私は英雄じゃない
洞窟には、古い酒の腐った臭いと、乾いた汗、古びた血の匂いが充満していた。割れた瓶、黒ずんだ布切れ、そして命を失った蛇のように垂れ下がる鎖。だが、その暗がりの中に、彼女たちはいた。年齢も体格もさまざまな少女たち。汚れにまみれた体、いまだ鎖につながれている者、石に身を寄せて震えている者。
エリザベスはただ、見つめていた。何も言わず、ただ歩いた。
鎖を壊す動作は機械的だった。打ち砕き、こじ開け、解放する。ただそれだけ。まるで、体だけが勝手に動いていたかのように。
「ありがとう」
涙交じりの声が、次々と彼女に向けて発せられる。震える手が彼女にすがりつく。
ある者は彼女を天使のように見上げ、
ある者は、幻かと疑うように目をこすった。
だが、それを感じることができたのは、エリザベスだけだった。
その涙の温もり、汚れた衣に染み込む命の証。
心の底からの、本物の涙。
けれど、それでも――エリザベスの心には、何も響かなかった。
彼女は、何も返さなかった。返せなかった。
唇が、ほんのわずかに震えていた。
ごくわずかに。
何かを言おうとして、何かを叫ぼうとして、
胸の奥の何かを吐き出そうとしていた。
でも、何も出てこなかった。
なぜなら、吐き出した瞬間、自分が壊れてしまう気がしたから。
少女たちは気づかなかった。
衣類やボロ布を求めて駆け出していく中で、
彼女の目が、かつての光を失っていることに。
エリザベスは、ただ立ち尽くしていた。
抱きしめられても、涙を流されても、
自由を与えられたことに感謝されても、
どうしたらいいのかわからなかった。
そして、まるで読まれないままページがめくられるように、
エリザベスは少女たちに背を向けた。
洞窟の中を歩き、役に立ちそうなものを物色する。
壊れた武器、薬瓶、焼け焦げたマント。
使えそうなもの、使えないもの。
その中から、金貨の詰まった袋を見つけ出し、
彼女はそれを少女たちの前に、無言で落とした。
— …
言葉はなかった。
ただ、背を向ける。
「私は英雄じゃない…」
その思いは、怒りでも悲しみでもなかった。
ただの事実。
雨が濡らし、火が燃やすように――それだけのこと。
私は英雄じゃない。
彼女たちを助けるために来たわけじゃない。
守ることもできない。
もしついてくるなら、止めることもできない。
止めるべきかどうかすら、わからない。
明日、生きていたいかどうかもわからない。
そう思いながら、マチェーテを腰に固定し、
必要そうなものを拾い、
洞窟の出口へと歩き出す。
少女たちは、自分の道を選べばいい。
エリザベスには、自分の道すらまだ見えていなかった。




