エピローグ
シドという名の小僧が去り静寂が戻った。
ふと辺りを我は見渡した。
我の初撃の突きは防がれて、海を跨ぎ大陸まで小僧が水切りの石のように幾度も跳ねながら到着した荒野の大地。もともと、生命のおらぬ場所だった故に遠慮なく全力で戦うことができた。
その傷跡は、今も無数の巨大なクレーターとなって果てしなく続いている。
我は掌に残る微かな痺れを確かめるように握り締め、ふっと口角を上げた。
「普通なら即死であろう。まったく化け物め……。だが、面白い男だったのじゃ」
心地よい疲労感に浸る我の背後に一人の男が立っていた。
かつてシドに見切りを付けて去っていき、彼を偶然にも我との絶望的な死闘へと導いたともいえる元凶……剣聖アレスだ。
「……お前たちの戦い、見ていたぞ。実に見事な戦いだった」
不敵な言葉に我は黄金の瞳を細める。
アレスは足元に転がっていた、我があの大地に深々と突き刺していた妖刀村正の鞘を静かに拾い上げた。
「まさか、観客がおったとはな」
アレスがその鞘を天高くへと放り投げた。
それは開戦の合図だった。
我は大地に突き刺していた村正を音もなく引き抜くと同時に、この空間を震わせる激しい打ち合いを開始した。
キィィィィンッと高音の火花が十数合の打ち合いが一瞬で爆ぜる。
神速を超えた銀光が交錯し、一瞬の静寂ののち我らの動きがピタリと止まった。
我の刃はアレスの首筋を捉え、アレスの剣先もまた我の喉元を寸分違わず捉えている。
そこへ空高くから鞘が吸い込まれるように我の目前へと降ってきた。
我はアレスを射抜くように見据えたまま、喉元から村正を引き抜き天へと掲げる。
――カシンッ!
上空から落ちてくる鞘を完璧に刀へと納める。
我はそのまま手元に降りた刀を背負い直し、打ち合いの終わりを告げた。
お互いの表情が満足げに不敵な笑みを浮かべる。
「……ほう。この我と同等か、それ以上か……」
「頼む! 私もあの男と同じ場所に送ってくれ!」
男の真っ直ぐな要求に、我は応じることはできなかった。
「……何故貴様を送らねばならぬ。確かにその剣技は見事というほかないが、送る理由にはならん。あやつは戦う相手がおらんのじゃ。その末が空を斬ろうと狂気ともいえる行動を起こした。おかげで、我が来ざるをえないというありさまよ。その苦悩が貴様には分かるとでもいうのか?」
我の問いにアレスは僅かに眼光を鋭くした。
「名乗り遅れたが私は剣聖アレス。あなたが神であるならば知らぬということはないだろう。私はこの剣聖の名のおかげで相手に恵まれなかった。向かってくる者といえば剣聖の冠を欲しがるだけのサルどもばかりだ。腕も剣の扱いも、なっていない連中がな」
アレスは大きくため息をつくと静かに言葉を続けた。
「おかげでこの身も齢八十になる。待てど暮らせど私を超える逸材は現れなかった。あのシドという化け物はまだマシなほうだったが、早々に私は見限ってしまった。結果的に見れば私の目が節穴だったと後悔がある」
――後悔か。
その言葉に含まれた重みと強者ゆえの乾いた孤独。
我と同じ退屈を味わい、己の過ちに決着をつけようとするその意志。
なるほど、この男もまた「こちら側」の住人か。我は思わず、くくっと喉を鳴らした。
「おもしろい、実におもしろい人間じゃ。ならば約束せい。アレスよ、お前も目的を果たした暁には、我と戦うのじゃ。この約束、守れるか?」
「当然だ。その時は、後悔しないことだ!」
我は背負い直したばかりの村正を、アレスへと投げ渡した。
「これは餞別なのじゃ。貸してやろう。……では、ゆくがよい!」
我の魔法が男を包み込む。
アレスは我が刀を手にシドのいる世界へと消えて行った。




