この世界はバラ色じゃない
エリザベスは飛び起きた。
最初に視界に入ったのは、彼女の召喚――「兵士」の整った顔だった。
夢の中かと思った。まるで母と一緒に見ていた子供時代のドラマに出てくるハンサム俳優が、自分のために現れたような錯覚。
だがその幻想は、すぐに現実に引き戻された。
兵士の手が口元に当てられていた――静かにという合図。
そしてもう片方の手は、カラビナ銃を構え、暗闇の奥を指していた。
何かが…近づいていた。
その瞬間、ゾクリと寒気が走った。
理屈ではない、何かが彼女に「逃げろ」と囁いた。
それでも、彼女は静かに身を起こした。
自分は兵士のようにはいかない。
軍事訓練を受けたわけでも、密林を音もなく進めるわけでもない。
ただ一つわかるのは――今、何かが来ているということ。
彼女は視線で探し、迷宮で手に入れた新しい武器――黒曜石の儀式用マチェーテを見つけた。両手でそれを握ると、その重みが現実を知らせてくる。
目を閉じて、音に集中する。
…聞こえた。
足音。複数。重いものも、速いものも。
そして人の声――荒い息、呪いの言葉。
「ちっ、あのザコども、あっけなく死んじまったか」
「案内役はどこだよ!?」
ゴブリンではない。
人間だ。盗賊だ。
エリザベスは息を飲んだ。
人間と戦うのは初めてではなかった。
かつて元の世界で、祖父と夜の畑を見回ったことがある。作物泥棒や家畜泥棒を追い払うために。
でもあの時は棒一本。命を奪う意志なんてなかった。
けれど今は違う。
これは武器だ。
そして、これは「守るため」――でも、それは「殺す可能性」をも意味していた。
心が揺れていた。
人としての倫理観。道徳。
本当にその線を越えてもいいのか?
その問いに、心の奥から答えが返ってくる。
――この世界は、ゲームや夢のような都合のいい場所じゃない。
――レベルアップして、仲間ができて、バラ色の冒険が始まるなんて嘘。
――盗賊を倒したからといって、更生するわけじゃない。
――生かせば、また誰かを傷つけるだけ。
彼女は一度だけマチェーテを肩に預け、深く息を吸った。
「やるしかない…」
今回は――戦う。
自分のために。
逃げないために。
そして、この世界で生き残るために。
例え、それが「血で染まる英雄」になるとしても――。




