敬語で接してきたせいで、父はわたしの介助を素直に受け入れてくれている。トイレを見られることなど、本当はいやだろうに……
そんな父を、わたしは誇りに思うのである。その柔軟性と、柔和さについて。ぶどうジュースは、そんな父にとってふさわしい味なのかもしれない。今すぐにでも元気を出したい……考えたい……行動したい。そんな父の生き方に、きっとぶどうジュースはあっている。
けっこう父はアグレッシブなのです。




